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統合失調症の幻聴・妄想・不安を疑似体験『クリーン、シェーブン』伝説の問題作が25年ぶり復活上映

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統合失調症の幻聴・妄想・不安を疑似体験『クリーン、シェーブン』伝説の問題作が25年ぶり復活上映
『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

心の病を理解することの難しさ

普通の生活とは一体何なのか? 考えてみる。朝起きて、会社や学校に行ってやるべきことをやり、ご飯を食べ、友人とコミュニケーションをとり、家に帰り、寝る。心身共に健康な人間は、このルーティンで“現実以外”からの干渉を受けることはないだろう。しかし、人は病む。心も躰も。

朝起きられない……だって、会社や学校に行くのが辛いから。飯が食えない、食っても吐く……体の形が変わるのが怖いから。コミュニケーションがとれない……他人が怖いから。家に帰りたくない……家族が嫌いだから。寝られない……明日が来るのが怖いから。様々な悩みや圧力、そして嫌悪が人を苛み、蝕んでいく。それが酷くなると適合障害、パニック障害、PTSDなど心の病気を発症する。――こう書いてはみたものの、心の病の発症原因は明確に解明されておらず、回復はすれども投薬が必要だったり、再発しやすかったりとなかなか難しい。一番難しいのは「罹患している人間が如何に苦痛にまみれているか」を理解することだ。先日、とある漫画が統合失調症患者に対する偏見を生むとして批判を受けていたことを考えれば解るだろう。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

劇場を出たとき、あなたは健康でいられることのありがたみを知る

1993年の映画『クリーン、シェーブン』(日本公開:1996年)は、“精神的ダメージを与える映画”としてスリラー味を全面に押し出している。しかし、実際は観客に統合失調症を疑似体験させる映画である。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

監督のロッジ・ケリガンは数年間、統合失調症に関するリサーチを行い、脚本を書き上げた。

統合失調症を患った人の主観的な“現実”を検証し、観客をその立場に置いて、私が想像した症状――幻聴、被害妄想の高まりや、散らかった感情、そして言いようのない不安――を体験してもらおうとしたんだ。

このケリガン監督の野望は達成されている。主人公のピーターは精神病院から退院したての、まさに“クリーン、シェーブン”(ひげ剃りたてのサッパリ状態)だが、その症状は決して回復しているとは言えない。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

やむなく里子に出された娘に会いにいこうとするピーター。しかし、車のラジオから奇妙な声が聞こえ、なぜか鏡を直視できない。焦燥に駆られ頭頂部をナイフでえぐり、生爪を剥ぎ、血まみれになりながらひげを剃る。とはいえ、彼の周りの人々がマトモな人間かというとそうでもない。ピーターの母親は彼の話を全く聞かず、一方的に捲し立て、孫娘と彼を会わせることの邪魔をする。折しもピーターの退院とほぼ同時に発生した幼女殺害事件を担当する刑事は、ピーターを犯人と決めつけ、偏見に満ちた捜査を行っている。ピーターを目撃した住民は、彼の奇行を気持ち悪がり、事実と真逆の証言をする。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

いつ心を病み、普通の生活ができなくなるかもしれないあなたのために

『クリーン、シェーブン』は「統合失調症患者が犯罪を起こす」スリラーではない。あくまで統合失調症患者の苦しみ――幻聴、妄想、不安や制御不能な感情――と併せて、偏見を捨てることや介助の必要性をヒシヒシと感じさせるもので、その“感じさせる”体験そのものががスリリングなだけである。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

そのためにひたすらピーターと観客のシンクロを狙った本作は、彼の苦痛そのもの。もはや拷問である。中でもサンドイッチを作る場面は哀しい。母親に何か食べるかと聞かれ、要らないと答えたにもかかわらず母親は目の前に乱暴に食材を置く。食べる気などないのにピーターは丁寧にマスタードを塗り、トマトを潰すように切る……。母親の冷たい態度に、どうしていいか分からずただ戸惑い、目の前のサンドイッチをただ組みたてているだけなのだ。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

精神を病んだ者が内外から受ける苦しみ、そして彼らに対して周囲がなすべきことを明確にするために、映画は幼女の殺人事件を織り交ぜた。統合失調症を患うピーターが犯人である可能性を設定したのだ。さらに観客にそう思わせるように仕向けている。しかし、彼が犯人だという決定的な証拠はない。映画のラスト、一定の結論が出されるが、それでも事件の犯人がピーターかどうかはわからない。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

筆者はこの件についてこう考える。「彼が犯人であろうとなかろうと、その結論を出した観客自身が責任を取るべきだ」と。

『クリーン、シェーブン』はひどく苦痛に満ちた映画で、気軽に観られる映画ではないだろう。しかし、観る価値はある。いつ心を病み、普通の生活ができなくなるかもしれないあなたのために。

『クリーン、シェーブン』© 1993 DSM Ⅲ Films, Inc. © 2006 Lodge Kerrigan. All Rights Reserved.

文:氏家譲寿(ナマニク)

『クリーン、シェーブン』は2021年8月27日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

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『クリーン、シェーブン』

頭に受信機、指に送信機。男はそう信じていた。施設出所後、男は里子に出された娘を探し故郷に戻るが、図らずも幼児殺人容疑で刑事に追われ、その世界は混迷を極めていく。

制作年: 1993
監督:
出演: