停滞中カップルのひと夏『ベルイマン島にて』 ビターな恋愛物語&巨匠監督ゆかりの聖地巡礼で気分は北欧観光

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ライター:齋藤敦子
停滞中カップルのひと夏『ベルイマン島にて』 ビターな恋愛物語&巨匠監督ゆかりの聖地巡礼で気分は北欧観光
『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema - Neue Bioskop Film - Scope Pictures - Plattform Produktion - Arte France Cinema

舞台はベルイマンゆかりの島

ミア・ハンセン=ラヴ監督の最新作『ベルイマン島にて』は、スウェーデンが生んだ巨匠イングマール・ベルイマンゆかりの島を舞台に、映画監督カップルが過ごす一夏の出来事を描いたもの。「ベルイマン」という名がついているが、ベルイマン映画を見たことがない人にも、ベルイマン映画が苦手な人にも十分楽しめる、ちょっとほろ苦い恋愛映画だ(ちなみに、ベルイマンは日本での表記で、スウェーデン語の読みはベリマンに近い)。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

主人公は新進映画監督のクリス(ヴィッキー・クリープス)。一人娘を母親に預け、パートナーの有名映画監督トニー(ティム・ロス)とスウェーデンのフォーレ島にやってくる。ベルイマン財団が運営する滞在制度を利用して島に滞在し、クリスは脚本を執筆、トニーは撮影の最終調整をしつつ、自作の上映会をする予定。60年代からベルイマンが住んでいた島には、いたるところに巨匠の足跡が残っていて、世界中からファンが訪れる聖地。ゆかりの場所をバスで巡るベルイマン・サファリもある。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

ベルイマンが刺激になって執筆が進むと思っていたクリスだが、目に見えない巨匠の圧力に萎縮し、なかなかはかどらない。やがて、十代の頃の実らなかった恋を元に、自分の分身エイミー(ミア・ワシコウスカ)が昔の恋人ヨセフ(アンデルシュ・ダニエルセン・リー)と親友の結婚式で再会する話を書こうと思いつく。トニーに助言を求め、ストーリーを語るうちに、現実と虚構の境界が混ざり合い、クリス/エイミーは過去から引きずっていた恋愛にもう一度向き合うことになる……。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

映画は大きく2つのパートから成る。前半はベルイマンの作品と、ゆかりの地を訪ねるベルイマン編、後半はクリスが書いている次回作が映画中映画する、本筋の恋愛映画編。だが、前半のベルイマン島観光の部分もとっても面白く、お薦めだ(何しろ全編現地ロケで、とくにベルイマンのお墓は必見)。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

揺るぎない過去の名声にも今日的な視点をぶつける

クリスとトニーのカップルはベルイマン好きという設定だが、二人が口にするベルイマン評は、なかなかに辛辣だ。曰く「美しく完璧だが、息が詰まる」、「見れば傷つくだけ」、「敗者の気分になる」、「カタルシスのないホラー映画」……。ベルイマン専用席のある試写室で、二人が『叫びとささやき』(1972年)を見る場面が傑作で、なんと“ホラー映画仕立て”だ(なので思いっきり笑っていい)。それに、ベルイマン・テーマパークと化したフォーレ島をバスで巡る“ベルイマン・サファリ”も笑える。

こんなに美しい、静かな夏の昼下がりに、暗くて厳しくて辛いベルイマン映画の聖地を嬉々として見学し、映画について熱心に語る人々。ベルイマンにもオタクがいるのだ。何しろベルイマン・クイズで優勝したスペイン人まで登場するのだから(!)、真面目な映画ファンから偶像のように崇められているベルイマンを、こんな笑いのネタにするなんて、ミア・ハンセン=ラヴはなんて罰当たりなんだろう。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

しかし、ベルイマン財団の人々を前に、巨匠に果敢に異議申し立てするクリス/ミアに、私は敬意を表する。1918年に生まれ、2007年に89歳で亡くなったベルイマンは、70本に及ぶ作品を監督しただけでなく、舞台演出家、脚本家としても活躍。私生活では6人の女性(うち正式に結婚したのは5人)の間に9人の子供を作った(2番目の妻との間の娘と結婚したのが「刑事ヴァランダー」で知られる小説家ヘニング・マンケル)。

「でも自分で子供を育てたわけじゃない」とクリスは反論する。もしベルイマンが女性だったら、子育てを任されていたら、それだけの仕事を残せたろうか、と。ここにミアの女性としての視点がある。ベルイマンのように、すでに確立した揺るぎない名声にも、ジェンダーという今日的な視点で見直してみることに意義がある。キリスト教では、偶像は崇拝するものでなく、破壊するものだからだ。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

ベルイマンからの影響、ヌーヴェル・ヴァーグの血統

後半、クリスが書き始めた脚本、1度目は出会いが早すぎ、2度目の出会いは遅すぎて、思いを残したまま終わった恋人との“3度目の正直”の恋愛劇になる。現実(映画)の中にフィクション(映画中映画)が現れ、エイミー/クリスの“思い残した思い”が重なり合っていく。ここで言う現実(映画)は、ミア・ハンセン=ラヴと元パートナーの映画監督オリヴィエ・アサイヤス(二人の間には一女があるが、正式には結婚しなかった)との関係が下敷きになっていることに注意しよう。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

ここでのクリスはエイミーであり、ミアでもある。しかし、男女関係を三重構造で描いていても、ミアはベルイマンのように深刻にはならない。北欧の夏の日差しのような、よく言えば“頼りない明るさ”がある。それはパートナーがいても自由でいたいという、ミアの人生への向き合い方の反映かもしれない。

『ベルイマン島にて』©2020 CG Cinema – Neue Bioskop Film – Scope Pictures – Plattform Produktion – Arte France Cinema

この映画中映画の結婚式のエピソードは、エリック・ロメールの小品のように洒脱な軽やかさがあり、パリ生まれパリ育ちであるミア・ハンセン=ラヴに(意外に正統な)ヌーヴェル・ヴァーグの血が流れていることを再認識した。ベルイマンの名に尻込みせず、北欧の島でバカンスを過ごすつもりで楽しんでいただきたい。

文:齋藤敦子

『ベルイマン島にて』は2022年4月22日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

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『ベルイマン島にて』

映画監督カップルのクリスとトニーは、アメリカからスウェーデンのフォーレ島へとやって来た。創作活動にも互いの関係にも停滞感を抱いていた二人は、敬愛するベルイマンが数々の傑作を撮ったこの島でひと夏暮らし、インスピレーションを得ようと考えたのだ。やがて島の魔力がクリスに作用し、彼女は自身の“1度目の出会いは早すぎて2度目は遅すぎた”ために実らなかった初恋を投影した脚本を書き始めるのだが──。

監督・脚本:ミア・ハンセン=ラヴ

出演:ヴィッキー・クリープス ティム・ロス
   ミア・ワシコウスカ アンデルシュ・ダニエルセン・リー

制作年: 2021
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