一時代を築いた映画人たちの訃報に接するとき、その人の作品を映画館で見てきた自分自身の記憶とともに、感慨深い想いを禁じ得ないものだ。亡くなったときの年齢が、人として十分に生きてきたと思える長さ(70~80歳代)であれば、それが名画座で後追いで観てきた二世代ほど年長の人でも、新作をリアルタイムで見てきた人でも、ひとまずは「お疲れ様でした」という感覚でやり過ごすことができるだろう。たとえ、それがジャン=リュック・ゴダールのように尊厳死という選択だったとしても……。
だが、キャリアのど真ん中というか、最も脂の乗り切っていた最中に突如亡くなってしまった時の喪失感の大きさというのは、本当に計り知れない。フランソワ・トリュフォーが1984年10月に52歳の若さで亡くなったのは、その最たるものだった。
――あれから38年経ったというのも驚きだが、作品を通じて追体験できるトリュフォーの感性の瑞々しさは、いつまでも変わらない。
Celebrating Francois Truffaut birthday!
— La femme merveilleuse invisible (@larwoolf) February 6, 2023
6 February 1932 – 21 October 1984
One of the founders of the French New Wave.
Truffaut expressed his admiration for filmmakers such as Luis Buñuel, Ingmar Bergman, Robert Bresson, Roberto Rossellini, and Alfred Hitchcock. pic.twitter.com/LVyN5vDGjr
狂気の恋を描く『アデルの恋の物語』イザベル・アジャーニの映画デビュー作
トリュフォーの新作を映画館で観た最初は、筆者の場合『映画に愛をこめて アメリカの夜』(1973年)だったが、映画作りそのものを題材とした『アメリカの夜』も含めて、それまでの彼の作品は(近未来SF『華氏451』[1966年]を別にすれば)現代を舞台とした、都会に生きる若い男女の恋愛や人生の葛藤、そして犯罪などがテーマであった。そこには、モダンな映画作家というか、古典的な映画とは違う、若い感性の新世代の映画作家というイメージが少なくとも筆者にはあった。
だが、続く『アデルの恋の物語』(1975年)では、19世紀の英国を舞台に、フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの娘の狂気の恋という題材に真正面から挑み、風格のある古典的な映画を作れる巨匠の仲間入りをしたような印象を得た。
トリュフォーは、『アデルの恋の物語』でコメディ・フランセーズ(国立劇団)の秘蔵っ子だったイザベル・アジャーニに正統派美人女優としての映画デビューのお膳立てをしたのだが、実際のところは6年間温め続けていた企画を、アジャーニを“発見”したことで彼女のための脚本に仕立てたというから、古今東西数多知られている作家と女優の幸福な化学反応の中でも最高の出会いだったことがわかる。
もちろん、“一途な愛は狂気と隣り合わせ”であるという難しい役柄を見事に演じきったことで、アジャーニ起用が大正解だったことは証明されたが、その後のアジャーニの活躍を考え合わせると、ある意味で彼女自身がトリュフォーという映画作家の創り上げた作品のようにさえ思える。
“俳優”としてのトリュフォー
ところで、『アデルの恋の物語』には、英国の騎兵役でトリュフォー監督自身が出演している。実はトリュフォーは、他にも『野性の少年』(1969年)、『アメリカの夜』、『緑色の部屋』(1978年)といった自身の監督作に顔を出している。
もともと俳優出身で監督業に進出した人は別として、プロの役者でもないのに自作に顔を出すというのは、あたかもそれが自分の作品であるという刻印を押す行為のようなもの。毎回それをやっていると、観客のほうも今度はどんな形で出ているのかな、と探すのを楽しみにしだしたりするものだ。
言うまでもなく、いつもそれをやっていたのがアルフレッド・ヒッチコック監督だ。――そして、これも言うまでもないが、もともと映画評論家だったトリュフォーは、新進気鋭の映画監督として注目を集めていた30歳当時、新作『サイコ』(1960年)の大成功により、齢62にして新たにユニヴァーサル映画との間で5本の映画を作る契約を交わし、ユニヴァーサルの撮影所内にオフィスを構えていたヒッチコックに対しロング・インタビューを行なった。
🎞 FRANCOIS TRUFFAUT
— Paul Holdengraber (@holdengraber) October 21, 2022
Died on this day, in 1984
The look of a good conversation:
François Truffaut interviewing Alfred Hitchcock in 1962 pic.twitter.com/LIziOdyLZQ
書籍化された「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(晶文社:1981年刊)は古典的名著だが、後にドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』(2015年)となった、この親子ほどの年齢の違う二人の映画作家のスリリングなやりとりは、映画を愛する者すべてにとってのバイブルのような輝きを今も放っている。……おそらく、トリュフォーが自作に出演するその心とは、尊敬してやまない大先輩ヒッチコックに対する目配せに相違あるまい。
そんなトリュフォーの心を察してか、彼を役者として自作への出演を依頼した監督がいる。ヒッチコックがオフィスを構えていたユニヴァーサルとの間で、1967年に史上最年少となる21歳で7年契約したのをきっかけに時代の寵児となっていったスティーヴン・スピルバーグだ。その作品は『未知との遭遇』(1977年)で、トリュフォーの役は異星人との第三種接近遭遇プロジェクトを推進するフランス人科学者役だった。
Spielberg & Truffaut on the set of Close Encounters of the Third Kind pic.twitter.com/xPxJHudHTu
— Eyes On Cinema (@RealEOC) December 28, 2022
「アントワーヌ・ドワネルもの」という壮大な試み
トリュフォーの遺したものは多々あるが、一人の俳優の成長に合わせて、同じ主人公の人生のさまざまな時期のさまざまな経験を、それぞれ映画にしていく……という長いスパンの試みを行ったことが、よく知られている。
俳優の名はジャン=ピエール・レオで、彼が演じた役の名前はアントワーヌ・ドワネルという。――トリュフォーによる“アントワーヌ・ドワネルもの”には、自身の出世作『大人は判ってくれない』(1959年)を手始めに、『二十歳の恋』(1962年)、『夜霧の恋人たち』(1968年)、『家庭』(1970年)、そしてそれらの総集編に当たる『逃げ去る恋』(1978年)の計5作品がある。
オーディションで主役の座を勝ち取った13歳の時からアントワーヌ・ドワネルという人物を演じ続けてきたレオにとっては、まさに宝物のようなシリーズだったはずだ。しかしレオは、ほかにもトリュフォー監督の『恋のエチュード』(1971年)、『アメリカの夜』の2作品にも主演している(後者は様々な人物の人間模様を描いた群像劇だが)。
『恋のエチュード』でレオは、芸術家肌の姉と勝気な妹という姉妹の両方から思いを寄せられ、それぞれに関係を持つものの、結局はどちらの女性も失う主人公クロードの役を演じている。トリュフォーにとっては公開時に興行的にも批評の上でも不評だったものの、ある意味では最もトリュフォーらしいこだわりの演出の見られる作品で、のちには『恋のエチュード 完全版』(1987年)が公開されるなど評価が高まった作品でもある。
そして、トリュフォーの“アントワーヌ・ドワネルもの”は、現代の映画作家にも大きな影響を与えている。リチャード・リンクレイター監督がその人で、彼の『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(1995年)、『ビフォア・サンセット』(2004年)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)の3作は、イーサン・ホークとジュリー・デルピーの演じる男女の出会いと別れ、再会、結婚、倦怠期と和解までを描いている。また、『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年)もまた、一人の少年の成長物語を、実際に12年間にわたって同じキャスティングで少しずつ撮りためて作った作品だから、ある意味で『逃げ去る恋』をはじめから作ったような趣の作品だ。
『終電車』『隣の女』と毎年新作を届けてくれた晩年のトリュフォー
晩年の、というか、こちらは結果的にそれが晩年になるなどとはつゆ知らず、円熟期と思っていたのだったが、最後の5~6年くらいのトリュフォーは、コンスタントに毎年のように新作が封切られた。特に最後の3作、『終電車』(1980年)、『隣の女』(1981年)、そして遺作となった『日曜日が待ち遠しい!』(1982年)は、それぞれにまったくタイプの異なる作品で、何よりもヒロイン役の女優が輝いていた。
2人の男を愛した大女優『終電車』カトリーヌ・ドヌーヴ主演
『終電車』のヒロインは、トリュフォー作品には『暗くなるまでこの恋を』(1969年)以来の出演だったカトリーヌ・ドヌーヴ。舞台はナチス占領下のパリで、ドヌーヴ演じるヒロインは舞台女優なのだが、彼女はユダヤ人舞台演出家で劇場の地下室で隠れている夫と、舞台の共演相手の俳優にしてレジスタンスの闘士でもあるジェラール・ドパルデューの二人の男を同時に愛している。正しくドヌーヴ自身を彷彿とさせるような恋多き女であり、かつ大女優という役柄で、この時期の彼女の代表作となった。
舞台は物資が欠乏している占領下で、ストッキングがないので、靴炭で脚の地肌にストッキングのような色と線を描く、というようなディテールが、女性を描かせたら右に出る者のいなかったトリュフォーの面目躍如という感じだった。
トリュフォーの妻となった女優ファニー・アルダン主演『隣の女』
一方『隣の女』は、妻子のあるドパルデューの隣の家に越してきたのが昔の恋人ファニー・アルダンだったという物語で、焼け木杭に火がついて……という展開なのだが、「あなたと一緒では苦しすぎる。でもあなたなしでは生きられない」という女の性が繊細に描かれていく。アルダンは『アデルの恋の物語』の時のアジャーニと同様、この作品によって映画デビューしたのだった。
実は、彼女はこの作品がきっかけでトリュフォーの私生活上のパートナーとなり、続く『日曜日が待ち遠しい!』もまた、トリュフォーが妻をヒロインにした探偵ミステリーをと考えて作ったもの。ジャン=ルイ・トランティニャン演じる探偵と、その秘書アルダンという顔合わせで、ヒッチコック的な軽快なコメディ調の作品だった。
François Truffaut and Fanny Ardant on the set of 'Vivement Dimanche' (1983). pic.twitter.com/Yf8F3YMIhR
— The projectionist woman (@projectionistw) September 26, 2021
「映画は女優で作られる」というのがトリュフォーの作品を言い表すのに最も適した言葉だと思うが、若い世代の映画ファンにもぜひとも、女優を最も輝かせる“愛の映画作家”フランソワ・トリュフォーの作品を堪能してほしいのだ。
文:谷川建司
『アデルの恋の物語』『恋のエチュード』『終電車』『隣の女』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「黄金のベスト・ムービー」で2023年3月放送