「シャロン・テート殺害事件」と「マンソン・ファミリー」を解説! 予習バッチリ!! タランティーノ最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:市川力夫
「シャロン・テート殺害事件」と「マンソン・ファミリー」を解説! 予習バッチリ!!  タランティーノ最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

 

クエンティン・タランティーノ監督最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の舞台となるのは1969年。この年の8月9日、本作にもバリバリ関係してくる大事件「シャロンテート殺害事件」が起きた。そして、その事件の首謀者で、60年代以降の映画、音楽、小説……いまなお様々なポップ・カルチャーに影響を与え続けているチャールズ・マンソンについても多少知っておくと、映画の理解がより深まるはず。

というわけで、本稿では「シャロンテート殺害事件」に至るまでを、少々駆け足気味に辿ってみる。あくまで『ワンス~』を観るうえで大事なポイントを要約したものとしてご理解いただきたい。あ、もちろん内容のネタバレにはならないのでご安心を。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

自由の国アメリカが生んだラリった悪魔、チャールズ・マンソン

まずは時代背景をおさらいするためにも、事件が起きる2年前まで遡らないといけない。

60年代後半のアメリカはまさにカオスだった。終結の見えない泥沼化したベトナム戦争、公民権運動、ウーマンリブ運動 etc……本当に様々なことがひっきりなしに起こっていた。そんな中、ベトナム反戦運動は盛んになっていき、それとともにヒッピー文化が若者たちの中で急速に浸透。この波はサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区を中心に全米中に広がっていった。大麻やLSDは街に溢れかえり、グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレインなどサイケデリック・ロックバンドのコンサートには一文無しの若きヒッピーたちが押し寄せ踊り狂っていた。1967年。いわゆるサマー・オブ・ラブってやつだ。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

もちろん『ワンス~』にも、その頃のヒッピーたちが描写される。彼らは安心してセックスとドラッグを堪能できるコミューンと大規模なロックコンサートを求めてヒッチハイクで街から街へ。愛と平和の象徴として花そのもの、もしくは花柄の服などで着飾り、街ゆく人々に花を配って歩いたりしたことから、”フラワーチルドレン”なんて呼ばれていた。

その頃、何度目かの刑務所生活を終えた小柄な男が、ギターだけを手にヒッピーだらけのヘイト・アシュベリーに降り立った。チャールズ・マンソン、その人である。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

チャーリーは娼婦の息子として生まれ、幼い頃からチンケな犯罪を繰り返し、施設を出たり入ったり。1967年の仮釈放の時点で人生の半分以上を施設、あるいは刑務所で過ごしてきた。それなりに凄みや神秘性を携えていたのかもしれない。長く伸ばしまくった髪と髭、それから刑務所で習ったギターで、モノホンのヒッピー・ミュージシャン降臨! といった風情で路上に立った。そして、どこかで聞いたことのあるようなパッチワーク的 ― しかしやっぱり抗えない魅力もある ― アシッド・フォークとドラッグ&フリーセックスで、すぐさま「愛の季節」を謳歌する自由奔放な若い女性たちをモノにしていった。

そして、取り巻きの女性たちを使って男たちをも魅了し、コンプレックスにつけいる驚くほどイージーな説教で信奉者を集め〈ファミリー〉を形成した。

マンソン率いる<ファミリー>の意外な交流、そして過激化する思想

チャーリーには「いっぱしのミュージシャンになる」という夢があった。かなり本気だった。そして「時代」というやつは、どういうわけかチャーリーの味方をしてくれた。なんと、ザ・ビーチ・ボーイズのメンバーであったデニス・ウィルソンと知り合ったのだ。

〈ファミリー〉はデニス・ウィルソン邸に住み着き、楽曲を共作し、潤沢な金とドラッグ、もちろんセックスも謳歌。さらにチャーリーはデニス・ウィルソンから音楽プロデューサーのテリー・メルチャーを紹介してもらったのである。当時メルチャーが住んでいたのは、ハリウッドの富豪たちが住む丘の上の豪邸。住所は「シエロ・ドライブ10050番地」。ハイ、ここテストに出るとこです。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

チャーリーのなけなしの神秘性でさえもありがたいものとして受け入れてしまうロサンゼルスのヒップな方々だったが、柱となっていたデニス・ウィルソンが引っ越してしまい、〈ファミリー〉は住処を失くしてしまった。同時にチャーリーのレコードデビューの話もなし崩し的にたち消え、〈ファミリー〉は新たな住処としてロス市街地から少し離れた、サンフェルナンド・バレーにある西部劇撮影用の牧場に目をつける。

そこは82歳になる盲目の男ジョージ・スパーンが所有していたが、観光客用の馬貸しなどを手伝うことを条件になんなく移住成功。表向きは乱行パーティーとドラッグを愛するただのヒッピー・コミューン。だが、〈ファミリー〉はヒッピー集団というより「仮面ライダー」のショッカー。牧場はコミューンではなく秘密基地のようになっていった。

というのも、この頃のチャーリーの信奉者への説教は殺人さえも正当化する暴力的なものになっていた。チャーリーは1968年11月に発売されたザ・ビートルズの通称『ホワイトアルバム』に収録された(ビートルズにしては)激しいロックナンバー「ヘルター・スケルター」からインスピレーションを得て、「やがて黒人たちが武装発起し、黒人と白人の戦争がはじまる。それは核戦争にまで及び、勝つのは黒人側だ。しかし、世界を統治するのは我々ファミリーである」なんて言いだした。あまりの放言に、「付き合いきれん」と〈ファミリー〉を抜けだすメンバーもいたが、逆により一層チャーリーに魅せられる者もいて、その放言によって〈ファミリー〉の結びつきは強化されたともいえる。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

完全に〈ファミリー〉はチャーリーの所有物だった。チャーリーに命令されれば誰も疑問も抱かず、食料や金品狙いの夜盗をはじめ、どんなことでもやった。そして〈ファミリー〉は、チャーリーの号令で来る(はずの)最終戦争“ヘルター・スケルター”に備えて武器を集め、訓練まではじめてしまった。

妊娠8ヶ月のシャロン・テートを襲った悲劇! ポランスキー邸が血に染まる

ある日、チャーリーはテリー・メルチャーの住む、あの「シエロ・ドライブ10050番地」に出かけた。しかし、「メルチャーは引っ越した」と、ぞんざいに追っ払われたことに激昂。のちにきっちり復讐することを誓い、おとなしく引き返した。

1969年8月8日金曜日、夜。〈ファミリー〉のメンバーである4人(テックス・ワトソン、スーザン・アトキンス、パトリシア・クレンウィンケル、リンダ・キャサビアン)は、チャーリーの命を受けて牧場から車で出発した。目指す場所はシエロ・ドライブ10050番地。目的は、殺人。だってチャーリーが言ったんだ。「ヘルター・スケルターの時は来た!」って。

しかし、その頃シエロ・ドライブ10050番地に住んでいたのは、36歳の天才映画監督ロマン・ポランスキーと、その妻で26歳の女優シャロン・テートだった。数ヶ月前にはポランスキーが撮った『ローズマリーの赤ちゃん』が公開されていた。ということは、ふたりの名はもうじゅうぶんハリウッドに知れ渡っていたってことだ。『ローズマリーの赤ちゃん』は悪魔崇拝者たちに捕らえられた女性が悪魔の子どもを妊娠する、という恐ろしい話だが、偶然にもこの時シャロン・テートは妊娠8ヶ月……。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

8月9日未明。殺しのメンバーは予定通りシエロ・ドライブ10050番地に着いたが、車を降りてまもなく、向こうから一台の車が近づいてきた。運転していたのはたまたま通りかかっただけのスティーヴン・ペアレントという若者だったが、「何をしているんだ?」と尋ねてしまったがために、ペアレントには4発の銃弾が撃ち込まれた。そして、まだ新参者だったリンダを見張り役として外に残し、長めのナイフと銃で武装したテックス、スーザン、パトリシアの3人は邸宅に侵入した。

この夜、ポランスキー邸にいたのは4人の男女だった。ひとりはテートの元恋人で、スティーヴ・マックィーンやロバート・レッドフォードも手がけた売れっ子ヘア・スタイリストのジョイ・セブリング。もうひとりは、アメリカで有名なコーヒー・ブランドであるフォルジャーズ・コーヒーの跡取り令嬢、アビゲイル・フォルジャー。フォルジャーの恋人で無職の遊び人、ヴォイテック・フライコウスキーもいた。そして、シャロン・テートである。ちなみに、この家の主人であるロマン・ポランスキーは新作の仕上げのためにヨーロッパにいたので留守だった。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

まず殺人者と接触したのは、ドラッグでぐでんぐでんになりながら柔らかな高級ソファに沈んでいたフライコウスキーだった。テックス・ワトソンは酔っ払いに銃を突きつけた。するとフライコウスキーは目を覚ました。

「いま、何時だ?」

「動くと殺す」

「誰だ?」

「俺は悪魔だ。悪魔がなすべき行いを果たすために来た」

その言葉通り、ロサンゼルスを見下ろすことができる豪邸に現れた悪魔たちは、たっぷり時間をかけて悪魔の所業をやってのけ、悪魔が待つ牧場へと帰っていった。まだ若く不運な4人の男女は合計すると100回以上滅多刺しにされ、撃たれ、殴られ、死んだ。しかし、彼らのことを4人の殺人者たちは名前すら知らなかったという。正面ホールの扉にはシャロン・テートの血で「PIG」と書かれていた……。

以上がシャロン・テート殺害事件の概要である。

その後の〈ファミリー〉、チャールズ・マンソンについてさらに詳しいことは、膨大な数の資料、研究書、映像作品がいくらでもあるのでそちらを参照していただきたい。そして、ネットで手に入る情報なんて、ほんのわずかなものだけ、ということも付け加えておく。

文:市川力夫

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は2019年8月30日(金)より公開

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』

レオナルド・ディカプリオ × ブラッド・ピット初共演!
1969年8月9日、事件は起こった。この二人にも ─ ラスト13分、映画史が変わる。

制作年: 2019
監督:
キャスト:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • 『ウトヤ島、7月22日』“リアル”と“リアリティ”の狭間で体感する、無差別テロの恐怖