まるで思春期のような音楽業界ロマコメ『ブラウン・シュガー』
『ブラウン・シュガー』(2002年)は、共にヒップホップを聴いて育った幼馴染ドレイとシドニーのラブストーリー。ドレイは成長してヒップホップレーベル<ミレニアム>の幹部となり、シドニーはヒップホップ評論家で雑誌編集長になっている。
お互いのことは誰よりも詳しく知っている2人だからこそ、「友情」が「恋愛」を邪魔して、2人の恋路は実にもどかしい。思いを伝えるべきところで意地をはり、相手に踏み込んでいけないタイミングで相手に踏み込む。いい年をして自分の感情をうまくコントロールできない2人は、まるで思春期にでも戻ってしまったかのようだ。
本作のミソは、2人の恋とヒップホップが重ね合わされていること。それはシドニーのヒップホップに関する著書のタイトルが「I Used to Love Him.」というところからも明確だ。この本のタイトルは作中でも言及されている通り、コモンがヒップホップへの思いとその変質をラブソングに擬えて歌った「I Used to Love H.E.R.」を踏まえたもの。書名のほうは逆にHimがヒップホップであり、同時にドレイを暗示するという仕掛けになっている。
この「かつて好きだった(I Used to Love)」という言葉の裏返しとして出てくるのが「ヒップホップと恋に落ちたのはいつ?」という問いかけ。この言葉は、失われてしまった気持ちを取り戻すための魔法の言葉なのだ。だからこの台詞からこの映画のクライマックスである告白シーンが始まるのである。
ラップと俳句は似ている?『サイダーのように言葉が湧き上がる』
ヒップホップの四大要素はMC(ラップ)、DJ、ブレイクダンス、グラフィティだという。『サイダーのように言葉が湧き上がる』(2021年7月22日より全国公開中)は、地方を舞台にした俳句少年チェリーと配信少女スマイルのボーイ・ミーツ・ガールだが、本作は案外ヒップホップ要素の色濃い映画に仕上がっている。ポップなビジュアルからはなかなか想像がつかないかもしれないけれど。
『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、もともと「音楽もののオリジナル企画」としてスタートした。その中で『他流試合――俳句入門真剣勝負! 』(いとうせいこう・金子兜太、講談社+α文庫)をヒントに、ラップと俳句が似ているという発想が生まれたという(おそらく連歌の形式とサイファーというスタイルが似ている、と考えたのではないだろうか)。さらに、そこに俳句をタギングするというアイデアが加わって、作中のヒップホップ濃度が増すことになった(タギングは名前やメッセージを記した落書きで、絵の要素がある落書きのグラフィティと区別される)。
ボーイ・ミーツ・ガールだから、当然こちらもクライマックスは告白シーンになる。この山場は、タギングの要素とラップの要素を巧みに組み合わせて盛り上がりを演出している。
「うた」は、「うったえる」が変化してできた言葉だという俗説がある。だからラップとラブストーリーを組み合わせた映画を見ると、一番素朴な「うったえたいこと」である「愛の告白」が、そのまま「うた=ラップ」になるのはとても素直なことのように思える。
文:藤津亮太
『サイダーのように言葉が湧き上がる』は2021年7月22日(木・祝)より全国公開中
『サイダーのように言葉が湧き上がる』
17回目の夏、地方都市——。コミュニケーションが苦手で、人から話しかけられないよう、いつもヘッドホンを着用している少年・チェリー。彼は口に出せない気持ちを趣味の俳句に乗せていた。
矯正中の大きな前歯を隠すため、いつもマスクをしている少女・スマイル。人気動画主の彼女は、“カワイイ”を見つけては動画を配信していた。
俳句以外では思ったことをなかなか口に出せないチェリーと、見た目のコンプレックスをどうしても克服できないスマイルが、ショッピングモールで出会い、やがてSNSを通じて少しずつ言葉を交わしていく。 ある日ふたりは、バイト先で出会った老人・フジヤマが失くしてしまった想い出のレコードを探しまわる理由にふれる。ふたりはそれを自分たちで見つけようと決意。フジヤマの願いを叶えるため一緒にレコードを探すうちに、チェリーとスマイルの距離は急速に縮まっていく。 だが、ある出来事をきっかけに、ふたりの想いはすれ違って——。
制作年: | 2020 |
---|---|
監督: | |
声の出演: |
2021年7月22日(木・祝)より全国公開中