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権力者の背後に“悪”のニオイあり!? ニクソン、チェイニー、吉田茂……名作映画から政治ドラマの面白さと難しさを紐解く

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ライター:#谷川建司
権力者の背後に“悪”のニオイあり!? ニクソン、チェイニー、吉田茂……名作映画から政治ドラマの面白さと難しさを紐解く
『フロントランナー』© 2018 Front Runner, LLC. All Rights Reserved.

ハリウッドとアメリカ政界の浅からぬ関係

ハリウッドの映画産業界とワシントンDCの政界とは、まったく水と油の別世界のようだが、実は奥深くでは繫がっている。黄金期ハリウッドの8大メジャー映画会社のひとつ、RKO映画を、複数の弱小会社を統合して作り上げたのはジョセフ・P・ケネディだが、彼はそのRKOを売却して得た資金を元手に政界への足掛かりとし、自身は駐英大使となり、息子のジョン・F・ケネディを大統領にした。

――そのJFKと愛人関係にあったのがマリリン・モンローだったことは有名だが、JFKの妹は俳優ピーター・ローフォードと結婚、姪のマリア・シュライヴァーはアーノルド・シュワルツェネッガーの夫人となった(どちらも後に離婚)。

そんなケネディ一族以外にも、例えばクリント・イーストウッドはカリフォルニア州カーメルの市長を務めたし、シュワルツェネッガーはかつてリチャード・ニクソンが出馬したもののなれなかったカリフォルニア州知事を務めた。

また、ケネディ政権下で合衆国広報庁(USIA)長官を務めた元CBSテレビの顔=エドワード・R・マローは配下の映画部門責任者に著名映画監督の息子ジョージ・スティーヴンス・Jrを抜擢したし、後には映画俳優から政治家に転身し、カリフォルニア州知事を経て大統領にまで上り詰めたロナルド・レーガンのケースが世間をあっと言わせた。

政治ドラマは面白い。なぜなら権力には必ず腐敗や不正の匂いがするから!

そんな政界への親近感なのか近親憎悪なのかはわからないが、ハリウッドは昔から政界を舞台としたドラマをたくさん映画として描いてきた。古くは『スミス都へ行く』(1939年)、『オール・ザ・キングスメン』(1949年)、『ルーズベルト物語』(1960年)から、『候補者ビル・マッケイ』(1972年)、『大統領の陰謀』(1976年)、『ニクソン』(1995年)、『ブルワース』(1998年)と、有名政治家の実話から、実話をベースとしたフィクション、完全なフィクションまで、虚実取り混ぜてさまざまな政治ドラマがメインストリームのハリウッド映画として製作されてきた。

日本だと政界をモデルとした映画であって、かつエンターテインメントとしても面白い作品というのは、森繁久彌が吉田茂首相を演じた『小説吉田学校』(1983年)などうまくいった例もあるが、基本的にはハードルが高く、ほとんど製作されない。

ハリウッドでそういった作品がたくさん作られるのは、観客に人気があるからに他ならないが、ではなぜ、ポリティカル・ドラマに人気があるのだろうか? その理由とは、おそらく政治家=権力を掴もうとする者の背後に、必ずといってよいほど腐敗や不正など“悪”の匂いがするからではなかろうか。

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政治家を追い詰めるマス・メディアの闘いに溜飲を下げる!

腐敗や不正を嗅ぎつけて報道を通じてこれを暴き、権力の座にある者に鉄槌を下すのはマス・メディアの最も重要な機能であり、多くのポリティカル・ドラマというのが、そうしたジャーナリストの側から描いたものだ。ウォーターゲート事件の実話を、報道によってついに史上初めて大統領を辞任にまで追い込んだワシントン・ポスト紙の記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインの側を主人公に描いたのが名作『大統領の陰謀』だが、近年、このニクソン時代のアメリカ政界とジャーナリストたちを描いた3本の作品が相次いで製作され、相変わらずの観客の関心の高さを示した。

描いている内容の時系列の順でいうと、まず政府のヴェトナム戦争関連の機密文書をリークすることでニクソン政権の屋台骨を揺るがしたエルズバーグ事件を描いたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)、次にウォーターゲート事件の裏でボブ・ウッドワードに密かに内部情報をリークして“ディープスロート”の暗号名で呼ばれた当時のCIA副長官マーク・フェルトをリーアム・ニーセンが演じた『ザ・シークレットマン』(2017年)、そして辞任に追い込まれた後のリチャード・ニクソンが政界への復帰を画策していた中で、英国のバラエティ番組の司会者ゆえに御しやすいと判断されて巨額の出演料と引き換えに単独インタビューの機会が与えられたデイヴィッド・フロストが予想に反してニクソンを追い詰め、政界復帰断念に追い込んだ対決を描く『フロスト×ニクソン』(2008年)だ。

政治家自身を主人公にした場合にハードルが高くなるのは何ゆえか?

手練れのスピルバーグが、メリル・ストリープ&トム・ハンクスのトップ・スター二人を使って描いた『ペンタゴン・ペーパーズ』は、メディア側のワシントン・ポスト紙の社主と編集主幹も、リークした側のダン・エルズパーグも、実際の人物たちの顔までは比較的観客に知られていないから純粋に娯楽映画として楽しめるし、『ザ・シークレットマン』でのマーク・フェルトにしても顔を知られていないのは同様なのだが、ことリチャード・ニクソン大統領となるとそうはいかない。

アメリカ大統領というのは、その顔が世界中で知れ渡っているし、観客の誰もがその人物の顔についての自身の確固たるイメージを持ってしまっているから、俳優がいかに巧みにその人物を演じても、どうしても違和感が拭い去れないのだ。

『フロスト×ニクソン』でニクソンを演じたフランク・ランジェラは、同作の演技でオスカー・ノミニーとなったが、髪形やしゃべり方を当時のニクソンに似せてはいたものの顔の造作や骨相が基本的にブルドッグ顔のニクソンとはまったく異なるし、あえて特殊メイクで似せようともしていなかったように思える。……現代の観客の何割くらいがニクソンの在職時を知っているかはわからないが、少なくとも筆者を含む50歳以上の観客には本物のニクソンのイメージがあまりにも強いのだ。

アンソニー・ホプキンスがタイトル・ロールを演じた『ニクソン』も同様だったが、どうしても“ニクソンを演じているフランク・ランジェラ”や“ニクソンを演じているアンソニー・ホプキンス”にしか見えず、物語に没入することができない。ちなみにランジェラは、ドラキュラ役の頃から大好きな俳優なのだが……。

その点、政治家としてはニクソンより少し後の人物であっても、『フロントランナー』(2018年)でヒュー・ジャックマンが熱演したゲイリー・ハート上院議員の場合は、1988年の大統領選挙で民主党大統領候補の座を獲得するまであと一歩のところでスキャンダルで退場したことはよく覚えているものの、顔のイメージがそれほど強く脳裏に焼き付いていたわけではなかったから、すんなりと物語に没入することができた。

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『バイス』と『日本独立』が描いた政治家像の共通点とは?

ニクソンと同じことは、『13デイズ』(2000年)でJFKを演じたブルース・グリーンウッドや、『LBJ ケネディの意思を継いだ男』(2016年)でリンドン・B・ジョンソン大統領を演じたウディ・ハレルソンにしても言えるのだが、政治家自身を主人公とした映画では、その政治家が大物であればあるほど、演じる俳優にとってはすべての観客を満足させるハードルは高くなる。その点、日米の二作品が近年では出色の出来だった。

『バイス』(2018年)の主人公ディック・チュイニーは言うまでもなく、ジョージ・ブッシュ大統領(パパ・ブッシュ)政権時の国防長官、息子のジョージ・W・ブッシュ大統領政権時の副大統領で、世界中の観客にとって記憶に新しい人物。正邪併せ持つような複雑怪奇な人物だが、演じたクリスチャン・ベールのなりきりぶりは驚異的で、役作りのために18キロも体重を増量したロバート・デ・ニーロ顔負けのアプローチで、見事ゴールデングローブ賞主演男優賞に輝いた。

一方、日本映画でも、2020年12月に公開されたばかりの新作『日本独立』(2020年)では、小林薫が吉田茂首相になり切っていて、こちらもビックリさせられた。小林薫は、やや下がり眉である以外、吉田茂に似ている点は一切ないが、江川悦子の特殊メイクの力もあいまって下膨れの吉田茂の顔になっただけでなく、その老獪な個性までもしっかりと自分のものにしていた。見事というほかない。

ディック・チュイニーと吉田茂は、言うなれば掴みどころのないモンスター的人物というところに共通点があったのかもしれない。

マイケル・ダグラスがロナルド・レーガンを演じるということの意味

さて、ニクソンが没したのは今から27年前の1994年。そのちょうど10年後の2004年に没したのがロナルド・レーガン大統領なのだが、何とこのたび、そのレーガンとソ連のミハエル・ゴルバチョフの二人が東西冷戦に終止符を打つきっかけとなった1986年のアイルランドでの首脳会談を描いた、パラマウント映画製作のテレビ・シリーズ『Reagan and Gorbachev(原題)』の製作が発表された。

注目すべきはそのキャスティングなのだが、ゴルバチョフ役には『007/スペクター』(2015年)と公開待機作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年公開予定)でジェームズ・ボンドの宿敵エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドことフランツ・オーベルハウザーを演じたクリストフ・ヴァルツ、そしてレーガン役には何とマイケル・ダグラスが扮することになった。

眼鏡や額のシミ(失礼!)で特徴の出しやすいゴルバチョフは誰が演じるにせよ何となく想像がつくのだが、マイケル・ダグラスとロナルド・レーガンはどちらも顔のイメージが強烈すぎて、いったいどんなことになるのか想像もつかない。俳優としてこれほど難しい役柄を演じる機会はめったにないだろうと思うが、果敢にレーガン役に挑むマイケル・ダグラスの勇気をまずは称えたい。

ちなみに、映画俳優としてのロナルド・レーガンの最期の出演作は、ドン・シーゲル監督による、筆者の大好きなハードボイルドの傑作『殺人者たち』(1964年)なのだが、現金輸送車強奪グループのボス役として登場するレーガンはカリフォルニア州知事になる直前で、ほぼ大統領時代の印象のままなので、アメリカ大統領としてのレーガンしか知らない人が見たら、大統領がギャングのボスを演じているような不思議な感覚を味わえるに違いない。

文:谷川建司

『フロントランナー』『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年3月放送

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