「人型ロボットの息子」が遺した優しい“記憶”とは? A24『アフター・ヤン』 小津安二郎への愛が炸裂したSF家族劇

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ライター:稲垣貴俊
「人型ロボットの息子」が遺した優しい“記憶”とは? A24『アフター・ヤン』 小津安二郎への愛が炸裂したSF家族劇
『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

シンプルかつスタイリッシュ、その内実に途方もない深みがある。映画監督・コゴナダは、長編映画第2作『アフター・ヤン』で鮮やかな飛躍をみせた。確実なストーリーテリングと、洗練された映像美の両立。製作のA24は、未来の映画界を牽引するフィルムメーカーを確実に見抜く慧眼ぶりをまたしても証明した形だ。

コゴナダの長編デビュー作『コロンバス』(2017年)は、“モダニズム建築の街”として知られるインディアナ州コロンバスを舞台に、父の病をきっかけに街を訪れた男と、建築家を夢見る地元の少女のささやかな交流を描いた人間ドラマ。しかし本作『アフター・ヤン』は、うってかわって近未来を舞台とする“SF家族劇”だ。

『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

圧倒的な深みをもつ“SF家族劇”

茶屋を営むジェイク(コリン・ファレル)と妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)は、中国系の幼い養女・ミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)と、「テクノ」と呼ばれる人間型ロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)とともに幸せな日々を過ごしていた。ジェイクとカイラにとって、ヤンは息子のような存在。ミカも、自分と中国を繋いでくれるヤンを兄として理解している。

『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

ところがある日、ヤンが故障して動かなくなってしまった。ジェイクはヤンを修理しようとするが、なかなか解決の手立ては見つからない。そんな中、ヤンの内部に「メモリバンク」と呼ばれるパーツが発見された。ヤンは人知れず、このメモリバンクに一日あたり数秒間の映像を記録していたのだ。その“記憶”に残されていたのは、ジェイクたち家族への優しい視線と、彼が今の主人に購入されるよりも前の出来事。そして、素性の知れない若い女性の姿だった……。

コゴナダというフィルムメーカーは、これまで手がけたすべての作品で「家族」を描いている。『コロンバス』では男と少女がそれぞれ肉親との間に葛藤を抱えていたし、本作は誰ひとり血の繋がらない家族の物語だ。製作総指揮・監督を務めたドラマ『パチンコ』(2022年/Apple TV+)も、在日韓国人一家の歴史をダイナミックに描いたシリーズだった。

もっとも、この『アフター・ヤン』という映画はあまりにも多層的で、家族をめぐる物語の中に無数のテーマを読み取ることができる。ストレートに観るのなら、これは長男を突然に失った一家の“喪の作業”を描く物語だ。たとえば「息子の死後、父親が遺された記憶をたどり、知らなかった一面を目の当たりにする」というような筋立てと大きな差はない。隠されていた真実が少しずつ明かされるさまは、思わず胸が詰まるほど切ないミステリー仕立てだ。

そんな物語のなかに、コゴナダはさまざまな仕掛けを施した。血縁のない家族関係は、否応なしに「本当の家族とは?」というテーマを想起させるが、それだけでなく、父親が白人、母親が黒人、娘が中国系、ヤンも中国系(のロボット)という家族構成は、民族や文化の違いという壁の存在を際立たせる。また、ジェイクが言葉にし難い茶の味に魅了されて茶屋を営むかたわら、妻のカイラがエリートの企業人としてバリバリ働く様子はいかにも対照的で、やがて双方の価値観の違いを浮かび上がらせることにもなるだろう。

さらに、ジェイクがヤンの“記憶”を再生し、謎の女性の存在を知ってからは、ロボットに恋愛が可能なのか、そもそも愛情とは何か、という主題が浮き彫りになってくる。テクノの開発を大手企業が独占し、修理のプロセスや法的手続きすら掌握しているという設定は、現実の私たちが自分の記憶を写真や映像に変換し、企業の手にほとんど委ねている事実を想起させずにはおかない。しかし、そもそも今の時代に記録と記憶はどう違うのだろうか?

端正な語りと遊び心のバランス

“ロボットであるヤンの故障”という事件をきっかけに、『アフター・ヤン』は多様なテーマを絡め取りながら転がってゆく。民族・人種、血縁・家族、アイデンティティ、愛情、死生観、多数派・少数派、テクノロジー、記録と記憶、プライバシー、文化と歴史、教育……。原作はアレクサンダー・ワインスタインの短編小説「Saying Goodbye to Yang(原題)」だが、これほどの内容を96分の上映時間に描き込んだコゴナダの実力には舌を巻く。

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特筆すべきは、決して多くを語らないストーリーテリングのさじ加減だろう。あまたの主題を視野に収めながらも、この映画はヤンをめぐる物語から一瞬たりとも脱線しない。『コロンバス』にもみられた端正な物語技法はさらに洗練され、どれかひとつのテーマに過剰に軸足を乗せることなく、しかし必要な描写を必要なだけ観客に手渡しながら、映画は確実に前進していくのだ。監督・脚本・編集を兼任したコゴナダの語り口はきっぱりと潔い。

『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

ただし『コロンバス』とひと味違うのは、コゴナダの遊び心が随所に見られるところだ。冒頭から観客の意表を突くオープニング・クレジットや、ヤンの“記憶”を再生するシーンのSF的想像力、そして映像と音声をときに重ね、ときにずらすことで、曖昧でおぼろげな記憶や記録をごろりと提示する編集。確かな演出力の高さ、見せ方の引き出しの多さを十分に感じさせる。

もちろん、物語や演出の解釈を一方向にまとめさせない俳優陣の演技も見どころだ。父親・ジェイク役のコリン・ファレルは、得意技である濃い口の演技を完全に封印し、抑制された芝居で、あらゆる状況と共演者の演技を受け止めていく。妻・カイラ役のジョディ・ターナー=スミス、ミカ役のマレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヤン役のジャスティン・H・ミンも、それぞれに繊細な心理表現をたたえ、世界と人間の複雑さをありのままに体現している(人間でないヤンも例外ではない)。ちなみに、ヤンの“記憶”に登場する女性を演じているのは『コロンバス』のヘイリー・ルー・リチャードソン。早くもコゴナダ作品のミューズと言ってよい存在感を発揮している。

『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

巨匠・小津安二郎のスタイル、現代に蘇る

コゴナダが敬愛する巨匠監督・小津安二郎は、よく似たキャスト、よく似た画面、よく似たテーマを反復しながら数々の映画を発表し、「僕は豆腐屋だから豆腐しか作らない」という名言を残した。おそらく、コゴナダはそうした小津のスタイルを意識的に踏襲しているのだろう、先に触れたように一貫して家族劇を撮りつづけている。しかも、小津作品へのオマージュをたっぷりと作品に詰め込みながら。

2012年にコゴナダが発表したビデオエッセイ『Ozu // Passageways』は、小津作品に登場する路地や道路・廊下のショットをまとめたもの。短い映像だが、コゴナダが小津の画面をどのように分析し、自身の作品にどう継承したかが一目瞭然だ。

路地や廊下だけでなく、コゴナダは『コロンバス』で小津作品にも通じるワイドショットを多用。カラー映画であるがゆえ、構図だけでなく色彩にもこだわり抜いた緻密な画面設計は、『アフター・ヤン』にも健在である。

もっとも、小津が自分の作品について「ひとには同じように見えても、僕自身はひとつひとつに新しいものを表現し、新しい興味で作品に取りかかっている」と言っているように、コゴナダも作品ごとに変化を遂げつつある。本作がまぎれもない家族劇でありながら、SFの要素を借りて人間存在や社会について思索する作品となったこともそのひとつだ。

そして、SFというコゴナダの新境地は、意外な形で小津へのオマージュを更新することになった。本作には小津作品でおなじみのローポジション(注:カメラを低い位置に設置する画角)による、登場人物を正面から捉えたショットの連続切り返しも登場するが、ここには“小津オマージュ”とは異なる文脈が生まれている。

印象的なのは、外出しているジェイクと自宅のカイラが遠隔で言葉を交わすシーンだ。ふたりは言葉を交わしているものの、その視線が通じ合うことはない。しかし、どこか見知った感覚がすると思ったら、これはコロナ禍以降すっかり日常的になったビデオ通話の画面と同じではないか。本作の撮影は2019年に実施されたが、コゴナダはSFの力を借りることで、ビデオ通話の感覚をスクリーンに(偶然にも先行して)再現していたのである。

『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

ほかにも本作では、誰も映っていない部屋のショットや、さりげないショットの数々が、時折「誰かの視線」のように機能する。都市や空間を美しく、同時にどこか寂しく切り取るコゴナダ流(それは小津から継承されたものと言っていい)の映像は、そのときにどうしようもない感情と温かみを感じさせるものだ。記憶や記憶のイメージをまといながら、なんでもないようなショットによって物語は膨らみつづけてゆく。

『アフター・ヤン』©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

そのうえでコゴナダは、やはり物語をわかりやすい落とし所に着地させない。むしろ、観客が想像する余地をたっぷりと残したまま映画を終わらせるのだ。そこに何を見出すかは観客の自由だが、何を見出してもよいと思わせてくれる懐の深さこそが作品の強度。きわめて多様かつ多層的な映画だから、繰り返し観るほどに、きっとこの作品は毎回違った表情を見せてくれる。

文:稲垣貴俊

『アフター・ヤン』は2022年10月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

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『アフター・ヤン』

“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが、一般家庭にまで普及した未来世界。茶葉の販売店を営むジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカは、慎ましくも幸せな日々を送っていた。しかしロボットのヤンが突然の故障で動かなくなり、ヤンを本当の兄のように慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理の手段を模索するジェイクは、ヤンの体内に一日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なパーツが組み込まれていることを発見。そのメモリバンクに保存された映像には、ジェイクの家族に向けられたヤンの温かなまなざし、そしてヤンがめぐり合った素性不明の若い女性の姿が記録されていた……。

監督・脚本:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン
オリジナル・テーマ:坂本龍一
音楽:Aska Matsumiya

出演:コリン・ファレル
   ジョディ・ターナー=スミス ジャスティン・H・ミン
   マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ ヘイリー・ルー・リチャードソン

制作年: 2021

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