【映画の今、世界の今】『フロントランナー』ゲイリーとヒラリー、米大統領になれなかった男と女。

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ライター:越智道雄
【映画の今、世界の今】『フロントランナー』ゲイリーとヒラリー、米大統領になれなかった男と女。
『フロントランナー』
1988年の米大統領選で「ケネディの再来」と持て囃されたゲイリー・ハート上院議員。自他共に認める最有力候補だった彼を見舞った、世紀の不倫スキャンダルを描く伝記映画『フロントランナー』が2019年2月1日(金)から公開される。ハートをヒュー・ジャックマンが演じ、『JUNO/ジュノ』(監督)、『セッション』(製作総指揮)のジェイソン・ライトマンがメガホンを握った本作を、アメリカ政治・文化研究の第一人者、越智道雄氏はどう観たのか。

ゲイリー・ハートとヒラリー・クリントンの失脚に見る、苛烈な公人叩き

Hugh Jackman stars as Gary Hart in Columbia Pictures’ THE FRONT RUNNER.

この映画が『フロントランナー』と題され、1980年代の出来事を今頃掘り返す背景を推し量るには、フロントランナーの失墜としては最近の事例、ヒラリー・クリントンがトランプに一般投票で200万票の差をつけながら選挙人制度というおかしな制度で敗れた意外さを、ゲイリー・ハートの失脚に仮託した可能性くらいだろう。

実際、この映画では共和党候補ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュはニュースで言及されるだけだが、ブッシュの凄腕参謀、リー・アトウォーターがハートの膝に腰を下ろしたドナ・ライス(ハートの情事の相手と見られた)の合成写真をばらまいた(参謀自身、ジャーナリストに言いふらしている)事実は映画では全く言及されないのだ。あくまでライスとの情事説に食らいついた<マイアミ・ヘラルド>の記者等が火付け役で蠢動するだけである。

とはいえ、メディアはトランプと全面対決したが、ヒラリー・クリントンの場合、国務長官時代に機密事項だらけのメールのやりとりを国務省の公用メールでなく、自宅の私用メールを使った一件だけにメディアの非難が集中した。しかし、ヒラリー・クリントンはトランプのように「横紙破り」はやれない、従来の政治家らしく行儀のいい人物だが、このメール問題でのメディアのヒラリー叩きはこの映画のハート叩きに優るとも劣らない苛烈さだった。

むしろ夫のビル・クリントンのほうがモニカ・ルインスキーの一件をはじめ、ハートなど足下にも及ばない乱脈ぶりを発揮(モニカの膣に差し込んだ葉巻を吸って「味がよくなった」とうそぶいた)、そういう夫と別れないことでヒラリーはリベラルな女性等の批判を招いた。この夫婦は「ビラリ-(ビル&ヒラリー)」と呼ばれたように、美貌のヒラリーがあくまでビルに固執することでかえってうろんな目で見られた。

野心を捨てなかったハート、陰に回ったヒラリー

Hugh Jackman and Vera Farmiga star in Columbia Pictures’ THE FRONT RUNNER.

夫のビルは、南部では「白人の屑(ホワイト・トラッシュ。以後、WT)」と呼ばれた階層に属する。WTは、遠く17世紀、英本国にあふれていた貧困層で、英本国では彼らの棄て先としての植民地を必要としていた。有名なのが「流刑大陸」オーストラリアだが、アメリカもまたこれらの「棄民」の棄て先とされ、彼らの多くが南部に集中した。最も有名なWTはエルヴィス・プレスリーである(※参考文献参照)。

クリントンの義父は隠れもないWTで、家の中で銃を撃つわ、再婚相手のビルの実母ヴァージニアを殴るわで、身長が義父を追い越したときビルは義父を制圧した。とはいえ、彼の実母もまたWTだったのである。WTらは公民権運動で立ち上がった黒人等をいびった白人等の中核だった。そんなビルがリベラルな民主党員である意外性がヒラリ-を魅了したのか? 彼の性的なだらしなさはWT独特なものだが、それだけに逆にヒラリーを魅したのか?

他方、ハート自身、ビラリーも出たイェールのロースクール卒で、極めて優秀。優秀すぎて政治的野心に駆り立てられ妻や家族を顧みる余裕もなかった。野心は失脚後も継続、2002年にも立候補の道を探ったが、このときはジョン・ケリー候補に道を譲り、ブッシュ息子に敗れたケリーがオバマ政権の国務長官になると、ハートを21世紀の国家安全保障を検討するハート=ラドマン委員会のトップに指名して恩義に報いたが、、その後もケリーはハートを北アイルランドへの特使に任命している。

ヒラリー自身はトランプへの敗退が堪えたとみえ、ハートのような活躍は控えている。しかし、機が熟せばまた動きを回復すると見られる。ハートは妻との家庭を維持し、ヒラリ-も家庭を守り抜いた点は、両者が酷似している点ではある。

『フロントランナー』2019年 2月1日(金) TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー

文:越智道雄

※参考文献 ナンシー・アイゼンバーグ著『ホワイト・トラッシュ アメリカ低層白人の四百年史』(東洋書林)

 

『フロントランナー』

史上最年少の46歳で民主党の大統領候補になった若きカリスマ政治家ゲイリー・ハート。ジョン・F・ケネディの再来と言われた彼は1988年の大統領選予備選で最有力候補《フロントランナー》に一気に躍り出る。しかし、たった3週間後、マイアミ・ヘラルド紙の記者が掴んだ“ある疑惑”が一斉に報じられ、急展開を迎える……。勝利を目前に一瞬にして崩れ去る輝ける未来。その時、ハートは? 家族は? 選挙スタッフは? スクープを求めるジャーナリストは? そして、国民はどんな決断をしたのか?

制作年: 2018
監督:
キャスト:
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