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『フル・モンティ』監督が語る最新作『シング・ア・ソング!』 “軍人の妻たち”が結成した素人合唱団の感動実話

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ライター:#斉藤博昭
『フル・モンティ』監督が語る最新作『シング・ア・ソング!』 “軍人の妻たち”が結成した素人合唱団の感動実話
『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

男性ストリッパーから軍人の妻たちのコーラスへ

それぞれ人生に悩みを抱えていたり、何かに挑戦して新たな自分を発見したくなったり……。そんなキャラクターが集まって、自分の殻を破って大きなことをなしとげる。その瞬間がクライマックスとなって、予想外の感動も訪れる。こうしたパターンの映画を得意とする監督がいる。イギリスのピーター・カッタネオだ。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』メイキング © MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

代表作は1997年の『フル・モンティ』。仕事を失った中年男たちが一念発起。男性ストリップ・ショーへ出演するまでを痛快に描き、ミュージカル化されるほどの人気作となった。

そんなカッタネオの新作が『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』。アフガニスタンの戦地へ愛する家族を見送ったイギリスの女性たちが合唱団を結成する、実話を基にした物語。合唱はシロウトで、それぞれ複雑な思いも抱える面々が、大舞台に向けて奮闘する。『フル・モンティ』の女性バージョンと受け取ってもいい一作だが、ピーター・カッタネオ監督も自分の得意なパターンだと感じているのか。そのあたりから聞いてみた。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

そうかもしれません。たしかにこのパターンの脚本や原作が送られてくることは多いですが、私自身、好きだというのも事実です。じつは子供の頃に観て、最も影響を受けた映画が『荒野の七人』(1960年)。さまざまな個性をもったキャラクターを描き、彼らをチームとして結びつけ、時には対立させ、笑いや感動で味付けする。映画監督になってから、そのパターンを好んで自作で使うようになりました。もちろん、そうでない作品にも積極的に挑みますが。

『フル・モンティ』の後、刑務所でミュージカル公演を行う『ラッキー・ブレイク』(2001年)、そして中年ドラマーが新たなバンドで再起にかける『ROCKER 40歳のロック☆デビュー』(2008年)と、チームによる“パフォーマンス”を描くのも得意技だと、カッタネオの監督作を振り返るとよくわかる。しかし今回の『シング・ア・ソング!』は主人公が女性たちというのが異例。このあたりでアプローチの違いはあったのか。

もちろん違いましたね。私が絶対に必要だと思ったのは、女性の視点です。ですから女性の脚本家に託しました。脚本家の一人、レイチェル・タナードは、この物語のモデルとなったキャタリック駐屯地の合唱団と長い時間、一緒に過ごして親しくなりました。そうした女性同士の関係から、駐屯地の生活の細部を知り、脚本を練り上げていったのです。登場人物の一人が自宅の壁紙の模様を決める話など、実生活のエピソードはたくさん盛り込まれていますよ。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

「戦没者追悼イベントのコンサートは究極の晴れ舞台」

合唱団を組んだ軍人の妻たち(Military Wives ※本作の原題)には、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでの戦没者追悼イベントのコンサートに招かれるというビッグチャンスが訪れる。イギリスの人にとって、それはどれほどの名誉なのだろう。

イギリスのミュージシャンやオーケストラにとって究極の晴れ舞台です。毎年、11月11日のこの日、国民の多くが胸にポピーの花を着け、戦没者を追悼します。午前11時には学校でも黙祷するのです。イギリスの文化のひとつと言っていいでしょう。今回、コンサートで使われるロイヤル・アルバート・ホールの一部で撮影できたことは幸運でしたね。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

そのロイヤル・アルバート・ホールのほか、合唱団が誕生したキャタリック駐屯地、および敷地内の住居で撮影を行うことで、物語にリアリティが加わったようだ。合唱団が有名になったことで、軍も撮影に前向きに協力したのだろうか。

駐屯地の居住区というのは、イギリスの一般の住宅地とはちょっと印象が異なります。誰もが一時的な住居として使い、何年かしたら住民が入れ替わるので、人々の“歴史”が積み重なっていない。放ったらかしの庭があったりします。一時的な場所ということで、なんだか映画のセットのようでもありました。そういったシュールな感覚が映画に表れているかもしれません。映画への協力については、イギリス軍の体制の変化も影響しています。近年はハリー王子が退役軍人や家族のケアのための活動を先導したりして、社会全体の考え方に合わせる流れもありますから。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

そして『シング・ア・ソング!』で、観ているこちらのテンションを上げるのは、やはり音楽のパワー。使用曲にもカッタネオ監督のこだわりが表れている。シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」や、ヤズーの「オンリー・ユー」などだ。とくに「オンリー・ユー」は、あのウォン・カーウァイ監督作『天使の涙』(1995年)でも象徴的に使われたザ・フライング・ピケッツのア・カペラのバージョンが甦るかのように、合唱団のメンバーが山歩きをしてトンネルで休むシーンで歌い始める。

シンディ・ローパーもヤズーも、大ヒット曲であるのと同時に、歌詞が物語にフィットすることから選びました。モデルとなった合唱団のリーダーとも相談し、大空の下で歌って楽しそうな曲というのも、ひとつの基準でした。「オンリー・ユー」は歌声が響くという意味で、トンネルの中で歌うには最高の1曲ですよね。私自身も、あのシーンは映画の中で最高に好きです。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』メイキング © MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

「カメラに映らないほど小さなイヤホンを着け、極小のマイクを衣装に仕込み……」

音楽に感動してしまうのは、もうひとつ大きな要因がある。「生歌」だ。ここ数年、ミュージカル映画などではライブレコーディングが主流。撮影現場でキャストが歌う音声をそのまま使うことで、臨場感や、演技とともに歌に込めた思いが伝わりやすくなる。そのライブレコーディングが『シング・ア・ソング!』でも取り入れられた。

ハリウッドのミュージカル映画と同じ理由ではなく、この映画でライブレコーディングを優先したのは、より日常に近い音を使いたかったからです。ただ、多くのテイクを撮りますから、曲のテンポや音のキーを統一するのは大変です。キャストにはカメラに映らないほどの小さなイヤホンを着け、キーボードの伴奏を聴きながら歌ってもらいました。やはり極小のマイクも衣装に仕込み、あとはサウンドミキシングの腕の見せどころです。誰の声を目立たせるとか、うまくハーモニーを作るとか、こだわって曲を完成させる作業は楽しかったですね。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

本作のモデルになった“軍人の妻たち”合唱団は、その後、各地に広まって、現在2300人もの軍に関係する女性たちが合唱団で歌っているという。再現した本作でも、個性豊かなメンバーを揃え、そのアンサンブルが絶妙だ。

モデルとなった合唱団のリハーサルを見学した際に、予想以上に多様なキャラクターが集っていて驚きました。その印象も参考に、最初に3人のメインキャラクターを考え、そこから独自の外見と個性をもったキャストを構成したのです。通常、これだけのメンバーの心をひとつにするのは時間がかかる作業ですが、今回のキャストは最初に集合した日にすでに大笑いして打ち解けていました。余計な心配でしたね。最高のアンサンブルキャストだと実感しています。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

「音楽の力によって、みんながひとつになるというメッセージ」

この『シング・ア・ソング!』は新型コロナウイルスのパンデミックが起こる前に完成していた。その後、世の中は大勢で集まって歌えない状況となり、現在はウクライナの情勢が重なったりもする。本作の受け止められ方も、カッタネオ監督にとって予想しなかったものに変わったはずだ。

イギリスではロックダウンに入る1週間前にこの映画が劇場公開されました。われわれ映画チームはオンラインで連絡を取り合うようになり、ロックダウン中は合唱団の動画などを共有して、心の平安を保っていたように思います。改めて痛感したのは、人と人が直接にコンタクトすることの大切さですね。ですから今この時期に日本で公開されることで、音楽の力によってみんながひとつになるというメッセージが、さらに強く伝わるのではないでしょうか。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』© MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

映画というものは、たしかに受け止める状況によって大きく印象も変わるもの。人と人のつながりの大切さ、そして一緒に歌うことの喜びは、今だからこそ大きな感動を伴うはず。ピーター・カッタネオ監督が『シング・ア・ソング!』に込めた思いを、日本の劇場で心ゆくまで味わいたい。

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』メイキング © MILITARY WIVES CHOIR FILM LTD 2019

取材・文:斉藤博昭

『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』は2022年5月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷・有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開

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『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』

愛する人を戦地に送り出し、最悪の知らせが届くことを恐れながらイギリス軍基地に暮らす軍人の妻たち。大佐の妻ケイトは、そんな女性たちを元気づけ、共に苦難を乗り越えるための努力を惜しまないが、その熱意は空回りするばかり。そんな中、何気なく始めた“合唱”に、多くの女性達が笑顔を見せ始める。女性達のまとめ役リサも、かつて慣れ親しんだキーボード・ピアノをガレージから引っ張り出し、積極的に関わり始める。

しかし、ケイトとリサは方針の違いで衝突を繰り返し、集ったメンバーたちも、美しい声を持っているのに人前で歌えなかったり、合唱を楽しむあまり音程を無視して歌ったりと、心も歌声もてんでバラバラ。担当将校も耳を覆う有り様だったが、心情を吐露するように共に歌い続けるうちに、同じ気持ちを持つ仲間として互いを認めていく。

心が一つになっていくにつれ、次第に美しい歌声を響かせるようになった合唱団のもとに、ある日、毎年大規模に行われる戦没者追悼イベントのステージへの招待状が届く。思いがけない大舞台に浮足立つ妻たちだったが、そんな彼女たちの元に舞い込んだのは、恐れていた最悪の知らせだった——

監督:ピーター・カッタネオ

出演:クリスティン・スコット・トーマス
   シャロン・ホーガン
   ジェイソン・フレミング グレッグ・ワイズ

制作年: 2019