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父親は連続殺人鬼!?『クローブヒッチ・キラー』はジュブナイル・スリラーを低温調理した変態ムービー

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父親は連続殺人鬼!?『クローブヒッチ・キラー』はジュブナイル・スリラーを低温調理した変態ムービー
『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

真っ赤で生々しい低温調理スリラー

今の性教育がどのように行われているのか筆者は明るくない。筆者が経験した昭和のロートル教育において、生殖行為を知ったときの衝撃は大きかった。が、その行為自体は本能的に理解できたと記憶している。しかし、自分の親がセックスをしていると思うと、何か知ってはいけないことを知ってしまった気がして、如何ともしがたい気持ちになった。

映画『クローブヒッチ・キラー』は、“実はド変態な連続殺人鬼”という父の秘密を知ってしまった少年の物語だ。もはやセックスどころの話ではない。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

ひょんなことから、家族やお隣さんが犯罪者であることに気がついた少年たちが右往左往……もはや使い古されたプロット。最近では「殺人鬼も誰かの隣人だ」のキャッチコピーで売り出された『サマー・オブ・84』(2017年)が記憶に新しい。『サマー・オブ・84』は、ちょっと変わったアプローチを行った。少年たちを取り返しのつかない地獄へ堕とし、観る者に深い傷を残したのだ。『ディスタービア』(2007)等がもつ従来のジュブナイル・スリラーの楽観性を根底から否定したのである。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

使い古されたプロットでも作品に“いかに火を通すか?”で、まったく“うまみ”が変わってくる。『クローブヒッチ・キラー』は、10代という“若い肉”を低温調理をすることで、真っ赤で生々しいスリラーに仕上がった。

本作の監督、ダンカン・スキルズは語る。

ずっと連続殺人犯の研究をしてきたんだ。だから彼らに関する映画を作りたかった。でも“人間”としてのシリアルキラーは嫌いだから、主人公にはしたくなかったんだよね。不健全な映画だろ? そういうのは。だから家族の視点からやってみたらどうかなって思ったのさ。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

残酷描写ほぼナシ! 映像のインパクトに頼らず物語で“健全勝負”する

ケンタッキー州に住む主人公のタイラーは、車の中から見つかったボンデージポルノ写真を発端に、彼女にフラれ、友人からは変態呼ばわりされ、もっとタチの悪いことに父親は連続殺人鬼ではないか? という疑念地獄にたたき落とされる。『コップ・カー』(2015年)をはじめ辛辣な青春物語を書かせたらピカイチのクリストファー・フォードとの共同脚本は、非常にサスペンスフルだ。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

その一方でダンカン・スキルズは、殺人犯の作り込みにも執着した。本作の連続殺人犯は女性を縛り上げ(Bind)、拷問して(Tourture)、殺す(Kill)という手口で、明からに「BTKキラー」と呼ばれた殺人鬼デニス・レイダーがお手本となっている。ところが彼は「デニスのことは参考にはしたけどさ、他の殺人犯からも引用したよ。特定の殺人鬼にフォーカスするのは不健全だろ?」

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

――実のところ彼は、健全なサイコスリラーを撮りたいのだ。殺人犯の異常心理に興味がなく、殺人犯自身やその家族が抱えるジレンマに魅せられている。だから“普通”の視点で「殺人犯に家族がいたらどうする?」「家族が殺人犯だったらどうする?」と映画は我々に尋ねてくる。

そのため本作はリアリズムにこだわった。バイブルベルトど真ん中のケンタッキー州を舞台に選び、登場人物が宗教的ジレンマを抱えやすくしているのがその最たる特徴だ。タイラー一家はそれぞれ別のべクトルで宗教にとらわれている。妻は夫の悪行を知り、神への奉仕で彼を救おうとする。一方で夫は信仰心の強さをアピールすることで神を隠れ蓑として利用し、自身の変態性を隠す。そして、ただ言われるがままの教会通いを続けていたテイラー。彼にとって、神など他人の拠り所でしかないことが映画の最後に示される……といった具合だ。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

タイラーと共に捜査に乗り出すキャシーの存在も重要。彼女は母をクローブヒッチ・キラーに殺害された過去を持つ。2人の関係は最終的にセックスを伴わない人生の共有者となり、“真犯人”を追い詰めるきっかけとなる。『IT/イット』シリーズ(2017年/2019年)でも諸事情により実写化できなかった、“困難にぶちあたった男女の深い繋がり”を真っ正面から描こうと試みている。これは非常に素晴らしい試みだ。しかも、健全・不健全の両面性も持たせてあり、ここでもジレンマが描かれている。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

配役にも一癖持たせている。渦中の父を演じるドンに、品行方正なイメージが強いディラン・マクダーモットを起用。生え際を剃らせ、腹には偽の脂肪をまとわせて撮影に挑ませた。また本作は連続殺人を描いているにもかかわらず、残酷描写は皆無に等しい。ネットで気軽に本物の残酷映像を見られるのに、映画でわざわざそんなことする必要はないという持論を持っているダンカンは、大の残酷描写嫌いを公言しているからだ。

若々しい10代という極上の食材を強火で焼いてインパクト重視になりがちなスリラーをあえて、じっくりと低温調理して半生で楽しんでもらおうというワケだ。それ故、『クローブヒッチ・キラー』は映像のインパクトに頼らない、物語で“健全勝負”する生々しい真っ赤で味わい深いスリラーとなったのだ。

『クローブヒッチ・キラー』© CLOVEHITCH FILM, LLC 2016 All Rights Reserved

文:氏家譲寿(ナマニク)

『クローブヒッチ・キラー』は2021年6月11日(金)より新宿武蔵野館ほか公開

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『クローブヒッチ・キラー』

16才の少年タイラーは、信仰を重んじる小さな町の貧しくも幸せな家庭で暮らしている。ある日、ボーイスカウトの団長も務め、町でも信頼の厚い父親ドンの小屋に忍び込んだタイラーは、猟奇的なポルノや不穏なポラロイド写真を見つけてしまう。調べを進めてゆくにつれ、10年前に起きた未解決事件「巻き結び(クローブヒッチ)連続殺人事件」の犯人が父親ドンなのではと、日ごと疑惑は増すばかり。同じく事件を追う少女カッシに協力を求め、真相を究明しようとするが……。

制作年: 2018
監督:
脚本:
出演: