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“悪い種子”という決めつけが子供を傷つける カンヌ受賞『怪物』『誰も知らない』ほか日本映画から「社会派ドラマ」の真髄を探る

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ライター:#谷川建司
“悪い種子”という決めつけが子供を傷つける カンヌ受賞『怪物』『誰も知らない』ほか日本映画から「社会派ドラマ」の真髄を探る
©2023「怪物」製作委員会
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『怪物』:モンスターペアレンツ、モラハラ体罰教師、いじめ、そして悪い種子

『怪物』は、小学五年生の二人の少年とその周囲の大人の物語。同じ物語が、初めは少年の母親の視点で、次に担任教師の視点、最後には少年たち自身の視点で描かれる。つまり、黒澤明監督の『羅生門』(1950年)スタイルなのだが、驚かされるのは、視点を変えるとこんなにも世の中が違って見えるのか、という圧倒的なリアル感だ。

母親(安藤サクラ)目線だと、息子の様子がおかしいのはいじめに遭っているからではと心配し、「“脳が豚のものと入れ替えられた”と担任から言われた」という息子の言葉を信じて教師に詰め寄る。その様子は傍から見るとモンスターペアレンツだが、観客は母親の視点で物語を見ているので、むしろ息子を守ろうと必死な母親に共感する。

©2023「怪物」製作委員会

担任(永山瑛太)は反省の態度どころか、悪いのはいじめをしている息子さんの方だと主張し、校長(田中裕子)以下の他の教員たちは杓子定規に心の籠っていない謝罪に終始し、その様子は母親からは“怪物”のように見える。

一方、担任の視点で物事を見てみると、事実はまったく違う。子供たちの嘘によってモラハラ体罰教師のレッテルを貼られた彼は、メディアの批判に晒され、また父兄たちの心無い噂話によって、その人格までも否定されていく。観客は、今度は熱血先生が周囲の悪意によってすべてを失ってしまう様を追体験させられるのだ。

©2023「怪物」製作委員会

最後の、子供たちの視点がこの作品のキモなのだが、ネタバレになってしまうので実際に作品を観て頂きたい。ただし、大人たちはみな、自分は正しいと思い込むことによって自分自身の中にある“モンスター性”に気が付かないということ、大人とは全く異なる世界の住人である子供たちは、大人が言うことを聞かない子供を“悪い種子”と決めつけることで心に傷を作る、ということが鍵となってくる。

坂元裕二の脚本は「こういう人、いるよなあ」と思わせるリアルな人物造形で、演じている粒揃いの役者陣の演技力も相俟って圧巻だ。そして、見終わった時に、もしかしたら自分も異なる立場の人から“怪物”に見えるような行動をとっている瞬間があるかもしれないと、ふっと考えさせる。

©2023「怪物」製作委員会

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