濱口竜介監督インタビュー!『ドライブ・マイ・カー』の“サウンド”に込めた狙いと“特別な”村上春樹作品への想い

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ライター:石津文子
濱口竜介監督インタビュー!『ドライブ・マイ・カー』の“サウンド”に込めた狙いと“特別な”村上春樹作品への想い
濱口竜介監督(第74回カンヌ国際映画祭)撮影:石津文子

インスタント・クラシック(Instant Classic)。生まれた瞬間から古典になる映画というものがある。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』は、まさにそう呼ぶべき作品だ。第74回カンヌ映画祭で脚本賞ほか4部門を受賞したが、この映画は脚本はもちろん、演出、演技、撮影、そしてサウンドにおいて、映画の基準を更新したと言える。インタビューはカンヌ映画祭への出発前だったが、新たな古典を生み出す監督の手の内を少しだけ覗かせてもらった。

ソニア・ユアン、三浦透子、濱口竜介監督、霧島れいか(第74回カンヌ国際映画祭)撮影:石津文子

鍵は“サウンド・アンド・ヴィジョン”にアリ?

―本当に素晴らしく、とても堪能しました。映画を観ていて、“サウンド・アンド・ヴィジョン”がこの映画のキーフレーズなのではないか、と思いながら観ていました。元・宣伝ウーマンなので、ついそういうことを考えてしまうのですが。非常に音が重要なんじゃないか、と。

ありがとうございます。ボウイの曲ですね。

―はい、デヴィッド・ボウイの受け売りです(笑)。でも、それほどこの映画のサウンドに惹かれました。かなり意識されて作ったサウンドなのでしょうか?

そうですね。今回、『寝ても覚めても』(2018年)と同じく、野村みきさんがミキサーです。彼女はもともと東宝にいたんですが、そのスタジオでやられたトラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』(2010年)の音に非常に感銘を受けて、フランスに留学をされたんです。日本におけるサウンドミックスというものを変えていきたいと考えている方で、実際にサウンドデザインは素晴らしいと感じています。そのお力を借りたのと、もちろん現場の録音の伊豆田廉明さんも非常に優秀だったので、出来たことではありますが。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―監督は今までも音にこだわりがあったと思いますが、『ドライブ・マイ・カー』では特にそれが感じられました。

基本的には、車のサーブ(SAAB)のエンジン音というのが基本の音になっていて。あれを聴いているのがすごく気持ちいい、というのがあったので、その音がベースになっています。また、いくつかの場所を移動していく中で、東京と広島で鳴っている音が違うし、広島の音も都市部と島では違う。そして後半、別の場所に行くと無音のような空間もある、という感じですね。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―あの無音の空間がすごく印象的でしたし、いわゆるアンビエント・サウンド(環境音)やルーム・トーンと言われるバーや室内の音も印象的ですね。普段はそういう音の存在は頭ではわかっていても、映画を観ながらあまり意識しないことが多いのですが、それが邪魔にならずに、なおかつ、そこにある音の存在を意識することが出来た。この音の素晴らしさが発見でした。

それは本当にありがたいですね。野村さんがやっているのも、そういうことなんです。日本ではセリフ、効果、音楽の担当者が個別に主張しつつ整音するという現場が多かったようです。3人が思い思いで“この音を聴かせたい”というのではなくて、それをミキサーの感性で総合的に音をミックスする、ということを野村さんはすごく考えていらっしゃった。その成果だと思います。もちろんセリフがすごく大事だということは前提として、その中で環境音というものがどう共存できるか、ということを配慮していただいたと思います。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―主人公の妻の名前が音(おと)というのは、やはりここに関係があるのですか?

いやあ、本当にダイレクトな名付け方というか(笑)。もちろん名付けた時に、大丈夫かなとは思ったんですが、変えられなかった。音の話であり声の話でしかあり得ない、という感覚があったからと思います。

―村上春樹さんの原作ではこの妻に名前は無いですが、監督が名付けたんですか?

そうです、原作では“妻”としか出てこない。さきほど“サウンド・アンド・ヴィジョン”と言っていただけて嬉しいです。僕も大好きな曲だし、音(サウンド)の重要性というのは今回に限らず、ずっと思っていましたので。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

「原作ものは既に世界観が存在するので有り難いし、オリジナルは自ら立ち上げるぶん映画と親和性のある物語を描きやすい」

―原作「ドライブ・マイ・カー」と、他の短編を併せて3時間の長編映画にされたということですが。

正確には「ドライブ・マイ・カー」という箱があり、その短編が収録されている「女のいない男たち」の中の、「シェエラザード」と「木野」という短編のモチーフを借りている、という感じですね。当初、プロデューサーからは村上春樹さんの別の作品を映画化したいという話がきたんですが、村上さんの短編の映画化というコンセプトはわかったので、「ドライブ・マイ・カー」という小説が自分にとっては特別なものだったので、これだったらやりたい、と伝えたんです。

女のいない男たち (文春文庫)

―なぜ特別なものだったのでしょう?

『ハッピーアワー』(2015年)をつくる際に神戸で演技のワークショップをした時に、ちょうどこの作品が雑誌に初掲載されて、知人の薦めで読んだんです。そこにあった描写が演技にまつわる話でもあったので、参加者のみなさんにも読んでいただいて「演技というのは、こういう可能性もありますよ」というような話をして。すごく自分にとっては腑に落ちやすい小説だったんです。自分が考えていることと、すごく近しいものが描かれているという感覚があったので、これであれば自分は出来ると思ったんです。

濱口竜介監督 ©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―『ハッピーアワー』と、『偶然と想像』(2021年冬公開予定)はオリジナル作品で、その間に撮った『寝ても覚めても』は柴崎友香さんの小説が原作です。偶然かもしれませんが、ちょうど交互にオリジナルと原作ものを撮られているのは意識的なものでしょうか?

意識的なものはあるかもしれません。原作ものの企画は大体、自分以外の人から持ちこまれるものなんですが、自分の感性と合いさえすれば、とても有難いことではあります。これは一つの現実だと感じられるような世界観というのが、既に一回立ち上がっているということは、物語を作る上では本当に、本当に楽なことではあるんです。映画の物語を作る上で一番難しい作業である部分を、もうやってもらっているので。いわば建物は立てていただいているので、あとは内装を変えるくらい、というような感じで。

ただ、オリジナルを作ることは世界観を立ち上げるということなので、これは一大作業ではあるんですが、映画との親和性のある物語を描きやすいというか、そもそも映画として想定していたことが出来るわけです。文学作品の場合、小説としての魅力が、必ずしも映画に翻訳できるとは限らないわけで、どれだけ面白いと思っても難しいところではありますね。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―オリジナルをもっと撮ってみたい、というお気持ちはありますか?

いえ、必ずしもそういうわけではないです。原作は映画に出来るものであればとても有難いものではありますし。一方、オリジナルは自分の方法で作れるという感じはあるので、それはそれで捨ててはいけないと思います。

濱口竜介監督©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

「本作における西島さんと岡田さんは、対照的でありつつ似たところもある」

―『ドライブ・マイ・カー』の中で印象的なのが、舞台俳優で演出家の家福(西島秀俊)がチェーホフの「ワーニャ伯父さん」の稽古で、役者たちと本読み(座ったまま台本を読み上げる稽古)をする際に、感情を抜いて平坦にセリフを話す、いわゆる棒読みをするよう指示する場面です。妻の音が台詞を録音したテープも同じです。あれは監督自身の演出法や、演技論にもつながるのでしょうか?

そうですね。自分の映画でも実際、本読みではあのように感情を入れない、演劇で言う“素読み“に近い方法はやっていますし、感情的なニュアンスをすっかり抜いた上でセリフを役者さんの中に取り込んでほしい、と思ってやっています。やっぱり、俳優さんも余計な色を付け加えない人を選びますよね。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―素のときも抑揚の少ない淡々としたトーンで話す俳優が、演技者としてお好きなんでしょうか?

これ、実は俳優として重要な才能だと思っているんです。簡単に自分の形を変えられない人というのは、僕からしてみれば得難い才能なんですよ。演技をするのに、何かの真似をしたり、自分ではない何かに見えるよう「仮面」を被るように演じてしまうというのはよくあることですが、そういうのはあまり良いとは思えないところがあって。

その人自身が、その人自身であることをやめられないという人が俳優でもいると思うんです。僕は、それはすごく大事な演技の才能という気がします。どの役を演じていても、自分であることを打ち捨てないということであり、それは誰にでも備わっている能力ではないと思いますね。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―淡々と喋り続けられるのは、その人の本質的なものがどこか出ている、ということですね。

そうだと思います。あまり自分をよく見せようという気持ちがあり過ぎると、それは出来なかったりするので。

―なるほど。主人公の家福を演じた西島秀俊さんはぴったりでした。西島さんも比較的抑えたトーンで普段から話される方だと思いますが、最初から主人公に想定していたんでしょうか?

西島さんは『寝ても覚めても』が素晴らしかったと、あるインタビューで話してくださっていて。僕が映画を本当に好きになっていく過程の中で、西島さんは黒沢清監督の映画をはじめ、好きな映画に出ていらしたんですね。だから重要な存在というか、端的にファンでした。それで、その記事を読んだときに、「これはもしかしたら、次は西島さんと仕事ができるかも」と(笑)。

『ドライブ・マイ・カー』を提案した時に、プロデューサーに“西島さんにやっていただけたらとても良くなると思います”と伝えたんです。プロデューサーも同意してくれて、オファーしたら快諾をいただけて、実現しました。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―さらに、この映画の白眉は岡田将生さんだったとも思います。岡田さん演じる、少々いわくつきの俳優である高槻が家福に語りかける車内のシーンは、映画史上に残る名シーンじゃないか、と。カンヌの男優賞を私からあげたい! 岡田さんと西島さんは、二人とも素晴らしいけれど俳優としては少し違うタイプだと思いますし、役の上でも音を挟んで対角線上にいるような存在です。岡田さんをこの役に起用した理由を教えてください。

岡田さんは、そもそも好きな俳優さんでした。『天然コケッコー』(2007年)で出てきた時から、「何、このイケメンは!?」と思っていましたから(笑)。それから順調にキャリアを重ねて、少し前ですが『悪人』(2010年)をはじめ、すごく振れ幅のある役者さんになったという印象があったので、ずっと一緒に仕事をしたいと思っていたんです。今回、西島さんと対照的でありつつ、どこか似たところもあるという感じがあったので、同じ世界に生きていてもおかしくない。それで岡田さんが演じていただけたら最高だなと思い、引き受けていただけたので良かったです。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―西島さんと岡田さんには、同じような演技指導をされたんですか?

基本的には全部一緒で、映画の中のようなニュアンスを抜いた状態、素読みでの本読みをひたすらしました。あとは現場では思うように、と二人に対しては伝えました。そして、二人からそれぞれ出てきたものが画面には映っています。

―基本、どの作品でも、徹底的に素読みをされるんですか?

そうですね。最近は本読みをする時間を取っていただけるよう、最初の段階から製作の人たちに伝えてあります。時間がかかるので予算にも関わりますから。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

「三浦透子さんには、本作のために運転免許を取得してもらいました」

―そして大きな発見は、寡黙なドライバーのみさきを演じた三浦透子さんです。私は不調法なもので彼女の出演作を観ていたにもかかわらず、この役で初めて発見したという感じですが、三浦さんを抜擢された経緯を教えてください。

『偶然と想像』のキャスティングの際にお会いして、その映画では合う役がなかったんですが、話していてすごく聡明な方だったので、お会いしてすぐにこの映画のプロデューサーの山本(晃久)さんに「みさきを見つけた」と話したんです。でも三浦さんは免許を持っていないということだったので、すぐにオファーをして「免許を取ってください」とお願いしたんです。

―えええ! 三浦さん、ずっと前から運転していたみたいです。

このために運転免許を取っていただきました。セリフのあるところは安全のため牽引していますが、引きのシーンは三浦さんが実際に運転しています。本当に特訓して。監督補の渡辺直樹さんを初めとしてスタッフつきっきりで指導してくださったのですが、単に運転するというだけでなく、サーブは左ハンドルですし色々と難しいところもあるので、すごく頑張って練習していただきました。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―実は私がこの映画を好きな理由の一つは、サーブがかっこいいから、というのもあります。昔、『クリミナル・ロウ』(1988年)という映画でゲイリー・オールドマンが乗っていたのがかっこよくて。以来、いつかサーブを運転するのが夢なんです。免許は持っていませんが(笑)。映画と原作では車種は違うんですか?

原作もサーブ900ですが、黄色のオープンカー(コンバーティブル)なんです。重要な会話が車内で起きるので、屋根がないとセリフが録れない。あとは、風景の中を車が走っていくイメージがあって、緑色に近い黄色だと街から浮き立たないところがあるので、赤のサーブになりました。

―街からも島からも浮いている、あの赤いサーブ900は、そこだけ異空間というイメージなんでしょうか。

まあ、そうですね。ひときわ、ちょっと違うもの。車自体が一つの閉鎖空間なので、“あの中にあの人たちがいる”ということを観客が常に想像できるようにしたかったんです。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―監督もサーブがお好きだったんですか?

実は全然、詳しくないんです。お恥ずかしいですけど(笑)。車のことは劇用車のスタッフにお任せしました。

―霧島れいかさんが音を演じていますが、同じく村上春樹さん原作の『ノルウェイの森』のレイコのイメージがあるせいか、どこか村上ワールドの匂いがしますね。

音は、ぜひとも素敵な人にやってもらわねばならない役だ、と思って霧島さんにお願いしました。『ノルウェイの森』もやられていたので、それが吉と出るか凶と出るかは判断つかないところがあったんですが、霧島さんにお話をしたら「すごくやりたい」と言っていただいて。とてもリスクのある役でもあるのに。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

「重層的な話だけれど、一つの太い道のり、流れのようなものが見えてくる」

―約3時間の長さではありますが、その時間が本当に心地よいので、そこを怯まずに観に来てほしいですね。

3時間を心地よく過ごせることは、お約束します。1冊の本を読むのに3時間くらいかかることはよくあると思うので。周りの意見も聞いていただいて、観る意味があるものかどうか、ということを確かめて、よければ来ていただけたら。

3時間あるというのは、ただダラダラと撮ったわけではなく、そうならざるを得なかった3時間です。物語やキャラクターが必要とした時間だと感じていますし、これが映画として一番面白い形になったというのは自信を持っています。ぜひ楽しんでいただけたら、とてもありがたいです。

『ドライブ・マイ・カー』©2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

―長い映画を撮りたい、と思っているわけではないんですね。

全くないですね。『偶然と想像』は短編集ですし。今回、脚本を書いた時点では2時間30分くらいではないかな、と思っていたんですが、現場で加わったものもありました。

―本作を観た人の中に、監督が残したいものというのはどんなものなのでしょう?

この3時間の映画を観た時に、きっと1本の道筋みたいなものが見えてくると思うんです。重層的な話ではあるのですが、一つの太い道のり、流れのようなものが見えてくる。その流れを、そのまま受け止めてもらえたら。

© Kazuko WAKAYAMA

取材・文:石津文子

『ドライブ・マイ・カー』は2021年8月20日(金)より全国公開

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『ドライブ・マイ・カー』

舞台俳優であり演出家の家福(かふく)は、愛する妻の音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう――。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。さらに、かつて音から紹介された俳優・高槻の姿をオーディションで見つけるが……。

喪失感と“打ち明けられることのなかった秘密”に苛まれてきた家福。みさきと過ごし、お互いの過去を明かすなかで、家福はそれまで目を背けてきたあることに気づかされていく。

制作年: 2021
監督:
出演:
  • BANGER!!!
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