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歪な母娘の抑圧ホラー! 北欧発『ハッチング -孵化-』 ストレスの卵(かたまり)から何が生まれた!?

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歪な母娘の抑圧ホラー! 北欧発『ハッチング -孵化-』 ストレスの卵(かたまり)から何が生まれた!?
『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

サンダンス映画祭ミッドナイト部門

「サンダンス映画祭出展作品」と謳われている『ハッチング -孵化-』、実はミッドナイト部門の出展作である。同部門出展作品は、日本で観られるようになるまで時間がかかる。内容が強烈過ぎるため、他国のウケ具合を見てから買い付けする傾向があるからだ。

ゆえに2021年の出展作品は現時点(2022年3月)で一本も日本で視聴することはできず、最近になってようやく2020年出展作である『バッド・ヘアー』(2020年)、『ナイト・ハウス』(2020年)、『レリック -遺物-』(2020年)等が配信で観られるようになった程度だ。

しかし『ハッチング -孵化-』は2022年のミッドナイト部門出展作品ながら、異例の早さで日本公開に漕ぎ着けた。理由はもちろん“様子を見る必要がなく、確実にウケる”ことが約束された作品であるからだ。

『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

歪な家族が生み出した、イドを具現化したストレスの卵(かたまり)

映画はまず、とある家族の母(役名は無し!)が家庭の幸せっぷりをアピールするVlog、その名も「素敵な毎日」を撮影している様子を映し出す。娘のティンヤ、その弟マティアス、そして父(もちろん役名は無い)を中心に据えたVlogは異様だ。床から天井までバラの装飾品で埋め尽くされ、やたらと多い窓から差し込む日光で輝く部屋。不自然で硬い笑顔。観ていて息苦しくなるほど人工的な底なしの幸福動画。その芝居がかった様子から、母が無理に演出していることは明らかだ。

『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

そこに一羽のカラスが部屋に飛び込んでくる。食器やシャンデリアを徹底的に破壊するカラス。母も父もマティアスもなす術もなく慌てるのみ。しかし、ティンヤだけはカラスを優しく捕らえる。ティンヤからカラスを渡された母は、その首をへし折り、生ゴミ行きを命じる。だが、その夜、ティンヤがカラスの鳴き声に導かれて様子を見に行くと、まだ生きているではないか。苦しむカラスを泣く泣く楽にしてあげた彼女は傍らにあった卵を持ち帰り、ベッドに隠す。

『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

ティンヤの日々はストレスだらけだ。体操の大会で優勝を強いる母親、ことなかれ主義の父にワガママ自己中の弟。ティンヤは毎晩、卵を愛でてそのストレスを癒やした。彼女が撫でるたびに卵は大きくなっていく。大会への重圧、過剰な弟の干渉、そして母の浮気を知ったとき、彼女のストレスは頂点に達する。そして極限まで巨大化した卵は孵化する。生まれたのは醜悪な生き物だった。だが“生き物”は次第に“ある形”へと変化していく——。

『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

ティンヤは、自分が母親の承認欲求の道具としてしか扱われていない事を理解しているのだが、それに答えることによって良い娘であろうとする。しかし、自ら生み出した“生き物”に母性を注ぐことで、母よりも“より良い母”になろうとする。この行動は母の負の側面を否定するきっかけとなり、母との関係は崩壊していく。

この歪な関係の崩壊によって、本作は秩序と混乱、親と子、自然と教養、エゴとイド(本能的な欲望・衝動)、外的現実と真実といった対立を色彩豊かに描いていく。

『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

異生物を介して不幸のサイクルに陥るボディホラー

母、娘、そして生き物の対決が、ひねくれたユーモアと必然性を持っているのも見事だ。生き物はティンヤの吐瀉物しか食べることができないのだが、元が鳥なのだから仕方がない。また、ティンヤが摂食障害に陥る年頃というのも皮肉なものだ。加えてティンヤのストレスを癒やすことで成長した生き物が、ティンヤの怒りのイドを抱えており、彼女のストレッサーを抹殺しようと画策するのも納得できる。

“生き物”によるイドの解放によって、ティンヤは追い詰められていく。『ハッチング -孵化-』は、抑圧された少女のダークファンタジーを感じさせるが、実はデヴィッド・クローネンバーグの『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(1979年)を彷彿とさせるボディホラーなのである。

母が娘の置かれた状態に気がついたとき、娘の大切さを知り、彼女は本当の母になる。しかし、生き物にとっての母はティンヤなのだ。つまり、生き物を切り捨てることは、ティンヤ自身が以前の母のように“良い母”ではなくなることを示す。果たしてティンヤは冒頭の母のように、家庭環境を破壊する生き物(カラス)の首をへし折ることができるのだろうか? この不幸のサイクルに終わりはあるのだろうか?

ティンヤを演じたシーリ・ソラリンナは、本作が初芝居。初めてとは思えないほどの微妙な表情の作り方や身振りは刮目に値する。彼女の芝居を観るだけでも価値がある作品だ。

『ハッチング -孵化-』©2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

余談になるが、2022年サンダンスミッドナイト部門には『Piggy』というスペインの風変わりなスリラーも出展されている。太ったイジメられっ娘が、イジメに加担した女子たちが誘拐されたことをひた隠しにした結果、大惨事となるお話。こちらも早く日本公開してほしい。

文:氏家譲寿(ナマニク)

『ハッチング -孵化-』は2022年4月15日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開

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『ハッチング -孵化-』

北欧フィンランド。12歳の少女ティンヤは、完璧で幸せな自身の家族の動画を世界へ発信することに夢中な母親を喜ばすために全てを我慢し自分を抑え、新体操の大会優勝を目指す日々を送っていた。

ある夜、ティンヤは森で奇妙な卵を見つける。家族に秘密にしながら、その卵を自分のベッドで温めるティンヤ。やがて卵は大きくなりはじめ、遂には孵化する。

卵から生まれた‘それ’は、幸福な家族の仮面を剥ぎ取っていく……。

監督:ハンナ・ベルイホルム

出演:シーリ・ソラリンナ ソフィア・ヘイッキラ
   ヤニ・ヴォラネン レイノ・ノルディン

制作年: 2022