まるで『ヘレディタリー』×『ファーザー』!? な最先端“家族”ホラー『レリック ―遺物―』が「生活の恐怖」を問う

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:稲垣貴俊
まるで『ヘレディタリー』×『ファーザー』!? な最先端“家族”ホラー『レリック ―遺物―』が「生活の恐怖」を問う
『レリック -遺物-』© 2019 Carver Films Pty Ltd and Screen Australia

最も身近な存在、“家族”の変貌

わたしはいったい、なにを怖がっているのだろう? よく知るはずの場所、よく知るはずの人が、なぜ怖いのか?

ホラーというジャンルには、身近な存在を恐怖の対象とする作品が少なくない。娘が悪魔に憑かれる『エクソシスト』(1973年)、雪の密室で父親が狂気の淵に落ちる『シャイニング』(1980年)をはじめ、近年では、家族そのものが恐ろしい『ヘレディタリー/継承』(2018年)や、もはや“私たち”自身が怖いという『アス』(2019年)も記憶に新しい。

『レリック ―遺物―』が恐怖の対象とするのは、家族を離れ、一人暮らしをしている母親だ。老女・エドナ(ロビン・ネヴィン)が失踪したとの知らせを受け、娘のケイ(エミリー・モーティマー)と孫のサム(ベラ・ヒースコート)が人里離れた森に建つ一軒家を訪れると、生活の痕跡はそのまま、しかしエドナの姿だけがなかった。ところが、エドナは二人の心配をよそにフラリと戻ってくる。しかし、その様子はどこか異様で、優しく語りかけたかと思いきや、いきなり暴力を振るうのだった。戸惑うケイとサムに、さらなる恐怖が襲いかかる。

『レリック -遺物-』© 2019 Carver Films Pty Ltd and Screen Australia

色温度の低い映像、静かで淡々としたリズムの中で描かれるのは、謎めいた失踪から帰ってきたエドナの普通ならざる様子だ。記憶のためのメモが家じゅうに貼られ、時には誰かが家に侵入したと主張。しかも、過去には我が家にやってきた隣人の存在を忘れたまま納屋に閉じ込めてしまったというのである。

特別に勘の良い人でなくとも、おそらく、こうしたエピソードだけで本作のテーマは察しがつくだろう。映画の序盤で明かされるように、エドナは認知症を患っている。これは、よく知るはずの家族が、自分には対処しえない存在へと変貌していくことをホラーとして描いた作品なのだ。

映画の前半はダーク&シリアスな家族劇で、同じく認知症をテーマとした『ファーザー』(2020年)に近い。祖母の今後をめぐり、娘と孫の間にギクシャクとした空気が流れる場面はいたたまれない気持ちで観ることになるだろう。しかし異なるのは、『ファーザー』がアンソニー・ホプキンス演じる父親の視点を重視したのに対し、『レリック ―遺物―』は女性3世代という複数の視点からなる物語であること。『ファーザー』は患者自身の体験をホラー/スリラー調で描いたが、本作は当事者“たち”の変化に焦点がある。恐怖だけではなく、どうしようもない悲しみと、意思の疎通が取れない苛立ちも見て取れる。

『レリック -遺物-』© 2019 Carver Films Pty Ltd and Screen Australia

しかしながら、『レリック ―遺物―』は、認知症を患った祖母と、対峙する家族の苦悩を、いわゆるホラーのフォーマットに収めた作品ではない。ミイラ化した死体のフラッシュバック、エドナの胸部に浮かぶ黒いアザは何を意味するのか。エドナは本当に認知症なのか、それとも本物の怪異に取り憑かれているのか。物語が予想を超えた方向に進むころ、少しずつ作品の核が見えてくる。キーワードはタイトルにもなっている「遺物」だ。

なぜ怖がるのか、なにを怖がるのか

数あるホラー映画の中で、この作品のテイストは『ヘレディタリー/継承』に近いだろう。何も起こらないうちから、どこか“いやな空気”が全編を覆い、事件が起こった後もショッキングな演出でむやみに観客を驚かせる演出はほぼ皆無。日系オーストラリア人の監督・脚本家ナタリー・エリカ・ジェームズは、ゴシックホラーやアジアのホラー映画に大きな影響を受けたという。

そもそも本作は、アルツハイマーを患った祖母に会うため、監督が日本を訪れた際の出来事に着想を得たもの。その時、すでに祖母は監督のことを記憶しておらず、「かつて自分を愛情あふれる目で見つめた人が、自分を他人のように見ている」という感覚を初めて味わった。これが、エドナという女性がみるみるうちに変貌していく恐怖の根源だったのだ。

『レリック -遺物-』© 2019 Carver Films Pty Ltd and Screen Australia

“なんでもない家が怖い”という恐怖もまた、日本の地にルーツがある。ジェームズ監督は、祖母の住む「静かで不気味な日本家屋」が幼少期から怖かったというのだ。一方で『リング』(1998年)や『呪怨』(2002年)、黒沢清監督の大ファンを自認する監督は、「アジアのホラーは外部から恐怖が侵入するより、あらかじめ家の中に恐怖が存在することのほうが多い」とも分析している。

娘のケイと孫のサムは、エドナの日常を恐れ、彼女の生活におびえるようになっていく。だから家の中に漂うごく普通の生活感や、家具や洋服の隙間がいちいち恐ろしい。ホラー映画が家族や近親者を恐怖の対象としてきたことは冒頭に触れた通りだが、『レリック―遺物―』はいよいよ彼らの生活を恐怖の対象とした。

したがって本作の恐怖演出は、ケイやサムと同じく、観客に対しても、見えるものすべてに神経を尖らせるよう要求する。そんな中でふと頭をよぎるのは、「わたしはいったい、なにを怖がっているのだろうか?」という疑問だ。仮に祖母が変化するとして、そのことをなぜ怖いと思うのか。なぜ、彼女が脱ぎっぱなしにした服さえも不穏なものに見えてしまうのか。そこに恐怖や不安を見る、わたしとは何者なのか。この問いに挑むのは、ほかでもないケイとサムである。

『レリック―遺物―』は、ごく身近に存在する恐怖をめぐって、女性3世代の姿から大きな主題に迫っていく。そこには、人は何に恐怖するのか、なぜ恐怖するのか、どうすればその恐怖を克服できるかという問題も横たわった。ほぼエドナの自宅のみを舞台に、主に3人だけで展開するミニマムな設定と物語ながら、きわめて多層的で、豊かな味わいをもつ意欲作だ。

文:稲垣貴俊

『レリック ―遺物―』は2021年8月13日(金)よりシネマート新宿ほか全国公開

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『レリック ―遺物―』

森に囲まれた家でひとり暮らしをする老女エドナが突然姿を消した。娘のケイと孫のサムが急いで向かうと、誰もいない家には、彼女が認知症に苦しんでいた痕跡がたくさん見受けられた。そして2人の心配が頂点に達した頃、突然エドナが帰宅する。だが、その様子はどこかおかしく、まるで知らない別の何かに変貌してしまったかのようだった。サムは母とともに、愛する祖母の本当の姿を取り戻そうと動き出すが、変わり果てたエドナと彼女の家に隠された暗い秘密が、2人を恐怖の渦へと飲み込んでゆく……。

制作年: 2020
監督:
出演:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • まるで『ヘレディタリー』×『ファーザー』!? な最先端“家族”ホラー『レリック ―遺物―』が「生活の恐怖」を問う