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台北人が南部へ旅する意味とは?『1秒先の彼女』台湾新世代の異端児チェン・ユーシュン監督インタビュー

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ライター:#永岡裕介
台北人が南部へ旅する意味とは?『1秒先の彼女』台湾新世代の異端児チェン・ユーシュン監督インタビュー
『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

話題沸騰! チェン・ユーシュン最新作

2020年の台湾で最も注目を集めたラブコメムービー『1秒先の彼女』が、ついに日本公開を迎える。「記憶」と「時間」を軸に展開する斬新なアイデアとストーリーで、中華圏で最も権威ある映画賞<金馬奨(Golden Horse Awards)>でも5部門を獲得し、日本公開を待ち望む声も多く聞かれた話題作だ。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

何をするにも“ワンテンポ早い”郵便局員シャオチー。朝目覚めると、デートを楽しみにしていた「七夕情人節(チャイニーズバレンタインデー)」が記憶もなく過ぎ去っていた!? 消失の秘密の鍵を握るのは毎日郵便局にやってくる、何をするにも“ワンテンポ遅い”バス運転手のグアタイ。消えた「1日」の秘密を紐解く旅の果てに見つけた奇跡とは……。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

監督を務めたのは、既存のエンタメ作品や台湾ニューシネマさえも到達できなかったオフビートな映像表現で、台湾映画クラシックとして世代を問わず多くのファンを持つ名作『熱帯魚』(1995年)、『ラブ ゴーゴー』(1997年)の陳玉勳(チェン・ユーシュン)。独特のユーモアと、世の中から少しはみ出してしまう人々に優しく寄り添う眼差しは健在。まさに「原点回帰」の一作と言えそうな本作に込めた思いを、ユーシュン監督にオンラインインタビューで聞いた。

チェン・ユーシュン監督 ©MandarinVision

「ヤモリの化身“壁虎(ビーフー)”は淘汰されていくものに対する愛惜の象徴」

―3年ぶりとなる新作『1秒先の彼女』は、前二作『祝宴!シェフ』(2013年)、『健忘村』(2017年)のダイナミックなスケールから打って変わり、このたび日本で同時上映が決定した90年代初期の傑作『熱帯魚』や『ラブ ゴーゴー』のテイストを彷彿させる作品となっています。やはり原点回帰という思いはあったのでしょうか。

スタイル自体は確かに、過去の作品と近いものを感じるかもしれませんね。今作の原案は『ラブ ゴーゴー』の完成直後に書いた20年以上前の脚本ですが、手紙やラジオといったコミュニケーションの手段が過去のものとされる現代だからこそ、結果的に当時は描くことができなかった豊かな感情表現に富む作品に仕上がったと思います。

―ノスタルジックなアイテムが物語の鍵となっているのは、そうした理由があったのですね。

ネットの普及以前と現在では、やはり人々の感情の表現方法も大きく変化したと思います。脚本を仕上げるにあたり、手紙やラジオといった要素を現代の劇中に合理的に配置するために時間と労力を費やしました。私自身にとって、こうしたコミュニケーション手段には思い入れが深く、懐かしい思い出でもあります。確かに現代社会のコミュニケーションとはかけ離れたものかもしれませんが、手紙をしたためる時間や相手に届くまでの時間、物質的な重みによって相手への気持ちが醸成されていたと思います。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

―劇中に登場するフィルムの現像所のように、ノスタルジックな風景がいまだに生きている台北だからこそ、アイテムのリアリティも説得力を保ち、それが本国台湾でも幅広い観客層に受け入れられた要因の一つだったのではと思いました。

私の年齢のせいもあるかもしれませんが、やはり古いモノに対する愛着の思いは強いですね。人生の中で忘れられた「遺失物」を収集して管理している“壁虎(ビーフー)”ことヤモリの化身は、まさに淘汰されてなくなってしまうものに対する愛惜の象徴だと言えますね。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

「理解され存在を肯定されることで、心の中で欠けた何かを埋めることができる」

―台北で生活していた私からすると、本作の二人の主人公の職業(郵便局員とバスの運転手)は人間観察の比較対象として、とても面白い職業だと感じました。個々の性格の違いや対応の違いが如実に現れますから(笑)。“ちょっと早い”郵便局員のシャオチーと“ちょっと遅い”バス運転手のグアタイという二人の主人公が生まれた経緯について、エピソードがあれば教えてください。

実際に私の周りに彼らの様な性格の友人がいたこともありますが、実は脚本を書き始めた頃は撮影の仕事がほとんどなく、プライベートの時間がたくさんあったので、家でよくテレビの野球中継なんかを観ていたんです。その時、ふと「リズム」というものに関心が向きました。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

野球であれば、ピッチャーとバッターのリズムがぴったり重なったその一瞬がヒットやホームランになるわけですが、この異なる2つのリズムの差を人間の性格に置き換えてみたら面白いのでは、と考えました。テンポの早い女性とテンポの遅い男性が邂逅する瞬間に、一体どんな化学反応が起こり得るのかを想像したのです。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

―“ちょっと早い/ちょっと遅い”性格ゆえに世間からはみ出している二人ですが、『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』もやはり世間からはみ出しながらも、なんとかそこに合わせて生きている人たちに賛歌を送る、そんな物語でした。

どのキャラクターも、それぞれ心の中に欠けた部分や寂しさがあります。自分を理解されないことの寂しさですね。

―かつては監督ご自身も、そうした劣等感などによって欠落した感情を抱いたこともあったかと思いますが、歳を重ねて映画監督となった今、その感情はどのように変化しましたか?

20年前には成し得なかった感情表現を今現在の自分の経験と重ねて、一本の映画を作れたことはとても幸福なことだと思います。テクニックの面でも、以前の自分では今のように人間の感情を深く描き込むことは難しかった。具体的に言うならば、20年前の私では描くことができなかった存在は、本作におけるシャオチーの失踪した父親でしょうか。彼は人生の中で大きく挫折した経験を抱えるキャラクターですが、この映画を観た方であれば、彼にも理解者がいることがわかるはずです。理解され、存在を肯定されることで、心の中で欠けた何かを埋めることができる。これは本作の大きなテーマの一つです。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

「台北の人々にとって、南部に行くことには“ひとまず現実から一旦離れてみる”といった意味がある」

―物語中盤、バス運転手のグアタイが乗る台北の市バスが南部の漁村を走ります。都会のバスと、満ち潮に囲まれた一本道が思いがけず重なることにより、誰も見たことがないファンタジーが現れる、とても美しいシーンでした。台北で暮らす人々が南部での体験を通して自分を見つめ直すというプロットは、過去の作品にも共通します。監督自身は台北出身だそうですが、監督にとって「台北」と「南部」は、どういう意味を持ちますか?

台北で生活する人たちは、どうしたって日々の生活の中で様々なプレッシャーを感じながら生きていると思います。台北の人々にとって南部に行くということは、「ひとまず現実から一旦離れてみる」「生きる意味を考える猶予を与える」という意味があるように思います。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

台北の生活環境からすると、南部の景色はまるで現実とは違うファンタジーの様に見えます。とはいえ、この土地での解放はあくまで一時的なものであり、私は作品の中で必ず彼らを現実(台北)へ連れ戻すことを選んできました。心の変化を持ってすれば、そこで生きていくことは可能で、それこそが作品に込めた私の思いです。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

―その「台北と南部」の関係性は、本作でグアタイを演じたリウ・グァンティンも出演しているドラマ『お花畑から来た少年(原題:花甲大人轉男孩)』(2017年)や、『いつでも君を待っている(用九柑仔店)』(2019年)など、近年の台湾の人気ドラマにも共通するテーマであり、まさに監督の世代がその礎を築いたとも言えると思います。それでは最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。

『1秒先の彼女』が日本で公開されることになって、とても嬉しく思います。ぜひ日本の皆様にも楽しんで観ていただきたいです。誠心誠意を込めて、この映画を撮りました。私自身とても好きな作品となりました。きっと日本の観客のみなさんにも気に入っていただけると思います。

『1秒先の彼女』©MandarinVision Co, Ltd

取材・文:永岡裕介

『1秒先の彼女』は2021年6月25日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』デジタルリストア版は2021年6月11日(金)~6月24日(木)までアップリンク吉祥寺、2021年7月2日(金)~7月8日(木)までアップリンク京都で上映

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『1秒先の彼女』

郵便局で働くシャオチーは、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。何をするにもワンテンポ早い彼女は、写真撮影では必ず目をつむってしまい、映画を観て笑うタイミングも人より早い。ある日、ハンサムなダンス講師とバレンタインにデートの約束をするも、目覚めるとなぜか翌日に。バレンタインが消えてしまった……!?

消えた1日の行方を探しはじめるシャオチー。見覚えのない自分の写真、「038」と書かれた私書箱の鍵、失踪した父親の思い出……謎は一層深まるばかり。どうやら、毎日郵便局にやってくる、人よりワンテンポ遅いバスの運転手・グアタイも手がかりを握っているらしい。そして、そんな彼にはある大きな「秘密」があった――。

失くした「1日」を探す旅でシャオチーが受け取った、思いがけない「大切なもの」とは……!?

制作年: 2020
監督:
脚本:
出演: