【心の闇とヘイトクライム】負のスパイラルを体験『ソフト/クワイエット』
2023年5月から公開中の新作『ソフト/クワイエット』もまた、“ワンショット映画”であるというメリットを最大限に生かしたストーリー構成で見る者を圧倒する。掛け値なしで、本年度一番の問題作といってよいだろう。
ブラムハウスというホラー/スリラー分野のトップ・ブランドによる製作ということで、ジャンルとしては一応スリラー映画という括りに入るのだが、ブラック・ライブズ・マターの盛り上がりと共に主にアメリカ西海岸の都市で顕在化してきたアジア系人種へのヘイトクライムという、タイムリーかつ極めて社会的なテーマを真正面から描いている。
ストーリーは、平凡な田舎町の郊外にある幼稚園に勤める教師エミリー(ステファニー・エステス)が、自分の知り合いや、そのまた知り合いなど5人の白人女性たちを森のはずれの教会談話室に集めて、白人至上主義の“アーリア人団結を目指す娘たち”という団体を結成するところから始まる。彼女らは、いずれも多文化主義や多様性が重視される昨今の風潮に反感を抱き、有色人種や移民たちが自分らの仕事を奪い、彼らへの優遇措置が自分たちを不当に低い境遇へと追いやっていると思い、不満を募らせている。
日頃の不満や悩みを互いにぶつけ合ってストレス発散するだけならよかったのだが、その後、彼女らはあるリカーショップで二人のアジア系女性に出くわして一触即発の口論に発展。さらに腹の虫が治まらないことから、自分たちよりも豊かな暮らしをしているそのアジア人女性の家に忍び込んで家を荒らしてしまおうと計画する。……そこへ二人が帰ってきたことで、事態は取り返しのつかないおぞましき犯罪へと一気に発展してしまう!
ワンショット映画の特性を最大限に生かした怪作
それぞれに不満を抱えて暮らす、誰にでも思い当たるような日常の一日が、悪夢のような惨劇に変わっていってしまうまでの緊迫感が、文字通りワンショットで綴られていく。見ている人は、まるで自分も彼女たちと一緒に否応なく暴力的な非日常へと放り込まれるような恐ろしい体験を迫られる92分間だ。
これが初監督作になるベス・デ・アラウージョは、自身もアジア系のアメリカ人として、現代人の心の闇の部分を見事にあぶりだし、逃げ出したくとも逃げられない没入感で観客にトラウマを与えてしまう。これぞ“ワンショット映画”の特性を最大限に生かした怪作だ!
文:谷川建司
『1917 命をかけた伝令』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2023年6月放送
『ソフト/クワイエット』はヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
『ロープ』はPrime Videoほか配信中