『誰も知らない』:育児放棄という現実、他人と関わろうとしない社会の無関心
『怪物』の是枝裕和監督は、これまでにも数々の社会派ドラマの傑作を世に問うてきた。『そして父になる』(2013年)では病院での赤ん坊の取り違えというテーマを、『万引き家族』(2018年)では社会の底辺で万引きしながら互いに支えあう疑似家族を描くことで、それがセーフティネットから弾き出された社会的弱者同士の絆の形であることを示した。
そんな中で、『誰も知らない』(2004年)は、母親の育児放棄によって子供たちだけ取り残された過酷な状況の中で、子供たちが必死にサバイブしようとする様子に寄り添って物語を紡いでいく。
それぞれに父親の違う子供4人を産んだ母親(YOU)は、新しいアパートに母子二人の家庭と噓をついて入居。長男の明(柳楽優弥)に弟妹たちの面倒を見させてパートで働くが、やがて新しい恋人を作って同棲し始め、アパートに帰ってこなくなる。子供たちは学校に行かせてもらったこともなく、時たま母親から送られてくる生活費だけが頼りだったが、やがてそれも滞るようになる。
長男として弟妹たちを守ろうとする明は弟妹の父親を訪ねてお金を無心するものの、やがて取り返しがつかない悲劇に見舞われる。……というストーリーで、是枝監督の評価を決定的にしたのみならず、当時14歳の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で史上最年少の主演男優賞を獲ったことも話題になった。
だが、世界中の映画ファンに支持された最大の理由は、やはり本作が描こうとした現代社会の負の側面への共感だったはず。つまり他人に無関心で、困っている人だと直感しても関わりあうのが嫌で見て見ぬふりをするような、都会に暮らす人間のリアリティだ。もちろん本作の中には、明に児童相談所へ行くことを勧めたり、賞味期限切れの弁当をくれるコンビニ店員などは出てくるが、そういった小さな親切だけでは、やがて起こる大きな悲劇は防ぎようもない。
育児放棄の母親を糾弾したり社会のセーフティネットを完備さえすればいいのではなく、一人一人がコミュニティの一員としての自覚をもって、他人との関わりを避けずに生きることの大切さを、見終わってひしひしと感じるのだ。
『葛城事件』:DV夫、精神を病む妻、リストラの末の自殺、無差別大量殺人
『葛城事件』(2016年)もまた、壮絶極まりない物語。描かれるのは、亭主関白で自分の考えを絶対的なものとして家族に君臨する父親、そんな夫に口答えできない気弱な母親、父の期待に応えようとする優等生の長男、父に反発し敢えて目的も持たず無為に生きる次男、というどこにでもいそうな四人家族。……そんな、誰にでもある程度思い当たるような家族関係が、社会をも巻き込んで一気に崩壊していく物語を脚本・監督として作り上げたのは、劇団<THE SHAMPOO HAT>を率いる赤堀雅秋だ。
赤堀雅秋監督作、三浦友和主演『葛城事件』2016年公開決定!南果歩、新井浩文、若葉竜也。壮絶な、でも、私たちの隣に存在するかもしれない、ある家族の物語。 pic.twitter.com/Kf1mpOUz6C
— ハピネットファントム・スタジオ (@Happinetphantom) October 11, 2015
山口百恵との一連の競演作で爽やかな青年役を演じてきた三浦友和が、過去のイメージをかなぐり捨てて演じる暴君の父親像が圧巻。だが、次第に精神を病んでいく母親役の南果歩、会社をリストラされたのに妻にそのことを打ち明けられずに公園で時間をつぶす日々を送り、自殺してしまう長男・保役の新井浩文、自分の居場所を見つけられずに最終的に無差別連続殺傷事件を起こす次男・稔役の若葉竜也と、どの登場人物も身の回りに現実にいそうなキャラクターだ。
ここで描かれる“闇”とは、結果として社会の耳目を集める無差別連続殺傷事件よりも、その事件を起こす青年のメンタルを育んだ家庭環境であり、自分は何一つ悪くないと思って生きている人々の心の闇が周囲にまで毒をまき散らし、知らぬうちに他人を傷つけているのではないか、という見立てだろう。
その意味で、崩壊していく4人家族の面々だけでなく、人権活動家として稔と獄中結婚することで彼を救おうとする死刑廃止論者(田中麗奈)もまた、自分勝手な正義感を振りかざして自己満足を得ているだけの迷惑者以外の何物でもなく、そのために自身の両親との関係を断ち切っている点で、周囲の人間たちを平気で傷つける病んだ存在として描かれている。