“陰と陽” アラン・ドロン&ジャン=ポール・ベルモンド、ライバルにして大親友!『ボルサリーノ』から軌跡を探る

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ライター:谷川建司
“陰と陽” アラン・ドロン&ジャン=ポール・ベルモンド、ライバルにして大親友!『ボルサリーノ』から軌跡を探る
『ボルサリーノ』CS映画専門チャンネルムービープラスで2022年9月放送 © 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

ドロン&ベルモンドのキャリアと友情

以前、このコラムでは、シルヴェスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーの「ライバル神話」を書いたことがあるが、今回は戦後のフランス映画界で人気を二分した大スターで、陰と陽とも形容されたアラン・ドロンジャン=ポール・ベルモンドとの知られざる軌跡、そして友情をご紹介しよう。

出発点は同じながら、真逆の方向に活路を見出したふたり

寡黙な殺し屋を演じた『サムライ』(1967年)や『暗殺者のメロディ』(1972年)、ニヒルな犯罪者に扮した『さらば友よ』(1968年)、『ジェフ』(1969年)など、ハンサムだがどこか暗い目をして、死と隣り合わせの危険な匂いのする男のイメージが強いアラン・ドロン。

一方、派手なアクションをスタントマン無しにこなす『リオの男』(1963年)、『カトマンズの男』(1965年)、コミカルな演技の『タヒチの男』(1966年)、『大頭脳』(1969年)などで、とぼけた味わいの陽気な男のイメージの強いジャン=ポール・ベルモンド。

『大頭脳』LE CERVEAU a film by Gerard Oury © 1969 Gaumont (France) / Dino de Laurentiis Cinematografica (Italy)

同じフランス映画界の大スターでも、そのイメージは“陰”と“陽”。まったく違う個性の二人だが、実はデビューもほぼ同時期で、最初の頃はさほどその役柄に違いがあったわけではなかった。初期のドロンは出世作『お嬢さん、お手やわらかに!』(1958年)がコメディだし、『黒いチューリップ』(1963年)は二役を演じたアクションだった。一方のベルモンドも初期のフィルム・ノワール『墓場なき野郎ども』(1960年)や『いぬ』(1963年)では、寡黙な犯罪者という役どころだった。

実際、二人がともに初めて注目されのは共演作『黙って抱いて』(1959年)だった。孤児院から脱走した奔放な娘ミレーヌ・ドモンジョが宝石泥棒の車を盗んだことから刑事に眼を付けられるものの、その刑事と恋仲になってしまう、という肩の凝らない作品で、ドロンとベルモンドはともに彼女をピンチから救ってやろうと奮戦する遊び仲間の青年を演じていた。

この作品は、無名時代の二人が出演していたことから、日本では製作から6年も経って公開された珍品なのだが、救出のプランを立てるのはドロンで、ベルモンドはバイクで走り回ったり樹の上に登ったりと専ら実行役を振られて、「また俺かよ!」と文句を言っているのが、なんだかその後のキャリアの方向性を暗示しているようでもある。

共に大スターとなってから初共演を果たした『ボルサリーノ』

その後、ドロンは『太陽がいっぱい』(1959年)の孤独な犯罪者トム・リプレイで、ベルモンドは『勝手にしやがれ』(1959年)の奔放なチンピラ、ミシェル役でともに大ブレイクしたことはご承知の通りだが、初期にはほかにも二作品で競演している。

一本は、オムニバス映画の異なるエピソードでの登場なので共演ではなく単なる競演だが、『素晴らしき恋人たち』(1961年)の第一話「ローザン公」にベルモンドが、第三話「アニュス」にドロンが出演していた。

二人が画面上で実際に共演したのは、巨匠ルネ・クレマン監督、フランシス・フォード・コッポラ脚本によるレジスタンスの勝利を描いたオールスター大作『パリは燃えているか』(1966年)で、ここではナチス・ドイツに協力していたヴィシー政権を打倒してド・ゴール新政権を樹立しようと地下で采配を揮う全権代表ジェック・シャバン=デルマをドロンが、その指名によって首相官邸を接収に行くイヴォン・モランダをベルモンドが演じている。

面白いのは、『黙って抱いて』で“ピエロ”というあだ名で呼ばれていたベルモンドが、ここでも同じ“ピエロ”というあだ名で呼ばれていて、ドロンから危険な任務を指名されると「また俺かよ!」と文句を言いつつ自転車で秘書の女性と二人で出かけていく点(笑)。だが、着いてみると官邸のスタッフらは新閣僚として丁重に迎えてくれて、豪華なベッドルームに案内されて鼻の下を伸ばす、というのがいかにもベルモンド的役柄だった。やっぱり、ドロンは知能犯的な役柄が、ベルモンドは“ピエロ”が似合うのだ。

その後、ドロン自身が製作した『ボルサリーノ』(1970年)でがっぷり四つの共演を果たすことになるのだが、ロードショー公開時に映画館で見て以来、大好きで何度も見てきたこの作品、以前は日本でDVDが出ていなかったのでわざわざフランスのDVDを買っていたほどで、二人の役名がロッコ・シフレディ(ドロン)、フランソワ・カペラ(ベルモンド)というのも空で覚えているほどだ。

『ボルサリーノ』CS映画専門チャンネルムービープラスで2022年9月放送 © 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

『ボルサリーノ』の楽しさを再現してみせた『ハーフ・ア・チャンス』

『ボルサリーノ』の冒頭、ムショから出てきたドロンが自分の女ローラのところへ行くと、ローラは既にベルモンドに鞍替えしていて、初対面の二人は壮絶な殴り合いをするも、最後には共にふらふらになり、固い握手をして自己紹介しつつ伸びてしまう。それから二人は相棒として暗黒街で次第にのし上がっていき、とうとうマルセイユの顔役になるのだが、その間もローラは二人の共通の恋人のような不思議な立場で血の匂いの抜けない二人の男に憩いのひと時を提供する。

『ボルサリーノ』CS映画専門チャンネルムービープラスで2022年9月放送 © 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

……最後は、両雄並び立たずと悟ったベルモンドがマルセイユを出ていくことにするのだが、寂しげなドロンが「一人で行くのか?」と聞くと、ちゃっかり「ローラも一緒だ」と答えるベルモンド。苦笑するドロン!

『ボルサリーノ』CS映画専門チャンネルムービープラスで2022年9月放送 © 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

実際には、フランス映画界で両雄は並び立ってきたのだが、日本では圧倒的にドロン人気が高かった一方で、本国フランスではむしろベルモンドのほうが常に人気は上だった。『ボルサリーノ』の製作費は当時のフランス映画としては破格の200万ドルで、ドロンとベルモンドのギャラは共に40万ドルとイーブンな立場だったのだが、実は、公開時のポスターの名前の序列を巡って揉めてしまい、結果的に裁判沙汰にまで発展したことから、二人は仲違いしたと長く信じられてきた。

だが、実際にはそんなことはなく、共演の機会こそなかったものの二人の友情は続いており、それは28年振りの共演となったパトリス・ルコント監督の『ハーフ・ア・チャンス』(1998年)で最高の形に結実した! ここでのドロンは元大泥棒で今はレストランのオーナー、ベルモンドは元外人部隊の傭兵にして今は自動車のディーラー、という共に“らしい”役柄なのだが、ベルモンドの趣味がカーレース(『オー!』[1968年]を思い出させる)、ドロンの趣味がヘリコプターの操縦(『冒険者たち』[1967年]を思い出させる)というのも、思わずニヤリとさせられる。

物語の方は、『ボルサリーノ』のドロン同様、ムショから出てきた車泥棒の小娘ヴァネッサ・パラディが、服役中に亡くなった母親から「あなたの父親は二人の男のどちらかなの」という音声メッセージを受け取り、二人の父親候補、つまりドロンとベルモンドをそれぞれ訪ねていくところから始まる。二人が直接顔を合わせた最初の機会に、二人はまたしても(といってもこの作品では初対面の設定だが)殴り合いを始め……という具合で、ともかくも二人のキャリアや演じてきた役柄、そして『ボルサリーノ』のことを知っていればいるほど楽しめる作りになっているのだ!

――ラストには、ベルモンド得意の縄梯子でヘリに乗り込むスタント無しのシーンまで用意されていて、嬉し涙にスクリーンが曇って見えたほど。

ベルモンドの死に人目をはばからず泣いたドロン

ドロンとベルモンドという、個性の全く異なる二大スターが同じ時代に活躍し、人気を二分していたのは、フランス映画界にとってだけでなく、彼ら自身にとっても本当に幸福なことだったはず。よく言われるように、ライバルの存在があってこそ、人は頑張れるものだし、私生活では本当に仲の良い二人だからこそ、スクリーンの中ではそれぞれに「相手には絶対に負けない!」とライバル心をむき出しにしたのだろう。

御承知の通り、ベルモンドは2021年9月に惜しまれつつ88歳で世を去った。葬儀に参列したドロンは、いつものクールなイメージをかなぐり捨てて、ラジオでのコメントで「もしも我々が一緒にこの世を去れたならばそれは悪くなかったでしょう。我々が60年前に一緒にスタートしたことは、私にとってまさに私の人生の一部なのです」と涙ながらに語っていた。

ドロンは、コメディではあまり成功したとは言えないが、ベルモンドと共演した作品ではいつも楽しくてたまらないという風で、特に『ハーフ・ア・チャンス』では笑顔が最高だった。1970年代半ば、まだ二人の大先輩ジャン・ギャバンが生きていた頃、ギャバンはよくドロンに対して「君は笑顔が素敵だからもっとコメディに出たらいいよ」とアドヴァイスしていたが、そのドロンのクールな仮面の下の本当の魅力を引き出せるのがベルモンドだったのかもしれない。

ベルモンドとドロン、知られざる“もう一つの共演作”とは?

最後にひとつ、あまり知られていない、ドロン&ベルモンドのもう一本の共演作を紹介しておこう。――『ボルサリーノ2』(1974年)かって? 確かに、冒頭にカペラの遺影としてベルモンドの写真が出てくるが、それは共演とは言わない。

実は、ベルモンド主演のロベール・アンリコ監督作品『オー!』にワン・シーンだけ、カメオでアラン・ドロンが出ているのだ。映画が始まって39分くらいの、空港でジョアンナ・シムカスの車に乗ってベルモンドが出発するシーンで、急発進した車に危うく轢かれそうになるのがドロン。

――「おい、それは無いだろレティシア」と言ったかどうかは不明だが、走り去るベルモンドとシムカスの車を見ていて段差にけっ躓いてまた転びそうになるというコミカルなドロンを、機会があったらぜひ確認してほしい。

文:谷川建司

『ボルサリーノ』『リオの男』『オー!』『カトマンズの男』『大頭脳』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「黄金のベスト・ムービー」で2022年9月放送

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