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凶悪テロ犯 vs 飛行機恐怖症&小市民デカ!パニック映画ファンを満足させる「熱い人情と度量の狭い恨み」が渦巻く 『非常宣言』レビュー【後編】

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ライター:#ギンティ小林
凶悪テロ犯 vs 飛行機恐怖症&小市民デカ!パニック映画ファンを満足させる「熱い人情と度量の狭い恨み」が渦巻く 『非常宣言』レビュー【後編】
『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

旅客機が離陸する。機内はバカンス目的の乗客たちの浮かれ気分に包み込まれている。同時にテロ犯のリュ・ジンソク(イム・シワン)が動き出した。彼は、あるエグい方法で機内に持ち込んだ殺人ウイルスを人知れず、ある場所に散布する。その直後から機内には咳き込みだす者が出だした……。

ここからは映画を観てのお楽しみということで多くは説明しませんが、この前半部分の事態がどんどん悪化してく様子を小気味良いテンポで描く手腕は素晴らしいです。

『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

凶悪テロ犯 VS 飛行機恐怖症&小市民デカ

実にタイムリーな恐怖を描いた『非常宣言』だが、実は企画されたのは10年前。本作の製作がスタートしたのもパンデミックの直前。そのため劇中、登場人物はマスクを常備していない。そんなわけで機内では咳き込む者が続出していく……。

そして、とうとう最初の死者が出る。感染した者は、まずは咳をしはじめる。全身に水疱ができ、口から内臓が出ちゃうのでは……と思わせる激しい咳と共におびただしい量の血を吐き散らすだけでなく、身体中の血管が破裂し、のたうち回った末に絶命していく。突如、北斗神拳の犠牲者が現れたような異常事態に機内は騒然となる。皆が動揺を隠しきれないなか、犯人のジンソク(イム・シワン)だけは、「そっか。こんな感じで死ぬのね」と言いたげな顔つきでクールな態度をキープ・オン。あまりに場違いな態度なので、あっという間に「お前の仕業か!?」とバレました。

『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

が、ここからシワンの演技はさらにスパーク! 彼は乗客たちに取り押さえられ、副操縦士のヒョンス(キム・ナムギル)に尋問される。それでも、シワンは森泉のモノマネをした時の都留拓也ぐらい見開いた目をバキバキにさせ、一点の曇りもないテンションでまったく同意できない主張をシャウトし続ける……という「博愛主義」や「SDGs」というワードとは対極のポジションに存在する、とにかく厄介なキャラクターなんです。

「『犯罪都市 THE ROUNDUP』にソン・ソックがいるなら、『非常宣言』にはイム・シワンがいる」

そんなシワンの熱演ぶりに、『弁護人』(2013年)でも彼と共演したソン・ガンホは猛烈に感動。彼はシワンの演技の素晴らしさを語る際、2022年に公開された『犯罪都市 THE ROUNDUP』で、それまでのソフトなイメージから脱却して凶悪犯罪者を演じきったソン・ソックを引き合いに出し、「『犯罪都市 THE ROUNDUP』にソン・ソックがいるなら、『非常宣言』にはイム・シワンがいる! 彼は尋常でない演技力を披露した!」と大絶賛している。

かくして乗客ジェヒョク(イ・ビョンホン)やイノ刑事(ソン・ガンホ)たちは、本来ならバットマンが戦うような、頭脳明晰かつイカれた極悪人が仕掛けたバイオテロと対峙することになる。そうと決まれば、これまで数々の映画で頼りがいのあるキャラクターを演じてきた2人が、本作でも頼もしさの塊のようなキャラを演じて、クイックに解決してくれるでしょう!

と思いきや、本作で彼らが演じるのは超庶民的キャラ……。ビョンホン演じるジェヒョクは、ある理由から飛行機恐怖症になり、機内で気を紛らわすために酒をガブ呑みしているシングルファーザー。ガンホ演じるイノ刑事も、真面目ではあるが、いまいち頼りない小市民デカ。しかも、機内ではなく地上にいるので、たまたま乗り合わせてしまった妻の無事を祈りながら己の無力さを噛みしめ続けなければならない……。

『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

実生活でも飛行機内でパニックに陥っていたイ・ビョンホン

ここで本作鑑賞時の没入感を高めるための情報をプレゼントしたいのですが、実はビョンホン、26歳の時に実生活でアメリカに向かう飛行機の中で突然、「自分はここで死ぬんだ……!」とパニック障害になったことがあるそうです。その時、呼吸困難になりながらも「飛行機から降ろしてくれ!」とシャウトする彼のために、「乗客の中に医師の方はいますか!?」という機内アナウンスが流れたという……。そんなハードすぎる過去を克服してパニック映画で飛行機恐怖症のキャラクターを演じるなんて、つくづくタフな人物です。

しかし、ハン・ジェリム監督はリアルさを追求するため、ビョンホンの古傷をえぐるような仕掛けを撮影で用意した。それは――アメリカから廃飛行機を空輸し、飛行機の本体と部品を活用して機内のセットを製作。さらに、機内セットに360度回転する装置を搭載。しかも100人の乗客が搭乗したまま回転できる! このセットの制作を担当した美術監督は、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)で高速鉄道のセットを作り上げたイ・モクウォン。彼は本作の360度回転セットについて、「これほどのサイズで実際の飛行機を回した事例はハリウッドにもない。とても大きな試みだった」と語っている。

『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

劇中、操縦桿を握る機長がウイルスに感染して倒れてしまい、旅客機が回転しながら急降下していくシーンでは、360度回転セットの性能が大活躍。回転する機内が逆さ状態になるたびに、初期のBUCK-TICKやブル中野チックに長髪をそびえ立たせながら悲鳴を上げる乗客が続出。それでも情け容赦なく回転する機内。シートベルトが腹部にくい込み、激痛から逃れようとベルトを外す者も続出する。が、途端に天井に身体を叩きつけられ、そこからは乾燥機の中の洗濯物のようにぐるんぐるん回される。その間にも、操縦者不在の旅客機は大海原めがけて急降下していく……。

はっきり言いますが、このシーン、僕的には『トップガン マーヴェリック』(2022年)に引けを取らないぐらい、身体にGがかかる衝撃映像でした! いや、正直に言うと『トップガン』以上のライドオン感&恐怖感を体感させてもらいました……。

パニック映画ファンを満足させる熱い人情と度量の狭い恨み

ちなみにソン・ガンホは本作の出演オファーが来た時、地上であちこちロケをしなければならない刑事役と知って、「どうせなら旅客機に乗る役が良いな。ロケに行かないで、機内のセットの中で演技してれば良いから」と思ったという。しかし、「回転するセットの撮影を見学したら、見ているだけで怖かった……。地上にいる役がどれほど幸せかと思ったよ(笑)」と軽やかに撤回している。だが、彼が演じるク・イノ刑事も決して楽な役ではない。劇中、非常に重要かつ熱い役どころを担っている。

『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

映画の前半では、妻が心配なあまり訪れた空港の管制室で、旅客機から旅客機から残念なお知らせが連続コンボで届き、そのたびに「ガンホさんのそんな顔は見たくないですよ!」とスクリーンに向かって叫びたくなるぐらい涙目かつ弱気な表情を浮かべるばかり……。が、しかし、己の無力さを噛みしめるしかない状況に嫌気がさしたイノ刑事は、管制室を飛び出して、犯人の手がかりを求めて街中を奔走。その過程で傷だらけになりながらも、いつしかイノ刑事は『ダイ・ハード3』(1995年)のブルース・ウィリスばりのタフガイ刑事に変貌してゆく。その姿は、拳を握りながら応援したくなること間違いなし!

というよりもイノ刑事だけじゃなく、涙目になりながらも機内でバイオテロと戦うジェヒョク、感染しながらも乗客の安全のために奮闘する客室乗務員やパイロットたち、事態の解決に乗り出す国土交通省大臣(チョン・ドヨン)、そして乗客たち全員を全力で応援したくなります! とは言っても、上質なパニック映画として作られた本作にも、『新感染 ファイナル・エクスプレス』に登場したバス会社常務みたいな、身勝手極まりない乗客キャラもちゃんと登場するので、パニック映画ファンの方は御安心を! あなたを満足させる醜い争いもしっかり展開し、回転する機内で熱い人情と度量の狭い恨みが渦を巻くので!

『非常宣言』© 2022 SHOWBOX AND MAGNUM9 ALL RIGHTS RESERVED.

最後に ~『非常宣言』鑑賞時のアドバイス~

前代未聞のクラスターが発生した旅客機を一刻も早く着陸させないと、乗員全員が死亡して墜落してしまう。しかし、ウイルス&感染者を搭載した旅客機自体が、今や巨大な細菌兵器と化してしまった……! この最悪な事態を解決するため、ビョンホンやガンホたちが下した勇気ある決断を皆さま是非、劇場に搭乗して確認してください!

最後に僕から、本作を搭乗する際の大事なアドバイスをひとつ。劇場に行く際、マスク着用は当然ですが、コロナじゃないけど日頃から咳が出る方は絶対にのど飴や喉を湿らすドリンクを常備してください! とにかく没入感が凄まじい映画なので上映中、大きめの咳でもしようものならハードコアなヒンシュクを買ってしまうかもしれません!

文:ギンティ小林

『非常宣言』は1月6日(金)より全国公開中

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『非常宣言』

娘とハワイへ向かう飛行機恐怖症のジェヒョク(イ・ビョンホン)は、空港で執拗にふたりにつきまとう謎の若い男(イム・シワン)が、同じ便に搭乗したことを知り不安がよぎる。KI501便はハワイに向け飛び立つが、離陸後間もなくして、1人の乗客男性が死亡。直後に、次々と乗客が原因不明で死亡し、機内は恐怖とパニックの渦に包まれていく。一方、地上では、妻とのハワイ旅行をキャンセルしたベテラン刑事のク・イノ(ソン・ガンホ)が警察署にいた。飛行機へのバイオテロの犯行予告動画がアップされ、捜査を開始するが、その飛行機は妻が搭乗した便だったことを知る。また、テロの知らせを受けた国土交通大臣のスッキ(チョン・ドヨン)は、緊急着陸のために国内外に交渉を開始する。副操縦士のヒョンス(キム・ナムギル)は、乗客の命を守るため奮闘するが、飛行を続けるタイムリミットが迫り、「非常宣言」を発動。しかし、機体はついに操縦不能となり、地上へと急降下していく。

見えないウイルスによる恐怖と、墜落の恐怖。高度28,000フィート上空の愛する人を救う方法はあるのか―!?

監督/脚本:ハン・ジェリム

出演:ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ドヨン、キム・ナムギル、イム・シワン、キム・ソジン、パク・ヘジュン

制作年: 2022