ユ・アイン熱演『声もなく』 闇仕事を請け負う青年と誘拐された少女、その“ねじれた関係”の結末は

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ライター:橋本宗洋
ユ・アイン熱演『声もなく』 闇仕事を請け負う青年と誘拐された少女、その“ねじれた関係”の結末は
『声もなく』© 2020 ACEMAKER MOVIEWORKS & LEWIS PICTURES & BROEDMACHINE & BROCCOLI PICTURES. All Rights Reserved.

クライム劇か、ブラックコメディか

形としては犯罪映画だ。社会の底辺にしか居場所がない男と、誘拐された少女。しかし、新人監督ホン・ウィジョンが脚本も手掛けた『声もなく』は独特の“ねじれ”によって、見る者の心を揺さぶる。

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『ベテラン』(2015年)や『バーニング 劇場版』(2018年)で知られる人気俳優ユ・アイン演じるテインは、育ての親であるチャンボク(『梨泰院クラス』[2020年]『ヴィンチェンツォ』[2021年]でおなじみユ・ジェミョンが素晴らしい)とともに卵の移動販売をしながら、裏では犯罪の“下請け”で生計を立てていた。

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拷問の準備をし、用済みとなった死体を埋める。あくまで淡々と、肉体労働として死体を埋めていく2人の姿は残酷でありユーモラスだ。この映画は最後まで、そのエモーションを一方向に偏らせることがない。感情移入していいのか悪いのか、どうなったら見ていて安心できるのかさえ分からない。

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テインは声を発することができない。ただ耳は聞こえるようだ。幼い妹ムンジュもいる。親の不在も含め、過去に何か重大な出来事があったのだろうと容易に想像できる。しかしそれが何なのかは説明されない。

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奇妙な誘拐生活、軋みを孕んだ擬似家族

ある日、テインとチャンボクは11歳の少女を預かってほしいと依頼される。誘拐されてきた少女の名はチョヒ。父親は息子ばかりを可愛がり、娘の身代金を出し渋っているらしい。そのことをチョヒ自身も知ってしまう。

あばら屋、としか言いようがないテインの家で、彼とムンジュとチョヒの生活が始まる。チョヒは持ち前の利発さを発揮して、闇の底での“誘拐生活”になじんでいく。

いわゆるストックホルム症候群かというと、少し違うようだ。チョヒはずっと逃げたいと思っている。と同時にテインの生活、置かれた環境がどんなものかを敏感に察する。

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しかもチョヒは、父親から身代金を払ってもらえない子供だ。無事に助かったところで、その後の人生はどうなるのか。一通り家事ができるチョヒはテインと妹の荒んだ暮らしを立て直しさえする。しかしなぜ、11歳の少女が一通りの家事ができるのか。食卓を囲めば、まず口をつけるのはテインからと主張するチョヒ。心温まる“擬似家族”の描写の中に、根強く残る家父長制が垣間見える。

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闇の世界で生きていかざるを得ない男と、そんな男から逃げたいのに頼りにするしかない少女。2人の関係はどうなるのか。事件はどんな結末を迎えるのか。微妙に心を通わせ合う瞬間があるにせよ、テインが犯罪者であることに変わりはない。

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キタノ映画を彷彿する情景、ユ・アインの熱演

偶然が偶然を呼び、予想がつかない物語はねじれ、転がり、観客の心もグイグイと引っ張って宙吊りにする。

不穏だが呑気でもある田園風景、大きな空が広がる夏の空気は『ソナチネ』(1984年)を思わせる(これは水道橋博士も指摘していた)。そこから、自転車というモチーフに『Kids Return キッズ・リターン』(1996年)を連想することもできるだろう。

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ボウズ頭に半ズボンで熱演するユ・アインは、戸惑いの表情がとりわけ記憶に残る。あばら屋を一歩出れば、そこにはどうにもならない運命が待っている。テインはそれに翻弄されるしかない。

『声もなく』は犯罪映画として始まって、これまで見たことがないタイプの映画として終わる。見終わった時の感触もまた、他の映画に似ていない。善意も悪意も渾然一体となった作品世界に、我々も翻弄されるしかないのだ。

『声もなく』© 2020 ACEMAKER MOVIEWORKS & LEWIS PICTURES & BROEDMACHINE & BROCCOLI PICTURES. All Rights Reserved.

文:橋本宗洋

『声もなく』は2022年1月21日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開

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『声もなく』

貧しさゆえ、犯罪組織からの下請け仕事である死体処理で生計を立てる口のきけない青年テインと片足を引きずる相棒のチャンボクは、身代金目的で誘拐された11歳の少女チョヒを、1日だけ預かることになる。トラブルが重なり、テインとチョヒの疑似家族のような奇妙な生活が始まるが、チョヒの親から身代金が支払われる気配はなく…出会うはずのなかった者たちの巡り合わせが、韓国社会で生きる声なき人間たちの孤独を浮き彫りにする。

制作年: 2020
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