精神侵入で大胆暗殺! 哲学的バイオレンスSF『ポゼッサー』 ブランドン・クローネンバーグは偉大な父を超えたか!?

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精神侵入で大胆暗殺! 哲学的バイオレンスSF『ポゼッサー』 ブランドン・クローネンバーグは偉大な父を超えたか!?
『ポゼッサー』©2019 RHOMBUS POSSESSOR INC, ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.

暴力に満ちた独創的なSFホラー

パノス・コスマトス監督の『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2017年)に出演して以降、アンドレア・ライズボローの“人を不安にさせる表情”はホラー映画の定番となった。一昔前であれば“スクリームクイーン”と呼ばれていただろう。しかし、いかなる時もスマートなアンドレアの存在感は、スクリームクイーンなどという陳腐な呼び名は許さない。彼女の顔は恐怖と不安と血をまといながら、近未来的な悪夢の中、赤く浮かび上がり我々を魅了する。

『ポゼッサー』©2019 RHOMBUS POSSESSOR INC, ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.

42歳になるブランドン・クローネンバーグの新作『ポゼッサー』は、父デヴィッドが彼と同じ歳で撮った初期傑作『ヴィデオドローム』(1982年)のような、幻想的で混沌とした恐怖の影響を受けている。監視社会、資本主義、パラノイア、権力、性的乖離に対する不気味な風刺であり、それはフランシス・フォード・コッポラ監督の『カンバセーション…盗聴…』(1973年)を彷彿させるほど。さらに本作は、形而上学的にみても強烈な暴力SFホラーだ。しかし、この血生臭さは、想像を絶するラストを迎える独創的な物語の文脈上、欠かせないものでもある。

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他人の精神に侵入するハイテク暗殺稼業

アンドレア・ライズボロー演じるタシャは、ガーダー(ジェニファー・ジェイソン・リー)が経営するビジネス業界人を対象にした殺人請負企業のトップキラーだ。この企業は風変わりな仕事のやり方をする。標的に近い人間の脳内に潜入し、人格を乗っ取って、可能な限り自然な動機で殺人を行うのだ。つまりタシャは、あらゆる人間の脳内に潜入し、別人に成り替わることで数々の仕事をこなしてきたのである。

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この仕事は彼女の精神に多大な負荷をかけていた。夫と幼い息子とは別居状態にあり、たまに会いに行く時も「今まで自分がどう彼らと接してきたか?」を練習してからでないと会うことができない。“殺り方”も指示された方法を無視し、残虐な殺し方を選ぶようになっていた。様々な人間になりすましてきた彼女は“自分が何者であるのか?”を見失いかけているのだ。

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そんな折、タシャは元コカインの売人コリンの体に侵入し、彼の裕福な婚約者と、データマイニング企業を経営する彼女の父親ジョンの殺害を依頼される。依頼通りコリンになりすますタシャ。だが、コリンが置かれた状況は過酷だった。

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娘に相応しくないとコリンを疎んだジョンは、ある仕事を彼に強いる。監視カメラから人々の生活を盗み見てインテリアやライフスタイルを収集し、消費者の欲求を見極めることを目的とした仕事だ。この仕事は目的こそ違うが「他人の目になりかわる」という点でタシャの仕事と似ている。コリンは自分が疎まれていること、さらに場違いな環境に孤独感を抱いている。これもタシャと似た境遇だ。

『ポゼッサー』©2019 RHOMBUS POSSESSOR INC, ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.

この似通った境遇をきっかけに、タシャが日頃感じていた疎外感や家庭崩壊の恐怖と、コリンの精神が混ざり合ってしまう。そしてタシャの精神はコリンと同調し、彼女はコリンの脳内から脱出できなくなるのだった。

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父デヴィッド・クローネンバーグ監督を超えたか?

人々の頭に入り込むことは、マーケティング企業にとっては夢のような技術だ。かつて広告といえば、キャッチーなビジュアルで我々の目を惹きつけたり、サブリミナル的に物語やドラマに特定の製品を使ったりすることだった。しかし、今やマーケティングとは小説や映画のように我々の意識の中に場所を確保して、注意を向けさせ、“消費”を強要することなのだ。

『ポゼッサー』©2019 RHOMBUS POSSESSOR INC, ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.

これはタシャの仕事でもあるが、ガーダーの仕事でもある。翻してジョンの仕事でもあり、コリンの仕事でもある。ガーダーとジョンは会社の経営者であり、タシャやコリンに“やらない(殺らない)”という選択肢を与えながらも、自分の望むように振る舞うよう仕組んでいる。『ポゼッサー』は、選択肢という錯覚を与えながらも大企業の思うがままに我々を行動させ、利益を得ているという、薄気味悪いおとぎ話として受け取ることができるのだ。

さらに映画は、最後、大企業に従うことは大切な何かを失うに等しいということを示す。それはもはやパンドラの箱に等しい。ラストカットで見せるタシャの沈黙には、震えが走る。

『ポゼッサー』©2019 RHOMBUS POSSESSOR INC, ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.

ブランドンは父デヴィッドが『ヴィデオドローム』でなし得た奇妙で創造的な世界の掌握を、長編二作目となる『ポゼッサー』でやってのけた。しかもその落ち着いた語り口は、『ヴィデオドローム』よりも控えめかつ滑らかだ。永遠に続く闇のような、タシャが陥る変態的な精神倒錯。それは観客の精神バランスを確実に崩しにかかる。この映画を見た後、“人格”がいかに信用ならないかを思い知ることになるだろう。

『ポゼッサー』©2019 RHOMBUS POSSESSOR INC, ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.

文:氏家譲寿(ナマニク)

『ポゼッサー』は2022年3月4日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

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『ポゼッサー』

殺人を請け負う企業に勤務するベテラン暗殺者のタシャは上司の指令のもと、特殊なデバイスを使って標的に近しい人間の意識に入り込む。そして徐々に人格を乗っ取りターゲットを仕留めたあとは、ホストを自殺に追い込んで“離脱”する。この遠隔殺人システムはすべては速やかに完遂されていたが、あるミッションを機にタシャのなかの何かが狂い始める……。

監督・脚本:ブランドン・クローネンバーグ

出演:アンドレア・ライズボロー クリストファー・アボット
   ロッシフ・サザーランド タペンス・ミドルトン
   ショーン・ビーン ジェニファー・ジェイソン・リー

制作年: 2020

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