マット・デイモンが妄信的な労働者に変身!『スティルウォーター』が殺人事件を通して描く現代アメリカ

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ライター:齋藤敦子
マット・デイモンが妄信的な労働者に変身!『スティルウォーター』が殺人事件を通して描く現代アメリカ
『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

異国の地で足掻くアメリカ人親子

『スティルウォーター』は、カトリック教会の腐敗を暴く新聞記者たちを描いた『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)で、第88回アカデミー賞作品賞と脚本賞を受賞したトム・マッカーシーの新作で、娘の無実を証明しようと奮闘する父親の姿を通して今のアメリカ社会を描いたサスペンス・スリラーだ。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

主人公のビル(マット・デイモン)は、オクラホマ州スティルウォーターに住む元石油採掘技師。油田で働いていた頃は、酒に溺れ、家庭をないがしろにしたため、妻は自殺、家族はバラバラ。今はアルコール中毒からは立ち直ったものの、不況で石油会社を首になり、建設現場やハリケーン被害の後片付けなどでその日暮らしをしている。

そんな彼の一人娘アリソン(アビゲイル・ブレスリン)は、留学先のフランスで殺人事件に巻き込まれ、有罪判決を受けてマルセイユの刑務所に収監中。はるばるマルセイユまで娘の面会に通っているビルは、娘から真犯人と思われる男の存在を知らされ、フランス語もしゃべれず不慣れな異国の地で、男を捜し始めるのだが……。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

真犯人探しと緊迫する親子関係が絡み合う二重のサスペンス

映画は、情報を少しずつ小出しにしながら、ストーリーを進めていく。ハリケーン被害の現場で働く実直そうな男ビルを、なぜ娘アリソンは毛嫌いしているのか。ビルの過去に何があったのか。アリソンが巻き込まれた殺人事件とは何か。ストーリーが進むにつれ、ビルとアリソン親子の関係に潜む緊張感が次第に露わになると、真犯人捜しの緊張感と絡まり合って、二重のサスペンスを生み出していく。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

英語“suspense”の意味は、宙ぶらりんの状態、緊張感の持続だが、まさにそんな感じ。映画を見ている間、まったく先が見えない、宙ぶらりんの状態に追い込まれる。いったい、この映画はどこへ向かうのだろう? と。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

この映画の殺人事件のヒントになったのは、2007年にイタリアのペルージャで起きたアマンダ・ノックス事件である。事件当時20歳だったアメリカ人留学生アマンダ・ノックスが、ルームメイトの当時21歳のイギリス人交換留学生メレディス・カーチャーの殺人犯として逮捕された事件で、2009年に懲役29年の実刑判決を受けて4年間服役したものの、紆余曲折を経て2015年に最高裁で無罪が確定した。この事件は欧州のマスコミで大きく取り上げられ、これまでマイケル・ウィンターボトムが『天使が消えた街』(2014年)の題材にしたり、Netflixでドキュメンタリー『アマンダ・ノックス』が制作されたりしている。

ただし、『スティルウォーター』は賢明にも殺人事件そのものには深入りしない。では、この映画のテーマは何か。

ここから先はネタバレを含むので、映画をご覧になってからお読みください。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

主人公が象徴する現代アメリカ、その選択がもたらす結末

マッカーシー監督が描こうとしたのは、トランプを大統領にした今のアメリカ社会ではないかと私は思う。それを体現したのがマット・デイモン演じるビルという男だ。

ビルはトランプ支持層と言われる、いわゆるラフネック(石油採掘に従事する保守的な白人労働者層)である。石油会社をクビになり、アル中から足を洗った後の彼は、貧しいながらも敬虔なクリスチャンとして一心に神を信じ、娘を信じている。弁護士が取り合わなくても、娘から聞いた真犯人をつきとめ、どんな手を使ってでもDNA鑑定を受けさせ、娘の冤罪を晴らそうとする。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

ビルにとっての真実は娘の無実であって、有罪という選択肢はない。その頑固すぎる信念は、メディアの理性的な判断より、信じたいものだけを信じるトランプ支持者とそっくりだ。そして、異国であっても自分の信念をどこまでも押し通そうとし、結局、その盲目的な行動のせいで、フランス人親子との交流で味わった初めての幸せを失ってしまう。そんなビルの生き方を、マッカーシーは間違っているとも愚かだとも、まして哀れだとも結論づけていない。そこがこの映画の最大の美点なのだが、好悪の別れるところでもある。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

マッカーシーの前作『スポットライト』に、編集長のこんな風な台詞がある。

「私たちは毎日、闇の中を手探りで歩いている。そこに一条の光が差すと初めて間違った道だと分かる」

この場合の“私たち”とは新聞記者のことだが、すべての人に当てはまる。つまり『スティルウォーター』とは、“闇の中を手探りで歩いてきた男に一条の光が差し、間違った道だと分かる話”であり、そのことを今のアメリカ社会に向けて語りかける映画ではないか、と私は思う。

『スティルウォーター』© 2021 Focus Features, LLC.

文:齋藤敦子

『スティルウォーター』は2022年1月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開

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『スティルウォーター』

妻亡きあと男手ひとつで育てた娘が留学先のマルセイユで殺人事件に巻き込まれ、無罪を訴えるも刑務所にいれられてしまう。父はなれない土地で無実の証拠を探し続け、あるフランス人シングルマザーの助けを得て真実へと一歩近づいていくのだが…。

制作年: 2021
監督:
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