60sアメリカン・ロックを映像で辿る!『ZAPPA』『リンダ・ロンシュタット』『ローレル・キャニオン』ほか続々公開

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ライター:セルジオ石熊
60sアメリカン・ロックを映像で辿る!『ZAPPA』『リンダ・ロンシュタット』『ローレル・キャニオン』ほか続々公開
『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved / 『ZAPPA』© 2020 Roxbourne Media Limited, All Rights Reserved. / 『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』©2020 CANYON FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

“西海岸のウッドストック”=ローレル・キャニオン

30年ほど前のこと、ロサンゼルスの小さな日本食レストランで唐突に隣客から声をかけられた。目を見張るほど美しい若い金髪女性と一緒に野菜炒めを食べていた中年男性は、「金沢が好きだ」と力説する。聞けば、彼はコンサートツアーで日本全国を回ったことがあるそうな。名を訊ねると「エリック・アンダースン」。1970年代前半に出たアルバム『ブルー・リヴァー』で有名なシンガーソングライターだ。たしか、加藤和彦もカバー曲を出していた。

なんとなく北欧系のシンガー・ソングライターだったと記憶していたので、なぜロサンゼルスに? ……と思ったが、元々はアメリカ東部生まれで、以前はニューヨークのウッドストックに住んでいたそうだ。今は北欧に住んでいるが、ロサンゼルスにも<ローレル・キャニオン>という、ウッドストックのようにミュージシャンたちが集まるコミューン的な場所があるんだ、と教えてくれた。

『エコー・イン・ザ・キャニオン』© 2019 Echo In The Canyon LLC ALL RIGHTS RESERVED.

それから出てくる名前は、ボブ・ディラン、ジュディ・コリンズ、ジョニー・キャッシュ、リンダ・ロンシュタットなどなど、有名ミュージシャンばかり……ビールを飲みすぎてあまり覚えていないのだが、とにかく翌日はジョニ・ミッチェルと共演するコンサートがあり、同席の女性(彼の娘さん!)も一緒にステージで歌うという。ぜひ来ないかと誘われたのだが、所要があって行けなかった……今考えると痛恨の極みだ。

そのエリック・アンダースンが、かつて住んでいたニューヨーク郊外の小さな町ウッドストックの名は、もちろん映画『ウッドストック/愛と平和と音楽の3日間』(1970年)で有名だ。実際に<ウッドストック・フェスティバル>が開催されたのは諸般の事情でウッドストックから50キロも離れた別の町だったのだが、ウッドストックにはボブ・ディランとザ・バンドがレコーディングしていたスタジオ兼住居<ビッグピンク>があったり、ジミ・ヘンドリックスも一時住んでいたという。ウッドストックの名は、ロック&ポピュラー音楽界にとって、まさにレジェンドだ。

一方、ローレル・キャニオンは特に有名ではなく、そのまま忘れ去られていたのだが、2020年になって突然、Netflix他で配信された『デヴィッド・クロスビー:リメンバーマイネーム』(2019年)でその名前を耳にした。

『デヴィッド・クロスビー:リメンバーマイネーム』©2019 BMG Audiovisual Productions, LLC. All Rights Reserved.

「多分、俺が最初の住人だろう」とクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング(CSN&Y)のデヴィッド・クロスビーが、ローレル・キャニオンの(ミュージシャン)住人第1号として町を紹介してくれるのだが、次々に挙げられるかつての“キャニオン仲間”たちの名がなにしろすごい。クロスビーも一員だったザ・バーズやCSN&Y、ママス&パパス、ドアーズ、フランク・ザッパ、ジャクソン・ブラウン、ジョニ・ミッチェル、ザ・ビートルズ、エリック・クラプトン……この時点で“なにがなにやら”となっているのに、『真昼の決闘』(1952年)を撮った撮影監督はクロスビーの父親で、『イージー★ライダー』(1969年)でデニス・ホッパーが演じた人物のモデルがクロスビー本人だったという衝撃の事実に驚く。1960年代当時から過激な発言や人間関係でさまざまな問題を引き起こし、今も自分のことを「クソ野郎だ」とうそぶくクロスビーは、全盛期のデニス・ホッパーをはるかに上回るハリウッドの異端児だったのだ。

『イージー★ライダー』の主題歌「イージー★ライダーのバラード」は、ボブ・ディランのメモ書きの歌詞をザ・バーズのロジャー・マッギンが曲にしたという伝説の、まさに生誕の地がローレル・キャニオンだったのだ。

元祖「ホテル・カリフォルニア」の光と影

タートルズの「ハッピー・トゥゲザー」(映画ファンにはウォン・カーワイの『ブエノスアイレス』[1997年]でおなじみ)で始まる夢のようなドキュメンタリー『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』は、もともと前後編のテレビ番組を劇場用に再編集したものらしい。

『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』©2020 CANYON FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

何しろ密度が濃いので覚悟してほしいが、アメリカのみならず60年代の映画、音楽、ポップカルチャーに興味のある人ならたまらない。タイムマシンにお願いして、1960年代のローレル・キャニオンに行ってみたいと絶対に思うだろう。

ザ・バーズのデヴィッド・クロスビー(右)はジョニ・ミッチェルを見出したが……  『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』©2020 CANYON FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

クロスビーがマリファナ煙草を巻いている……ママス&パパスのママ・キャス(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』[2019年]にも登場した丸っこい女性)の家に、イギリスからエリック・クラプトンが来て庭でバーベキューをして、ジョニ・ミッチェルがギターを弾く……。ビートルズもローリング・ストーンズもやってくる(個人的にはミックとキースがプロデュースしたママス&パパスのリーダー、ジョン・フィリップスの未完成ソロアルバムが大好きです)。

ママス&パパスのミシェル・フィリップス(左)とママキャスことキャス・エリオット(1941-1974) 『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』©2020 CANYON FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

クロスビーに発掘されたジョニ・ミッチェルは、あっさりクロスビーを捨ててグラハム・ナッシュの元へ。ジャクソン・ブラウンは「あの頃はみな競争してなくて励ましあっていた」と良いことを言っているが、とにかく彼らに加えて、ドアーズもモンキーズもビーチボーイズもフランク・ザッパも同じ町に住んでいたなんて……面白すぎる。

運命の1969年~ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ローレル・キャニオン~

このドキュメンタリーは「夢」の行きついた先も示してくれる。クロスビーたちのプロデューサーだったテリー・メルチャー(ドリス・デイの息子で、あのロマン・ポランスキー邸の前の住人)や、ザッパの家の隣に住み始めたマンソン・ファミリー、クリス・ヒルマン(ザ・バーズ)の家にはスパーン・ランチ(マンソン・ファミリーの本拠地)から来た娘が……。そして、運命の1969年。シャロン・テート事件とローリング・ストーンズの“オルタモントの悲劇”(CSN&Yも参加したフリーコンサートで、警備のヘルズ・エンジェルスに観客が殺害された)をきっかけに、「ハッピー・トゥゲザー」だったミュージシャンたちは、ローレル・キャニオンから去っていった。

ジャクソン・ブラウンはキャニオンの兄貴分のような存在だった 『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』©2020 CANYON FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

ドアーズのジム・モリソンやママ・キャスは早すぎる死を迎える。そのあとにブレイクしたイーグルスは、もともとキャニオンのアイドル的存在だったリンダ・ロンシュタットのバックバンドで、「ホテル・カリフォルニア」が大ヒットした1976年ごろには音楽ビジネスが巨大化し、ミュージシャンたちは小さなコミューン的な街ではなく、それぞれ郊外に大邸宅を構えて暮らすようになっていく。「快楽にまみれたホテルから離れられなくなる」と歌う意味深な「ホテル・カリフォルニア」はローレル・キャニオンのことを暗に示しているのかもしれない。

イーグルスのドン・ヘンリー  『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved

エンド・クレジットに流れるのは、もちろんザ・バーズの「ターン! ターン! ターン!」。……すべては変わる、変わる、変わる/季節があり ふさわしい時がある/築くとき、壊すとき、踊るとき、嘆くとき……。

21世紀の音楽シーンに響くローレル・キャニオンの遺産

ウェストコースト・ロックの象徴となった、ザ・バーズのロジャー・マッギンが愛用していたリッケンバッカーのギターをポスターに、ボブ・ディランの息子ジェイコブ・ディランが案内役となって、1960年代ウェストコースト・ロックの舞台裏に迫るドキュメンタリーが『エコー・イン・ザ・キャニオン』だ。

『エコー・イン・ザ・キャニオン』© 2019 Echo In The Canyon LLC ALL RIGHTS RESERVED.

トム・ペティ、ブライアン・ウィルソン(ビーチボーイズ)、リンゴ・スターなど、登場するミュージシャンが豪華なうえ、エリック・クラプトンがスティーヴン・スティルスと大西洋を挟んだリモート共演でギター合戦したりする音楽ファン驚愕の展開に、さすがディランの息子のネームバリューは凄いと思ったら、どうやらこれは彼のアルバムの宣伝を兼ねたプロモ映画だったようだ。

トム・ペティ(右)は残念ながら2017年に他界。左はジェイコブ・ディラン 『エコー・イン・ザ・キャニオン』© 2019 Echo In The Canyon LLC ALL RIGHTS RESERVED.

フィオナ・アップル、ベック、ノラ・ジョーンズ、キャット・パワーなど、21世紀の音楽シーンで活躍するミュージシャンたちが、ローレル・キャニオンで生まれた名曲をカバーしていく。途中、ママス&パパスのミシェル・フィリップスが、当時の男女関係の自由さを笑いながら語り、ジェイコブが引いてる様子が面白い。『ワン・ハリ』にも登場したミシェルは、ママス&パパスのリーダーであるジョン・フィリップスと結婚していたが、別のメンバーと浮気してグループは解散、1970年にデニス・ホッパーと再婚するが、なんと1週間で離婚したことでも知られている。

レジーナ・スペクター、ジェイド・カストリノス、ベック、ジェイコブ・ディラン 『エコー・イン・ザ・キャニオン』© 2019 Echo In The Canyon LLC ALL RIGHTS RESERVED.

ちなみにジェイコブ・ディランいわく、ローレル・キャニオンと当時の音楽に興味を持ったのは映画『モデル・ショップ』(1969年)を観たことだそうだ。フランスでミュージカル『シェルブールの雨傘』(1963年)、『ロシュフォールの恋人たち』(1966年)を作ったジャック・ドゥミ監督が、続いてロサンゼルスへ渡って撮った映画『モデル・ショップ』は、若い男が追いかける謎の女(アヌーク・エーメ)がローレル・キャニオンに住んでいるという設定。1968年のロサンゼルスがオール・ロケ撮影でヴィヴィッドにとらえられているカルト作だ。

映画ファンなら誰でもご存じだろうが、ドゥミがフランスで撮ったミュージカルの影響を多大に受けて生まれたのが、ロサンゼルスを舞台にしたミュージカル『ラ・ラ・ランド』(2016年)だ。

謎が多すぎる“あの天才ミュージシャン”もキャニオンの住人だった

こうしたウエストコースト・ロックの軌跡をたどるドキュメンタリーのそこかしこに名前が出る意外な存在が、フランク・ザッパだ。孤高の天才ギタリストにしてジャンル分け不能な音楽界の怪人フランク・ザッパには伝説が多い。来日した時に京都の山に「大文字」の代わりにザッパの文字が燃え上がったとか、ザッパという名のロック喫茶にデヴィッド・ボウイが通っていたとか……。

『ZAPPA』© 2020 Roxbourne Media Limited, All Rights Reserved.

しかし、『ビルとテッド』シリーズ(1989年ほか)や超カルト作『ミュータント・フリークス』(1993年)で知られるアレックス・ウィンターが監督した貴重なドキュメンタリー『ZAPPA』で語られ、映し出されるのは、そういった都市伝説の類ではない。1968年ごろにローレル・キャニオンのザッパ邸を、ボウイやクラプトン、ストーンズ、ジェフ・ベックらが次々に訪れ、彼らとの共演録音テープがいまだに保存されていたりすること(いつか発表されるのだろうか?)をはじめ、予想不能な展開をするザッパの音楽人生が語られていく。

『ZAPPA』© 2020 Roxbourne Media Limited, All Rights Reserved.

幼少期からホームビデオで映画を作り、高校生の時に交響曲を作曲したという天才少年ザッパは、「ロックを演奏したのは20歳過ぎ」と語る。スタンリー・キューブリックの初期作に出ていた個性派俳優ティモシー・ケリーが監督・主演した「ロックを歌う伝道師」を描くインディペンデント映画『世界で最も偉大な罪人/The World’s Greatest Sinner』(1962年:未公開)の音楽を担当したことがきっかけだったようだ。

 

グリーティングカードのライター(詩とイラストを描く)をしたり、ポルノ映画の撮影までやって生活の糧を稼いでいた無名時代のザッパは1960年代、時代の波に乗ってクラシックからロックへ移行するが、流行のドラッグにも手を出さず、友人も作らなかったという。彼は映画と音楽に取り憑かれた怪人だったのだ。

『ZAPPA』© 2020 Roxbourne Media Limited, All Rights Reserved.

そして、ザッパ邸の裏にチャールズ・マンソンが店を開いた(と語られている)のをきっかけにローレル・キャニオンを離れたザッパが手がけたのが、サイケでポップでクレイジーなミュージカル映画『フランク・ザッパの200モーテルズ』(1971年)。ザッパの分身(?)を元ビートルズのリンゴ・スターが演じ、ザ・フーのキース・ムーンも出演していた。

そして、アリス・クーパーが「ヒット曲を作るのは簡単だったろうが、その気がなかった」とザッパを語るように、最後までヒット曲とは無縁に音楽人生をまっとうした天才がフランク・ザッパだった。そんな儲からない天才ミュージシャンを担当していたマネージャーが目をつけたのが、意外なミュージシャンだった。

『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved

ザッパのマネージャーに見いだされたウェストコースト・ロックの歌姫

1965年にアリゾナからカリフォルニアへ出てきたリンダ・ロンシュタットは当初、男性2人とフォークトリオ、ストーン・ポニーズを組んで、ロサンゼルスのライブハウスに出演しながらチャンスを待った。ジャクソン・ブラウンやライ・クーダーが当時のロサンゼルスの音楽シーンを解説してくれる、なんとも豪勢なドキュメンタリー『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』で驚かされたのは、リンダを見出したのが、フランク・ザッパのマネージャーだった“人を殺したこともある元傭兵”(と語られる)ハーブ・コーエンだということだ。

『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved

モンキーズのマイク・ネスミスが作曲した「悲しきロック・ビート」がヒットすると、コーエンはポニーズを解散させて、リンダをソロ歌手に仕立て上げる。ビジネス優先を貫く姿勢は、ザッパとの仕事の反動だろうか。その後、リンダはジャクソン・ブラウンの尽力で後にイーグルスとなるバックバンドを得て、ウェストコースト・ロックの歌姫として世界的に大ブレイクする。

イーグルスのグレン・フライ(左)とリンダ 『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved

本人が出演するこの自伝的ドキュメンタリーでは、カントリーからロック、メキシコ民謡やスタンダードまで変幻自在に歌ったリンダが、オペラにも出演していたという日本人があまり知らない経歴も紹介する(共演はケヴィン・クライン!)。どうせなら、クイーンのフレディ・マーキュリーと共演していたら面白かったのになあと思いつつ、リンダの自由気ままで常に自然体で怖いもの知らず、そして何でもこなす素晴らしい歌唱力の魅力を堪能できる。

『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』©LR Productions, LLC 2019 – All Rights Reserved

さらに面白いのは、リンダが「ドアーズはボーカル以外は最高だった」とジム・モリソンをクサしていること。そういえば、デヴィッド・クロスビーも「あいつはクソだった」と発言していた。さりげない彼らの言葉から、当時の人間関係がうかがい知れるのも、こうして音楽ドキュメンタリーをまとめて見る楽しみのひとつだ。

文:セルジオ石熊

『デヴィッド・クロスビー:リメンバーマイネーム』はNetflixほか配信中

『ZAPPA』は2022年4月22日(金)よりシネマート新宿・心斎橋ほか公開

『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』は2022年4月22日(金)より、『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』は2022年5月6日(金)より全国順次公開

『エコー・イン・ザ・キャニオン』は2022年5月27日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

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