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『哭声/コクソン』スピンオフ的ホラー!『女神の継承』監督が語る「人間の業による絶対悪」

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『哭声/コクソン』スピンオフ的ホラー!『女神の継承』監督が語る「人間の業による絶対悪」
『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED. 

祈祷師一家を襲う呪い

――タイには精霊と対話できる祈祷師がいる。今回、我々は祈祷師であるニムに密着。どのような生活を送っているのかを取材する……。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

『女神の継承』は、モキュメンタリー然としたコメントから始まる。如何にも「現代の祈祷師」といったニムの生活や言動に少し肩透かしを食うだろう。

「ガン患者を連れてきても直せないよ! そういう人は病院に行ってもらう。私は医者の直せない人々の悩みを解決するのさ」

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

彼女は村の“お悩み相談係”であり、実際は縫製業で生計を立てている普通の人。ただ、ニムの地元の人々が崇める女神<バヤン>に選ばれた世襲の祈祷師として、その勤めを果てしているに過ぎないのだ。“病は気から”とよく言うが、地元の人々は体調の悪さを「蛇酒を作るために蛇を殺したからかもしれない」などと理由をつけてはニムの元にやってきて、お祓いをしてもらう。ニムはそういった人々を喜んで助けていた。

そんなある日、ヤサンティア家に嫁いだニムの姉ノイの夫が病死。葬儀が執り行われる。その日を境にノイの娘、ミンに異変が起きる。終わらない生理、極度の体調不良、朗らかだった性格も刺々しいものとなっていく。しかし、ノイの娘の異変に覚えがあった。これは女神バヤンが憑依すると現れる現象なのだ。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

実は本来、バヤンの継承者にノイが選ばれるはずだったのだが、彼女は孤独な生活を強いられる祈祷師生活を拒絶し、継承を拒否。全てを妹のニムに押しつけたのだった。

「妙齢となったノイが次の継承者に選ばれたことを示している……」

娘を孤独な祈祷師にしたくはないが、このままでは娘の苦痛が終わらない……。ジレンマに苛まれながらもノイは決意し、ニムに頼み込む。

「ミンに、バヤンを受け入れる“代替わりの儀式“をやってくれ!」

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

――取材班は“代替わりの儀式“を目撃すべく、取材を続ける!

意気込む取材班だったが、ニムは言う。

「今、ミンに降りているのはバヤンではない“何か”だ」

取材を進めていくと、ヤサンティア家の人々が皆、怪死を遂げていることが判明。ミンに取り憑いているのはニムでも太刀打ちできないほどの邪悪な何者かだった。斯くして、邪悪を祓う儀式の準備が始まる。だが、ニム、ノイ、ミン、ヤサンティア家の人々、そして興味本位で事態を追いかける取材班の運命は陰惨なものだった……。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

『哭声/コクソン』祈祷師のスピンオフ的ホラー

「祈祷師の実生活に密着取材した実録映画!」といって興味を持つ観客がどのくらいいるだろうか? よほどのオカルト好きではないと、なかなか食指が伸びないだろう。しかし、本作が『哭声/コクソン』(2016年)に登場する祈祷師、ファン・ジョンミン演じるイルグァンのスピンオフとなれば話は別だ。

『哭声/コクソン』の監督、ナ・ホンジンは以前から気にかけていたタイの気鋭監督バンジョン・ピサンタナクーンに本作の制作を依頼。企画を詰めていく中、掘り下げられるのはイルグァンではなく、祈祷師の存在そのものになった。タイと韓国で祈祷師やシャーマニズムに対する考えが似通っていることに気がついた。

そこで『女神の継承』は、祈祷師とはなんなのか? 本当に存在する意味があるのか? それを信仰している人々がいるのはなぜか? を問う映画となったのだ。

バンジョン・ピサンタナクーン監督『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

ただ本作、その答えを観客に提示すべく紡いだ物語が、映画史上でも最恐最低!「決して解けない呪いがある」とのタグラインを打ったのはジョン・カーペンター監督の『パラダイム』(1988年)だったか。まさに『女神の継承』で描かれるのは、逃れられない呪いや運命だ。バヤンの継承は世襲制であるため、一家の誰かが生涯を捧げなければならない。まさに聖人である。聖人と言えば聞こえはいいが、たとえば『センチネル』(1977年)の“門番”ように、孤独と苦痛に満ちた生活を強いられるなら、そんなものにはなりたくない。ただ、それから逃れようとするならば、誰かに立場を押し付けなければならず、それはいわゆる人の業につながるのだ。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

「悪いことをすれば、それは自分に返ってくる」

誰しもが聞いたことのある言葉だろう。人は生きていれば、小さいながらも何かしら業を積む。勉強や仕事をサボったり、惰眠を貪ったり……。そして何か不幸があれば、ふと思うのだ。

「これは、あの時あんなことをしたせいかも知れない」

ただ、運・不運は不公平だ。『女神の継承』は、それを“厭映画”という形で明確に表現している。筆者も思った。「彼らは、ここまで酷い目に遭うほど悪いことをしたのか? あんまりじゃないのか!?」と。そしてラストシーンのある言葉に戦慄するとともに愕然し、叫んだ。

「一体、祈祷師とはなんだったんだ!?」

軽い気持ちで見始めた作品なのに、あまりのキツさ。オープニングとエンディングでここまで違いがある映画も珍しい。そこで、この惨憺な思いをバンジョン監督にぶつけてみた!

バンジョン・ピサンタナクーン監督『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

「“なぜ自分がこんな酷い目に”と考えたことはありませんか?」

―大変、衝撃的な作品でした! バンジョン監督は、以前監督された『心霊写真』の頃から、“業”や“怨”にこだわって映画を制作しているように思えます。

無意識にこだわりを見出しているのかもしれません。タイ人が“業”についてこだわりがあることは間違いなく、私もその一人です。しかし、私は“霊”の存在については信じていません。

―霊を信じていないのは、少し意外です。

だって、見たことがないですから(笑)。

―なるほど(笑)。では、“業”は人間にとってどのようなものとお考えでしょうか?

『女神の継承』では、先祖の業が子孫に影響するものとして描いています。これも多くのタイ人がそう考えています。一方で私は、そうは思っていません。それは、この映画の目的の一つが「先祖の業が子孫に影響する」ことが公平であるのか? を考えて欲しかったことに関連しています。個人的に、“業”は「今世の自分に返ってくるもの」と考えています。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

―しかし『女神の継承』は“絶対的な悪”や“業”から逃れる術がなくなっていく物語でした。業が生み出す絶対的な悪からは逃れられないのでしょうか?

“業”が悪霊を生み出すという考えは、人間の信仰心に起因すると思っています。映画も“業”が生み出した悪霊につきまとわれる物語にはなっています。でも実は、どの登場人物もちょっとした“悪行”を行なっているんです。

―ノイがニムに祈祷師を押しつけたことでしょうか?

そうです。他にも、いわゆる“裏設定”になってしまうのですが、ヤサンティア家の長男が遊びに行くカラオケバーのホステスの一人が未成年であるとか。そういった“ちょっとした悪行”も強調せずに入れ込んであります。それが彼らの人生に影響を及ぼしていった結果なんです。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

―“業”から逃れたい人々が祈祷師=神という考えのもと、ニムのような立ち位置の人間にすがっているということでしょうか?

そうですね、やはり人間は心の拠り所が必要なんです。逆に伺いますが、「どうして自分がこんな酷い目に遭うのだろう?」と考えたことはありませんか?

―あります!!

ですよね。原因が分からない、説明できない不幸。それが全て偶然に起こったことと思い続けると、人は壊れてしまいます。だから心の拠り所として、コミュニティとしてのアミニズムやシャーマニズムが一つの癒しになるんです。心因性の病が会話によって癒やされるということです。

バンジョン・ピサンタナクーン監督『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

―納得できるお話です。しかし『女神の継承』では、先ほどの小さな悪行にも見合わないほどの不幸がミンやニム、ノイを襲います。特にミンの受ける仕打ちは常軌を逸しています。

こう言ってしまうと元も子もないのですが、ミンは不公平ということなんです。これについては、観客自身で噛み砕いてほしいところですね。果たしてミンがあのような仕打ちを受けたのは、祈祷師になることを拒絶したからなのか、そもそも祈祷師の存在自体意味があることなのか? と。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

「この役者を逃すわけにはいかない!」

―『女神の継承』がモキュメンタリースタイルで撮られたのは、観客への問いかけの手段だったのでしょうか?

モキュメンタリーにしたのは、ナ・ホンジン監督の提案が元なんです。ご存知の通り『女神の継承』は、『哭声/コクソン』のスピンオフ企画でした。しかし、同じスタイルで映画を撮ると『哭声/コクソン』と同じになってしまうので(笑)。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

―本作は不幸の乱れ打ちのような作品ですよね。タイのホラー映画というと、『アート・オブ・ザ・デビル』(2005年)を初め、不幸がテーマになっているように思えるのですが、意識されていましたか?

タイのホラー映画の系譜という意味なら、あまり意識はしていないですね。ただ、どうやったら人を怖がらせられるか? と考えていました。

―その点、ミンの演技はとにかく素晴らしかったです。特に豹変した彼女は最高でした。

キャスティングはとにかく苦労しましたね。モキュメンタリーである手前、有名な俳優は敢えて選びませんでした。しかし、ミン役のナリルヤ・グルモンコルペチだけは別で、彼女はTV俳優なんです。でもオーディションしてみたら、驚くほど上手い。TV的ではない自然な演技ができる俳優でした! それで「この役者を逃すわけにはいかない!」と即決しました。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

―拷問ポルノのような強烈な残酷映画はどうお考えですか?

個人的には楽しいと思っています。とはいえ、その映画が芸術的であるかどうか? が重要だと考えています。そういったジャンルの映画では『RAW 少女のめざめ』(2016年)は素晴らしいと思います。

―監督として、映画はアートを優先していますか? それともエンターテインメント性を優先しているのでしょうか?

当然のことながら、両立が重要です。私は自己表現として映画を撮っていますが、やはりエンターテインメントとして観客を楽しませることも忘れてはいけません。コマーシャルアートと言えばいいのでしょうか? それは私の中で常にチャレンジしていることでもあります。パッションが大事なんです。

『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

―良いお言葉をありがとうございます! そろそろ時間が来てしまいました。

ところで、貴方の後ろにある映画(筆者の自室に貼ってある『死霊のはらわた』のポスターを指差しながら)は、日本でBlu-rayになっているんですか?

―『Evil Dead』(『死霊のはらわた』の原題)ですか? もちろん! 世界のホラー映画好きのマストアイテムですよ!!

よし、じゃあ通販で日本盤を買おうかな!(笑)

バンジョン・ピサンタナクーン監督『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.

取材・文:氏家譲寿(ナマニク)

『女神の継承』は2022年7月29日(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、グランドシネマサンシャイン池袋、アップリンク吉祥寺ほか全国公開

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『女神の継承』

小さな村で暮らす若く美しい女性ミンが、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返す。途方に暮れた母親は、祈祷師である妹のニムに助けを求める。もしやミンは一族の新たな後継者として選ばれて憑依され、その影響でもがき苦しんでいるのではないかー。やがてニムはミンを救うために祈祷を行うが、彼女に取り憑いている何者かの正体は、ニムの想像をはるかに超えるほど強大な存在だった……。

監督・脚本:バンジョン・ピサンタナクーン
製作:ナ・ホンジン バンジョン・ピサンタナクーン

出演:サワニー・ウトーンマ
   ナリルヤ・グルモンコルペチ
   シラニ・ヤンキッティカン

制作年: 2021