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『バーフバリ』のラーナー・ダッグバーティ主演『ハーティー 森の神』! 無謀なリゾート開発VS象を愛する部族

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ライター:#安宅直子
『バーフバリ』のラーナー・ダッグバーティ主演『ハーティー 森の神』! 無謀なリゾート開発VS象を愛する部族
『ハーティー 森の神』

ラーナーさん、象を愛する“森の神”になる

『バーフバリ』2部作(2015年/2017年)でお馴染み、ラーナー・ダッグバーティが主演する風変りな作品が公開されます。『ハーティー 森の神』は2021年のヒンディー語作品で、原題の『Haathi Mere Saathi』は「象たちは私の友」という意味です。

『ハーティー 森の神』

森の神、象使い、女性兵士の三者が織りなす物語

インド東部チャッティースガル州の深い森の中に住むスミトラナンダン(ラーナー)は、人々から「森の神」と呼ばれる50過ぎの男。象をはじめとした野生動物が太古から変わらず暮らす森の守護者として、敢えて原始的な生活をしています。彼の先祖は一帯の土地の持ち主でしたが、より良い保全のため土地を政府に寄付していました。しかし、中央政府の環境大臣は外資の導入で得られる富に目が眩み、不動産業者と手を組み、本来そこに権利を持つトライブ(部族民)の人々を無視してリゾートタウンを建設しようとします。

『ハーティー 森の神』

森の広大な領域で工事を進める開発業者は、水場を奪われまいとする象たちの妨害に遭います。そこで雇われて登場するのがクムキ(飼いならされた象で、野生の象たちをコントロールすることができる)のチョートゥと象使いのシャンカル。

『ハーティー 森の神』

シャンカルはチョートゥと共に現場にやってくる途中で、ナクサライト(※後述)の女性兵士アルヴィと邂逅し、一目ぼれ。森とのかかわり方も立場も違う3人と、環境大臣を筆頭にした開発勢力との間で起きるドラマに、象たちが加わっていきます。

『ハーティー 森の神』

とにかく象が好き! なプラブ・ソロモン監督

監督は、タミル・ニューウェーブの映像作家たちの中でも極めつけに個性的なプラブ・ソロモン。1999年にデビューし、2010年の『Mynaa(原題)』(未公開)によって一躍脚光を浴びました。同作は、ほぼ全編をインド南西部の巨大山地、世界遺産でもある西ガーツ山脈で撮影した、文明世界の辺境に生きる男女の純愛を描いた物語。清冽な山の冷気と野生の美が、これまでのタミル語映画にはないものでした。

続いて手掛けたのが『Kumki(原題)』(2012年/未公開)。象使いと相棒の象との絆を描いたワイルドなメロドラマで、これもまたヒット。さらに2016年には続編『Kumki 2』のプロジェクトをスタートさせるも、様々な事情により公開には至っていません。

同作の停滞を脇目に進められた初のマルチリンガル作品(ヒンディー語、タミル語、テルグ語)が本作『ハーティー 森の神』。ともかく、この人は「自然が好き、特に象が大好き」な監督であるようです。

『ハーティー 森の神』

作中で、ラーナーと共に存在感を示すのが多数の象たち。特にシャンカルに飼われるクムキであるチョートゥを演じる、ケーララ出身のウンニという名のオス象です。このウンニは上述の『Kumuki』『Kumuki 2』にも出演するプラブ・ソロモン監督のお気に入り。抜群の勘の良さと演技力を備えているのだそうです。

『ハーティー 森の神』

象に親しむインドの人々とインドの象映画

アジアゾウ、あるいはその亜種であるインドゾウは、南アジアから東南アジアにかけて生息する、ユーラシア大陸最大の陸生動物で、その50%以上がインドに住んでいます。全国で28000頭前後いるとされる野生の象は、ケーララ州、カルナータカ州、タミル・ナードゥ州、アッサム州に最も多く、また全国で数千頭いる飼育象もこの4州に集中しています。飼育象は林業や農業に使役されたり、寺院で飼われて神事に参加したりもしていて、ほとんどが人間と同様の名前を持っています。最も象密度の高いケーララ州では、映画スター並みの人気を誇る寺院付きのカリスマ象もいるほど。また、象頭の神ガネーシャをはじめとして、ヒンドゥー教神話にも象は盛んに登場します。

『ハーティー 森の神』

こうした文化を反映し、インドでは象がほぼ主役の映画も作られてきています。本作がタイトルを頂戴した『Haathi Mere Saathi(原題)』(1971年/未公開)は、最も有名な象映画。他にもファンタジー作品『Raja Ko Rani Se Pyar Ho Gaya(原題)』(2000年/未公開)、スター象の伝記映画『Guruvayur Kesavan(原題)』(1977年/未公開)、象と飼い主の男が環境破壊と戦う『Adiverukal(原題)』(1986年/未公開)、上述のプラブ・ソロモン監督の連作などなど。インドでは、ありがちな犬を中心に据えた物語よりも、「象もの」の方が多く作られているのではと思えるほどです。

ナクサライト~極限の戦いを挑む人々~

また本作には、「ナクサライト+貧しい村人たち VS 悪徳資本家+汚職政治家+非道な警察」の戦いというモチーフも織り込まれます。物語の舞台として設定されている東部インドは、トライブの人口の多い地域。アーディヴァーシーとも呼ばれるこれらの人々は、アーリヤ人やドラヴィダ人がインドにやってくる前から住んでいた先住民で、現在でも物質文明から離れた山間で昔ながらの生活を営んでいます。インド政府は、こうした人々の生活様式を尊重し、その居住地を乱開発から守るための規制を敷いていました。

『ハーティー 森の神』

しかし、1990年代からのインドの経済開放に伴う外資導入や、2000年前後からの鉱山資源の発見と開発によって、トライブの人々は憲法で保障されている権利を奪われ、暴力的に住処を追われるようになりました。社会の最底辺で誰からも顧みられないこうした人々に寄り添い、共に戦っているのは、1960年代のベンガル地方で興り、現在はチャッティースガル州などを中心に武装闘争を続ける極左政党のメンバーたちです。

『ハーティー 森の神』

運動発祥の地であるナクサルバリ村にちなみ「ナクサライト(Naxalite)」と呼ばれるこれらの人々は、もともとはインド共産党の左派グループでインテリ階級が中心でした。武装闘争路線を採って非合法集団となり、中国の文化大革命(1966~1976年)に強く影響を受けたため、マオイスト(毛沢東主義者)とも呼ばれます。中国では過去のものとなった毛沢東思想を奉じて政府と戦い続けるメンバーは、現在では最底辺で貧困に喘ぐ先住民がほとんどだと言われています。

『ハーティー 森の神』

様々な立場の人々と動物たちが森という場で出会って起こるドラマ、辺境を舞台にしながらも、本作にはインドの抱える問題が炙り出されているのです。

文:安宅直子

『ハーティー 森の神』は2022年7月29日(金)より全国公開

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『ハーティー 森の神』

人里離れた深い森で、野生のゾウの群れを見守りながら一人暮らす男スミトラナンダン。森を愛し、動物たちと家族のように暮らすこの男のことを、人々は敬意を表して“森の神”と呼んだ。

ある日、役人の後ろ盾を得た巨大企業が、彼の住む森を占拠し、リゾート施設の開発を始めてしまう。森とゾウを守るため、開発を阻止しようとする森の神だったが、逆に罠に嵌められ、投獄されてしまう事態に。同じ森に住む仲間たちが当局に対しゲリラ的な戦いを挑む一方、釈放された森の神はあくまで平和的な解決方法を模索し続けるが、その努力も虚しく、森は高い塀で囲まれ、ゾウが暮らしていた場所は奪われてしまう。森の神は身を賭して最後の抗議を決意するのだが……。

監督・脚本:プラブ・ソロモン

出演:ラーナー・ダッグバーティ
   シュリヤー・ピルガオーンカル
   ゾーヤ・フセイン
   プルキット・サムラート

制作年: 2021