濱口竜介がベルリン銀熊受賞『偶然と想像』を語る!「脚本とは別に全人物の背景・関係性を設定しておく」【前編】

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:遠藤京子
濱口竜介がベルリン銀熊受賞『偶然と想像』を語る!「脚本とは別に全人物の背景・関係性を設定しておく」【前編】
『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive

第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞獲得!

共同脚本を手がけた『スパイの妻』(2020年)が第77回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞、監督と脚本を手がけた『ドライブ・マイ・カー』(2021年)が第74回カンヌ国際映画祭で脚本賞含む4冠、そして『偶然と想像』(2021年)が第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得し、日本映画界を代表する存在となった濱口竜介監督。

『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive

最新作『偶然と想像』は、どのように作られたのか。同時期に開催された第34回東京国際映画祭と第22回東京フィルメックスで多忙な監督に、そのプロセスを聞いた。

濱口竜介 監督

「良く撮れていて、かつ演技が良いかどうか、という問題」

―「撮影に使ったカメラは1台のみ」とのことですが「いろんなアングルで撮って、どのアングルでも通しで撮っている」とも仰っています。ワンシーンを大体、何テイクくらい撮られたのでしょうか?

10テイク弱くらいかなと……いや、正直あまり数えていないですね。

―その間、俳優さんはまったく同じお芝居をされるのですか?

まったく違うと繋がらなくなるので、動きなどは最初のOKテイクくらいから固まっていくところはあるんですが、次のテイクをやる場合は「前のテイクは忘れてください」とお願いしています。その前のテイク自体はもちろん良いものなんですが、良かった部分を再現しようとするのではなくて、その都度、相手役と何か新しいものを発見していってほしいとお伝えしていて。そこは動き、でなければ感情的なものだったりするんですが、各アングル各ポジションで良く撮れたものがあって、結果的にはそれを繋いでいくという感じです。

―編集していく上で、どれを生かしてどれを捨てるかの決め手になるのは、特に光るものがあるカットということですか。

このやり方をしていると基本的に移動車もないので、あるポジションから演技を一連で撮っていくことになります。ただ、そうすると単純にポジションとして良く撮れる部分と良く撮れない部分が出てくる。良く撮れていて、かつ演技が良いかどうかという問題もあるわけですよね。その“良く撮れていて演技も良い部分”というものが、編集上は核になっていくというか。現場でカメラポジション、次のアングルを決めていく上でも「今のここは良かった」という感覚があって、じゃあそれを生かすとしたらどこから撮るか? という考え方になっていく感じです。

―カメラポジションについては東京国際映画祭でのイザベル・ユペールさんとの対談でもお話しされていましたが、やはりカメラを置いた場所ですべてが決まってしまう、ということでしょうか。

そういう部分はあると思います。今回の場合はカメラが役者と関わりなく、そこに傍観者的に置かれていて、基本的に役者たちはカメラを気にせず一連の演技を行う。そうすると、カメラの影響力は役者に対してすごく小さいものになる。その演技の質とポジションの関係が、ある正確さみたいなものに達した時にOKテイクが出る、という感じですね。一般的にはある正しいポジションにおいて撮影が行われるんですが、今回に関しては、そのポジションの正しさは事後的に決定されるというか、演技によって決定されるようなところがあったと思います。

『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive

「本読みを繰り返すことで基礎体力が付いてくるような感覚がある」

―監督は、あまり事前に「こういう演技をして」と作り込まないわけですよね。それはある意味、役者さんに委ねているというか、その場で起きたことをフィルムに収めるみたいなことだと思うんですけれども、そこに対する不安のようなものはないのでしょうか。

もちろんあります。それはもう“何も起こらなかったらどうしよう”っていうのはあるし、実際には何も起こらないことはないけれども、さっき言ったように、良いポジションで良い演技が起こらないということは、ままあるんですよね。“すごく良いけどめっちゃ遠いな”とか。そういう点で、正確なテイクが撮れるかどうかというのは本当に運任せというところがあって。となると試行回数、トライする数を増やすしかないということになる。でも、それが役者さんを濫用することになってはいけないし、必要以上に疲れさせたりしてはいけない。それは演技のため、役者さんのためにも思うんですが、そのギリギリのところで重ねていくという感じです。

ただ、本読み(※感情表現を排した機械的な音読。『ドライブ・マイ・カー』では登場人物が演劇練習として行なっている)をしていると、基礎体力みたいなものが付いてくるような感覚があって、何度繰り返しても演技の質が落ちないというか。もちろん、いちばん最初のテイクにはある種の新鮮さがあるんですが、ずっと本読みをした結果として、テイクを繰り返しても新しいものを発見できるだけの基礎体力が演者に備わってくる、とは感じます。耳が良くなってくるんだと思います。相手の声がよく聞けるようになって、そのことでより細かく反応できるようになると言うか。

―そのギリギリのところというのは、どのように判断されるんですか?

単純に疲れているとか集中力が落ちてきたと思ったら、「今日はここまでにしましょう」みたいな感じで、2日目にもう一回撮り始めるとか、そういうふうにやっています。

メイキング画像『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive

「隣のテーブルから聞こえた話を使っている(笑)」

―今回の本読みは何日間くらい行ったんでしょうか。

トータルで言うと、1話につき1週間から10日前後だと思います。いろんな組み合わせでやって、全部事前にやるわけではなく、シーンが進むにつれて、そのシーンの直前にもう一回やったりとか。撮影とリハーサルが交互に来るような感じでやっていました。

―脚本の書き直しなど、役者さんから“何か”が出てきた要素で変更したところはありましたか?

あまりなかったですね。撮影の数日前までロケーションが決まっていないということもありましたが。たとえば第1話の最後のロケーションはなかなか決まらなくて、結局渋谷の街を撮っているんですが、いったい何処だったらいいのか? ということが分からなかったりして、それは最後の最後まで決まらなかった。役者さんの演技に関しては、語尾や言い回しを変えたりは非常によくあるんですが、内容を変えるということはほとんどしていません。

―脚本そのものに、隣のテーブルの会話を盗み聞きしているかのようなリアルさがありました。一体どんな取材をされているんですか?

それはですね、実際に隣のテーブルから聞こえた話を使っているからです(笑)。全部ではないですが、第一話なんかは本当に隣のテーブルで、まだコロナ禍の前で(テーブル間の)スペースもそれほど空いていなかったころ、隣にいた女性二人が「気になる人に会ったんだ」みたいな話をしている中で“空間デザイン”と言っていて、なんか「投資もやってるんだよね」みたいな話で(笑)。聞き役の女性が「ふむふむ」とさらに話を引き出していくのをひそかに聞いていました。大体の場合はネタを求めて、そして書きあぐねているものですから、仮に“聞いている人がいま話している人の元恋人だったらどうだろう?”みたいな想像から話が広がっていく、ということはあります。

濱口竜介 監督

「全キャラクター、全関係性分のサブテキストがある」

―いつも女性の気持ちが何でこんなにわかるのかな? とすごく不思議なんですけれども。

それは諸論あるので(笑)。ただそういうふうに言ってくださる方もいて、それはすごくありがたいんですが、そう思わない方もいるので、それはどこまでもわからないことで。単純にその人物の行動原理というものを考えるというのが原則です。基本的にフィクションということもあって、みんなすごく突飛な行動をするわけですけれども。ただ、突飛な行動をする理由は他の誰にもわからないけれども、このキャラクターにはあるはずだ、と。それを演じる役者さんにも理解していてほしくて。

“サブテキスト”と呼んでいるんですが、例えば「この人の過去にはこういうことがあったんじゃないか」とか、「このキャラクター同士の関係性は過去にこういうものだったんじゃないか」ということはリハーサルで共有したりします。そうすると、一見、行動原理がよくわからないようなキャラクターでも「何か理由があって行動してるんだな」と観客に見えてくる、ということがあるような気はしています。

―では今回もサブテキストは用意されていた?

そうですね。一応、全員分。というか全キャラ、全関係性分あったりします。

―あまり顔を出してこない、チラっとしか映らない夫たちにも?

そうですね。演じる人がいる限りは、その人が演じることが楽になりそうなものは用意します。第二話の夫は役者ではなく知り合いの友人だったのでやらなかったんですが。基本的にはインタビュー形式のテキストを作って、どうして結婚したのか? どうして今大学に行っているのか? といったことに回答してもらい、この人がなぜこういう振る舞いをするのか、ということが分かるようにはしています。単に設定を書くのではなくて、その人が「喋っている」ということ、そのキャラクターの肉体が想像できるのが大事なことだと思っています。

『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive

―では本読み以前に、そうしたサブテキストを作ったりする膨大なリハーサルの時間があったんですか。

いやいや、今回はさすがに。『ハッピーアワー』(2015年)なんかは割とワークショップの時間がサブテキストに反映されていますけど。基本的には脚本を書く時、遅くとも基本的にリハーサルの前には自分の考えである程度サブテキストを用意しています。自分がその脚本を読んだときに、この人は非常におかしな行動をするけれども、それはなぜなんだろう? ということがある程度、納得できるような形でサブテキストを作っていて。

これを一人一人にお渡しするんですが、それを絶対に変えられない設定みたいに思われてしまうと多少問題があるので、「自分の考えはこうですけれども……」という形で。質問項目は17個くらいで、それにご自分で答えてみてください、と。演出家の意図としてはこのラインだ、というものもありつつ、それと違うと思えば全然違ってもいいんですが、それらを見た上で考えて書いていただく、ということになります。

―その17個の質問というのは、著書「カメラの前で演じること 映画『ハッピーアワー』テキスト集成」(左右社)に出てきたものですか?

そうです。

メイキング画像『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive

「“人と向き合う”ってなんだろう? というのが自分の正直な気持ち」

―第一話の芽衣子(古川琴音)も三話の夏子(占部房子)も、人と向き合うということを話していたと思います。『ドライブ・マイ・カー』にも「人と向き合う」という言葉が出てきましたが、それはどういうことだと思われますか?

それがわかれば苦労はしない、ということですね(笑)。だから「向き合うってなんだろう?」というのが、むしろ自分の正直な気持ちというところはある。人間関係に正解などないというか、ケースバイケースでしかないと思うので、一概に「向き合うとはこういうことだ」と言えないという感覚があります。

ただ、その場その場で「今ここで逃げたらもう終わりだ」という局面もあるわけですよね。その関係性において、今ここでいい加減な返答をしたり茶化してしまったら関係性そのものが終わってしまう、という局面はよくある。どう答えてもリスクがある局面なんですが、せめて逃げないというか、その人と関係性を作っていきたいんだということは伝えながら、なんとかやっていくしかない。世の中、それでもダメになることはありますけれど。

濱口竜介 監督

【インタビュー後編は2021年12月16日(木)公開】

取材・文:遠藤京子

『偶然と想像』は2021年12月17日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国公開

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『偶然と想像』

第一話「魔法(よりもっと不確か)」
撮影帰りのタクシーの中、モデルの芽衣子は、仲の良いヘアメイクのつぐみから、彼女が最近会った気になる男性との惚気話を聞かされる。つぐみが先に下車したあと、ひとり車内に残った芽衣子が運転手に告げた行き先は──。

第二話「扉は開けたままで」
作家で教授の瀬川は、出席日数の足りないゼミ生・佐々木の単位取得を認めず、佐々木の就職内定は取り消しに。逆恨みをした彼は、同級生の奈緒に色仕掛けの共謀をもちかけ、瀬川にスキャンダルを起こさせようとする。

第三話「もう一度」
高校の同窓会に参加するため仙台へやってきた夏子は、仙台駅のエスカレーターであやとすれ違う。お互いを見返し、あわてて駆け寄る夏子とあや。20年ぶりの再会に興奮を隠しきれず話し込むふたりの関係性に、やがて想像し得なかった変化が訪れる。

制作年: 2021
監督:
脚本:
出演:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • 濱口竜介がベルリン銀熊受賞『偶然と想像』を語る!「脚本とは別に全人物の背景・関係性を設定しておく」【前編】