スクリーンの中で、俳優マイケル・ダグラス(82)は何度も道ならぬ恋に落ちてきた。『危険な情事』(1987年)では一夜の過ちが家庭を壊し、『氷の微笑』(1992年)では危険な女にのめり込んだ。その彼が、現実でも長年の噂が本当だったと認めた。
10月6日に発売された回想録「One Helluva Ride」で、ダグラスは『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』(1984年)の共演者キャスリーン・ターナーと恋愛関係にあったと明かした。抜粋を米誌Peopleが先行して報じている。
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1983、メキシコのロケ地で
関係が始まったのは1983年、メキシコでの撮影中だった。ダグラスは当時の妻ディアンドラさんと別居していたが、法律上は結婚したままだった。ターナーも不動産開発業者の夫がいた。
ダグラスはこう書いている。「私たちは最初に友人として、次に共演者として、最後に恋人として互いを見つけた」。ターナーについては「賢くて、面白くて、セクシーで、深くつやのある声がトレードマークになった」と振り返る。
驚くのは秘密の固さだ。彼によれば、監督のロバート・ゼメキス(のちに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を撮る)も、共演のダニー・デヴィートも、スタッフも誰ひとり知らなかったという。
妻がロケ地に来た日
終わりは突然だった。ディアンドラさんが息子キャメロンさんを連れて撮影現場を訪れた。何かを感じ取った彼女は、ターナーと一対一で話し、結婚は終わっていないとはっきり伝えた。ターナーは身を引いた。
ダグラスは妻のもとに戻った。両親(父は名優カーク・ダグラス)の離婚を経験していたため、自分の離婚には踏み切れなかったという。夫婦は互いに婚外の関係を持っていたとも書いており、彼の相手にはこの映画の脚本家も含まれていた。「あの最初の別れの後、二度と元には戻らなかった」。
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「あれは嘘だった」
2人は『ナイルの宝石』『ローズ家の戦争』でも共演し、2021年の『コミンスキー・メソッド』で再会した際も、交際の噂を否定し続けた。ダグラスは今回、それを「嘘だった」と認め、妻と息子を守るためだったと説明している。
続編をめぐっては一時、ターナーが出演を拒んで契約違反で訴えられる事態にもなったが、訴えは取り下げられ、2人は友人として関係を立て直した。
ターナーの一言
公表にあたり、ダグラスはターナーの許可を取ったという。当のターナーの反応は彼女らしい。「あらまあ、40年も前のことで大騒ぎね」。そのうえで、ダグラスを愛しており、本を読むのを楽しみにしていると語った。
ディアンドラさんとの離婚は2000年に成立し、支払額は4500万ドルと報じられた。ダグラスはその年、キャサリン・ゼタ=ジョーンズと結婚している。
観客が感じ取っていたあの2人の空気は、演技だけではなかったようだ。
※2026年10月8日時点の報道に基づきます。