スマホもネットも無い時代の“6週間”の初恋『Summer of 85』はフランソワ・オゾンが思い入れたっぷりに描く最新作

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ライター:野中モモ
スマホもネットも無い時代の“6週間”の初恋『Summer of 85』はフランソワ・オゾンが思い入れたっぷりに描く最新作
『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

忘れがたき恋、出会いから別れまでの6週間

夏の海辺、少年が経験する鮮烈な恋。フランソワ・オゾン監督は『Summer of 85』で、17歳の時に出会って深く影響を受けたという小説を、若者たちの特別な時間を慈しむような大人のまなざしをもって、のびやかに映像化している。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

原作小説は、イギリスの作家エイダン・チェンバーズが1982年に発表した「おれの墓で踊れ」。日本では1997年に翻訳出版され、今回の映画の公開にあわせて文庫化される運びとなった。オゾンは1985年にこの作品を読んで大きな感銘を受け、いつか映画化したいと願っていたそうだ。このたび35年越しの願いを叶えるにあたって、原作ではイギリスだった舞台をフランスに移し、時代設定も少しだけ変えて、自分の色に染めている。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

映画がはじまるとすぐに、主人公の少年アレックス(フェリックス・ルフェーヴル)が既に恋人を失い、困った状況に立たされていることが明らかにされる。彼は自分が「死に憑かれている」と宣言し、ダヴィド(バンジャマン・ヴォワザン)との出会いから別れまでの6週間を振り返って文章を綴るのだ。不穏な導入だが、ここでの死への執着はすなわち生命の輝きを強調するものだから、全体の印象は決して暗くはない。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

海辺の街に暮らすアレックスは進路に悩む16歳。大学に進学したいが、親たちにはなるべくはやく働きはじめて金を稼ぐことを期待されている。そんな彼の前にあらわれたダヴィドは、見目麗しく自由奔放な18歳。亡くなった父親の代わりを務めるかのように、押しの強い母親の経営する店を手伝っている。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

アレックスとダヴィドは急速に惹かれ合い、陽光きらめく海や夜の遊園地で青春を謳歌する。しかし、完璧に幸福な時間は長くは続かないのだった。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

若きハンサムたちの生き生きとした演技、時代を映し出すファッション

アレックス役のルフェーヴルは、ジェットコースターのような恋愛を経験して少年の顔つきが変わっていくのをしっかりと印象づける。ダヴィド役のヴォワザンは、ちょっと危険な“あの時代のハンサム”のオーラをまとって、非現実的なところのある“夢の恋人”をいきいきと演じている。ふたりとも今後の活躍が期待される若き才能だ。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

メインのふたりの脇を固めるアクターたちも、それぞれに味がある。フィリッピーヌ・ヴェルジュ演じる、イギリスからオペア(現地の家庭に住み込みでベビーシッターや家事をして生活費をまかなう留学制度)でやってきたケイトは、ショートヘアがよく似合っていて、当時のニューウェイブっぽい気分のファッションも目に楽しい。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

オゾンの前作『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(2019年)の主演のひとりだったメルヴィル・プポーが、今回がらりと雰囲気を変えてアレックスの先生を演じているのもファンは嬉しいだろう。ダヴィドの母親役ヴァレリア・ブルーニ・テデスキと、アレックスの母親役イザベル・ナンティの濃い存在感も、フランソワ・オゾンの映画らしいと言えそうだ。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

音楽はエレクトロ・デュオ「Air」の片割れジャン=ブノワ・ダンケル。これまでに映画音楽の仕事は、Airで『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)、ソロで『21世紀の資本』(2019)などを手掛けてきた。既存曲ではロッド・スチュワート「Sailing」、ザ・キュアー「In Between Days」が大々的に使われているので、歌詞を予習して臨むといいかもしれない。

携帯電話もインターネットも無い時代の刹那的な恋、いまの若い世代がどう感じるのかはわからない。しかし80年代前半の音楽やファッションがわりと好きで興味がある中年としては、要所要所で「エリック・ロメールの映画で見たやつ!」なんて思い出しつつ、まぶしい夏の時間に浸ることができた。作りたくて作る映画、思い入れのある大切な原作に丁寧に向き合った映画っていいものだな、という、あたりまえのことを再確認させられる仕事だと思う。

『Summer of 85』© 2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES

文:野中モモ

『Summer of 85』は2021年8月20日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開

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『Summer of 85』

セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックスは、突然の嵐に見舞われ転覆してしまう。そんな彼に手を差し伸べたのは、ヨットで近くを通りかかった18歳のダヴィド。運命の出会いを果たした二人だが、その6週間後に、ダヴィドは交通事故で命を落としてしまう。

永遠の別れが訪れることなど知る由もない二人は急速に惹かれ合い、友情を超えやがて恋愛感情で結ばれるようになる。アレックスにとってはこれが初めての恋だった。互いに深く想い合う中、ダヴィドの提案によって「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てる二人。しかし、一人の女性の出現を機に、恋焦がれた日々は突如終わりを迎える。嫉妬に狂うアレックスとは対照的に、その愛情の重さにうんざりするダヴィド。二人の気持ちはすれ違ったまま、追い打ちをかけるように事故が発生し、ダヴィドは帰らぬ人となってしまう。悲しみと絶望に暮れ、生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドとあの夜に交わした誓いだった─。

制作年: 2020
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