インド映画の“変化の時代”を描いた『エンドロールのつづき』パン・ナリン監督インタビュー

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:松岡環
インド映画の“変化の時代”を描いた『エンドロールのつづき』パン・ナリン監督インタビュー
『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

インド版『ニュー・シネマ・パラダイス』の呼び声も高い、パン・ナリン監督作『エンドロールのつづき』。大ヒット映画『RRR』を抑えて、アカデミー国際長編映画賞のインド代表に選出された注目作だ。インド西部グジャラート州の田舎に住む映画大好き少年、9歳のサマイが主人公だが、これは現在国際的に活躍するナリン監督自身がモデルとなっている。1月21日(土)にトークショー付き上映会も決定した監督に話を聞いた。

パン・ナリン監督『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

「子供時代の私も手当たり次第に映画を見ていました」

-本作ができたきっかけについて教えて下さい。

『エンドロールのつづき』は、二つの出来事に基づいています。一つは1980年代に子供時代を過ごした私の体験、もう一つは私の友人で、本作にはファザルという名で登場する映写技師、モハメド・バーイーが2010年頃に経験したことです。「バーイー(兄貴)」というのは、日本語では「~さん」に当たる敬称です。

本作の主人公に関するいろんなエピソードは私が経験したことなんですが、その後都会に出て美術や映画製作を学んでいた私が2010年頃に帰省した時、父から「映画館が新しい映写方式になったので、英語のできないモハメド兄貴は職を失って大変みたいだよ」と聞かされました。さらに父は、映画がフィルム上映でなくなった話や、映画館が変わった話などをし始めたんです。それを聞いた時に本作を作るアイディアが浮かび、頭の中で徐々に形を成していきました。

『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

―サマイ少年は、父親に連れられて映画館ギャラクシー座で初めて映画を見ます。『Jai Mahakali(カーリー女神万歳)』という映画ですが、実際に劇中で使われたのは『Karishma Kali Ka(カーリー女神の奇蹟)』(1990年)という作品ですね。これはなぜ、そうなったんですか? 

私が子供時代に見た最初の映画は『カーリー女神万歳』だったんですが、少々理由があって、映像は別の作品を使いました。当時父は、題名からてっきり宗教映画だと思って、家族を連れて見に行きました。ところが、確かに宗教的要素もあったものの、アクションやバイオレンス、さらには女性がお酒を飲んで踊ったりするシーンまで出てきたんです。セクシーなポーズをする女性が出てくると、父はあわてて私の目を手でふさぎました(笑)。タイトルに偽りありで、父にとっては大ショックだったようです。

そんなわけで、この映画を見に行くシーンに当時の映画を使うのはやめました。主人公は最初にまず、宗教的な映画を見る。続いて『Jodhaa Akbar(ジョーダーとアクバル)』(2008年)のようなスペクタクル映画、大スターを使ったヒット作を見る。そして次々と映画を見るようになるわけですが、子供時代の私もそんな風に、手当たり次第に映画を見ていったのでした。

「各地の古い映画館やフランスの古道具市など映画関連機器を集めるのも一苦労でした」

―サマイが映画を見る劇場、ギャラクシー座として登場するのは非常に古い映画館ですが、今どきこんな映画館はありませんよね。映写機やフィルム編集機器も古いものが出てきて驚きました。

本作の製作にあたっては、舞台となる映画館を求めて、インドのあちこちを捜しました。35ミリのフィルム上映ができることが条件ですが、昔の映画館はもう閉鎖されていたり、デジタル機器上映に変わっていたりして、見つかりませんでした。すると妹が、「子供時代に初めて映画を見た映画館がまだあるわよ」と言ったんです。「ウソだろ、まだ残っているの?」と聞くと、そうだと言うので行ってみたら、確かに映画館の建物自体は残っていました。ところが中は倉庫になっていて、サトウキビが山と積んであったのです(笑)。35年前から倉庫になったということでしたが、私たちはサトウキビを全部運び出して、昔通りの映画館に復元しました。こうして、私が最初の映画を見たギャラクシー座がよみがえったんです。

ですがその後も困難の連続で、映画のフィルムや映写機、様々な備品等は、たかだか10年前ぐらいのことなのに、探し出すのがものすごく大変でした。映画のフィルムは、映画館経営者にとっては何の価値もないので、2010年頃にはリサイクル専門業者が大量のフィルムを集め、何かに生まれ変わらせていた、ということがわかりました。それでも、パンジャーブ州のジャランダルで何巻か見つかったり、各地の古い映画館から出てきたりして、そのフィルムが使えました。

一方、様々な映画関連機器は、毎年フランスで開かれている映画機器の古道具市で捜すことにしました。その市にはヨーロッパ中から人がやってきて、古いカメラとかスプライサーとかを売りに出すんです。そこに行き、当時インドの映画館で使われていたスプライサーと同じ物を見つけたりしました。また、インドでは映写機も作られていなくて欧米や日本から輸入していたんですが、子供時代の映画館で使っていた映写機はイタリア製で、「Made in Milano」と書いてありました。そんなこんなで、映画関連機器を集めるのも一苦労でした。脚本を書いている時には、こんなに大変なことになるとは思ってもみなかったですね。

『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

「『映画をタダで見せる代わりに仕事をしてくれ』と言われたんです」

―サマイの家はヒンドゥー教徒のバラモン(四種姓と呼ばれるカーストの最高位)で、彼が仲良くなる映写技師はムスリム(イスラム教徒)という設定は、今のインド映画界、特にボリウッド映画界の状況から見ると、勇気ある設定ですね。

私自身の体験がそうだったからです。グジャラート州はムスリムも多い土地柄で、我々は互いに相手の宗教を尊重しています。他の宗教のお祭りも一緒に祝ったりしますしね。私自身、モハメド兄貴をムスリムだと意識したことはなく、「モハメド」という名前がムスリムのものだと認識したのもずっと後になってからでした。今でもグジャラートの人々は、相手の宗教が何であるかなんて気にしないで友人になります。政治というのは大きな存在ではありますが、現実はそれとは違っていたりしますよ。

『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

―劇中で、映画館で上映される作品としてたびたび『ジョーダーとアクバル』(2008年)が登場します。ムスリムであるムガル朝のアクバル大帝が、ヒンドゥー教徒であるジョーダーを妃にする物語ですが、意図的にこの作品を選ばれたのですか。

そうですが、ほかにもいくつか理由があります。まず、アイシュワリヤー・ラーイとリティク・ローシャンというヒンディー語映画界の二大スターが共演していることや、この作品が典型的なインド映画、つまり大規模なソング&ダンスシーンがあり、サマイが引き込まれるような物語性があることも選んだ理由です。あと、『ジョーダーとアクバル』にはスーフィズム(イスラム神秘主義)の描写が見て取れるのも理由の一つですね。グジャラート州はスーフィズムが盛んな土地で、砂漠や森の中など、どこに行っても聖者廟があります。『ジョーダーとアクバル』の中のスーフィーソングのシーンはとても魅力的でしたし、スーフィーの考え方が盛り込まれていて、様々な精神世界があることを教えてくれます。

―本作では、サマイが主導する子供たちによる手作り映写機を使った上映シーンが圧巻でした。創意と工夫に満ちた上映会で、映写や音響の付け方などから、映画の原理が非常によくわかります。

本作では、タダで映画を見ようとしたサマイは映画館から追い出されますが、実際には映画館主からこう言われたんです。「よし、タダで見せてあげるが、その代わり仕事をしてくれ」と。映画館はすごく古くて、天井にはたくさん鳩が入り込んでおり、映画のアクションシーンになると音に驚いて天井を飛び回るんです。「鳩を外に出してくれ」と頼まれた私は、鳩を追い出すだけでタダで映画が見られました。でもある時、ボリウッド映画の大作がかかって、その中で鳥がたくさん飛ぶシーンがあったんです。すると、スクリーンの前でも鳩が飛び回り始めて大騒ぎになりました(笑)。まるで鳩がシーンに反応し、映画のイメージに合わせて飛ぶぞ、と思ったみたいでしたね(笑)。

それからひらめいた私は、「上映会では映画に合わせて実際の音を出せばいい」という思いつきをみんなに話しました。それで、ビンとかを使って、映画に合わせて音を出すことをやり始めたのです。映写機は、モハメド兄貴が教えてくれた映写システムから考え出した、非常に簡単なシステムでした。彼はシャッターを使う、シンプルで本質的なやり方を教えてくれました。シャッターをコントロールすることができれば映写できることがわかり、我々は列車についている扇風機を盗んできて、その羽をシャッターに流用しました。そして、音声システムも作ったわけです。

『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

「ボリウッド映画とワールドシネマの間を行き来していた」

―最後にサマイは、父や学校の先生にも後押しされて都会へと出て行くことになりますが、エンドロール直前に列車に乗ったサマイにナレーションがかぶり、いろんな映画人へのオマージュが出てきますね。そこで真っ先に登場するのが、1970~1980年代の人気監督マンモーハン・デサイだったので驚きました。日本でも福岡市総合図書館に、彼の大ヒット作『アマル・アクバル・アントニー』(1977年)が収蔵されています。

最初に彼の名前を出したのは、若い頃デサイ監督とその作品から多大なインパクトを与えられたからです。当時の私はハリウッド映画も、それからワールドシネマも知りませんでした。デサイ監督こそは、インド映画界の最初のエンターテイナーだと思いますし、彼の作品の中で『アマル・アクバル・アントニー』は、私にとってもとても重要な作品です。この映画では幼い3兄弟が離ればなれになるんですが、その後1人はヒンドゥー教徒、1人はムスリム、1人はキリスト教徒として成長します。そして大人になって、3人が再会する。実にユニークで、とてもよくできていて、娯楽性に富んでいるのですが、監督は政治的なことには何も言及しない。ヒンドゥー教徒、ムスリム、クリスチャンという登場人物たちの融和が描かれる、純粋なエンタメ作品として仕上げています。

私はボリウッド映画と共に成長した後、ワールドシネマに出会います。ボリウッド映画も見ながら、小津安二郎やロベール・ブレッソンらの作品も見始めたという、ボリウッド映画とワールドシネマの間をジャンプして行き来していた感じですね。こうして成長した私は映画監督になりますが、その出発点となったデサイ監督を尊敬しています。デサイ監督から始まって、グル・ダット監督ら他のインド人監督も発見していき、サタジット・レイ監督を知ったのはずっと後になってからでした。

『エンドロールのつづき』ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP

――小津監督の映画に登場するロゴマーク「SHOCHIKU」が、配給会社名として自分の作品にも付く、というのをとても喜んでいたナリン監督。世界的な視野を持つ彼が描く、インド娯楽映画フィルムの変身先にもぜひ注目してほしい。

取材・文:松岡環

『エンドロールのつづき』は2023年1月20日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『エンドロールのつづき』

9歳のサマイはインドの田舎町で、学校に通いながら父のチャイ店を手伝っている。厳格な父は映画を低劣なものだと思っているが、ある日特別に家族で街に映画を観に行くことに。人で溢れ返ったギャラクシー座で、席に着くと、目に飛び込んだのは後方からスクリーンへと伸びる一筋の光…そこにはサマイが初めて見る世界が広がっていた。映画にすっかり魅了されたサマイは、再びギャラクシー座に忍び込むが、チケット代が払えずにつまみ出されてしまう。それを見た映写技師のファザルがある提案をする。料理上手なサマイの母が作る弁当と引換えに、映写室から映画をみせてくれるというのだ。サマイは映写窓から観る色とりどりの映画の数々に圧倒され、いつしか「映画を作りたい」という夢を抱きはじめるが――。

監督・脚本:パン・ナリン
出演:バヴィン・ラバリ リチャー・ミーナー
   バヴェーシュ・シュリマリ ディペン・ラヴァル

制作年: 2021
  • BANGER!!!
  • 映画
  • インド映画の“変化の時代”を描いた『エンドロールのつづき』パン・ナリン監督インタビュー