インドはアジアでトップクラスの宇宙開発国!
「はやぶさ2」のカプセル回収大成功で、またまた宇宙探査への関心が盛り上がっている日本。小惑星探査は日本のお家芸となりつつあるが、月や火星への探査ロケットの打ち上げで、アジアの中で一番の実績を誇っているのがインドだ。
インドでは1960年代から宇宙開発事業が始まり、アメリカなどの力を借りての衛星打ち上げを経て、経済発展後の2008年には月探査機「チャンドラヤーン1号」を打ち上げている。「チャンドラ」は「月」、「ヤーン」は「乗り物、宇宙船」を意味するネーミングだ。
インドは火星探査でも中国や日本に一歩先んじていて、2013年11月5日には火星探査機「マンガルヤーン」を打ち上げ、軌道に乗せている。「マンガル」は「火星」の意味で、本作『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』は、「マンガルヤーン」搭載ロケットを打ち上げるまでの、インド宇宙研究機関(ISRO)火星チームの苦闘を描いたものである。
崖っぷちから這い上がれ! 冷や飯食いの寄せ集めチームが火星プロジェクトに挑む
映画の始まりは2010年。ISROは南インド中央部のベンガルール(旧名バンガロール)にあるのだが、そのコントロール・センターでは、遠く離れた東海岸のシュリーハリコータから打ち上げられるロケットの秒読みが行われていた。各部署の担当者から「ゴー!」のサインが出る中、ベテラン女性研究員のタラ(ヴィディヤ・バラン)も「ゴー!」サインを出したものの、直前に部下から上がってきていた小さな不具合の報告が気になっていた。
大勢に影響はない、と判断して出した「ゴー!」だったが、ロケットは上昇中に火を噴き、結局プロジェクト責任者ラケーシュ(アクシャイ・クマール)の緊急指示で自爆となる。この失敗でラケーシュとタラはメインの事業からはずされ、火星探査ロケットの打ち上げに携わることに。しかし火星プロジェクトは、誰もが実現はムリだと思っている案件で、冷や飯食い職員用のセクションだった。
ここから「崖っぷちチームの火星(探査機)打ち上げ計画」が始まるのだが、ラケーシュとタラのもとに集められたのは2人が希望した優秀なベテラン研究者ではなく、経験の浅い若手や、はたまた定年直前の老研究者だった。
メンバーは女性が多数を占め、軽量探査機設計のヴァルシャー(ニティヤー・メネン)、航法・通信技術のクリティカ(タープスィー・パンヌー)、自律システムのネハ(キールティ・クルハーリー)、推進エンジンのエカ(ソーナークシー・シンハー)と、それぞれ専門が異なる4人が揃う。これに積載技術のパルメーシュワル(シャルマン・ジョシ)と構造設計の大ベテランのアナント(H.G.ダッタトレーヤ)という男性2人が加わり、ラケーシュとタラをリーダーに粗末な施設での研究開発が始まったが、予算も少ない上それぞれの個人的問題が噴出して、前途は多難だった……。
宇宙開発にも大貢献! 女性たちの社会進出が進む現在のインドの姿
宇宙開発もの、といえばハリウッド映画の独壇場だが、インド映画もなかなかの水準をいっている。ロケット発射シーンや宇宙での航行シーンなど、さすがCG大国インドだけあって遜色のない出来で引き込まれる。
そのクールな映像の一方で、登場人物たちにまつわるエピソード、特に女性スタッフ5人のプライベートに関するエピソードが積み重ねられていく。出産、離婚、家庭内トラブル、仕事か家庭か、上昇志向などなど、それぞれが抱える問題が差し挟まれるのだが、これはいずれも主演級の女優陣への配慮かもしれない。『女神は二度微笑む』(2012年)のヴィディヤ・バラン、『ウスタード・ホテル』(2012年)のニティヤー・メネン、『ピンク』(2016年)のタープスィー・パンヌー、そして『ダバング 大胆不敵』(2010年)のソーナークシー・シンハーと、超豪華メンツなのである。
『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018年)をヒットさせたアクシャイ・クマールとR・バールキ監督が再びタッグを組んだ本作だが、今回の監督は、R・バールキの助監督を長年勤めたジャガン・シャクティ。R・バールキ自身も製作や脚本に関わっているとあって、フェミニズムの視点はバッチリである。実際のISROは女性スタッフが20~25%を占めているそうだが、劇中でも多くの女性が配されていて、リケジョが多く、高学歴女性の社会進出も進んでいるインドの姿を映し出す。
さらに本作で心が躍るのは、宇宙科学やロケット工学に関連する部分での女性の寄与で、本作のハイライトとも言えるのが、タラがロケット燃料の節約方法を思いつくシーンだ。インド料理では全粒粉で作った平たいパンを揚げたものを「プーリー」と呼ぶが、タラが自宅でのプーリー作りからひらめいたことが大きなヒントになる。「ガスの火が消えても、プーリーは余熱で十分膨らんで揚がる。ロケットもエンジンを点火したり消したりし、消している間は余熱で飛ばせられたら、積み込む燃料を減らすことができるのでは?」という、家庭の科学が宇宙の科学に結びつくシーンは実に感動的だ。
まるで祝祭! カタルシス溢れる展開にコロナ禍で生きる勇気をもらえる
このほか、打ち上げ時期を決定するシーンでは、なぜその時期でないとダメなのか? という説明に地球と火星の軌道の問題がからんできて、神になったような気分でこの2つの星を眺めることができる。地球から打ち上げられた探査機が、地球周回軌道から離脱して火星周回軌道に乗る、というのはとても難しいらしく、過去にロシアやアメリカをはじめ、中国も日本も失敗している。
インドもこの時、地球と火星とが接近する10日ほどの間に打ち上げねばならないのに、連日大雨に見舞われて発射が延期に次ぐ延期、という状況に追い込まれる。ここの描写はサスペンス映画さながらで、それだけに打ち上げ成功のシーンには祝祭気分が満ち溢れる。日本のチラシのメイン・ビジュアルに使われたシーンがそれだ。
インドの「マンガルヤーン」は2013年11月5日に打ち上げられて、火星周回軌道に乗ったのが翌2014年9月24日だという。そういう気の遠くなるような時間で進むものごともあるのだと思うと、今の日本の状況に対しても辛抱強くなれそうだ。サリー姿で宇宙と対峙していく女性主人公たちの姿は、日本の女性たちにも大きな勇気を与えてくれることだろう。
文:松岡 環
『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』は2020年1月8日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』
2010年、インドの宇宙事業の命運をかけたロケットの打上げが失敗に終わり、プロジェクト責任者のタラとラケーシュは誰もが実現不可能と考える火星探査プロジェクトという「閑職」に異動させられる。主婦でもあるタラは家庭料理など家事から閃いたアイデアで、小さなロケットでも探査機を火星に送る方法を思いつき、低予算ながらプロジェクトが始動する。しかし、花形の月探査プロジェクトに比べれば陰の存在であるプロジェクトにチームとして集められたスタッフは、トップクラスとは言えない、経験の浅い、いわば二軍の寄せ集め。はじめはバラバラのチームだったが、女性たちの節約アイデアで、わずかな予算でも火星打上げを成功に導くため、チームは結束し奮闘する。そして、2013年、彼らのアイデアと努力が詰まった火星探査機「マンガルヤーン」が火星へと打上げられた――。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |
2020年1月8日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開