『ナバロンの要塞』から『十七人の忍者』、そして『ナバロンの嵐』へ! 続編がオリジナルを凌駕するパターンを考察する

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ライター:谷川建司
『ナバロンの要塞』から『十七人の忍者』、そして『ナバロンの嵐』へ! 続編がオリジナルを凌駕するパターンを考察する
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名作映画をベースに新たな名作が誕生するとき
【シネマ・タイムレス~時代を超えた名作/時代を作る新作~ 第12回】

このところ、洋画では前作から相当に長いインターバル期間を経ての続編製作というのがブーム(?)になっている。『男と女』(1966年)は53年振り、『ビルとテッド』シリーズ(1989年、1991年)は29年振り、『メリー・ポピンズ』(1964年)に至っては54年振りに新作が作られ、『インディ・ジョーンズ』シリーズ(1984年、1989年、2008年)の最新作は14年振り(2022年公開予定)、『トップガン』(1986年)の続編『トップガン マーヴェリック』は35年振り(2021年)に公開を控えている。

名作から新たな名作が生まれることもあるし、「やっぱり続編なんか作らなきゃよかったのに!」と言われることも、もちろんある。オリジナル版にひけをとらない、あるいはオリジナル版を超えるケースを考えたい。

長いインターバルを経て続編製作が断行されたケースとその評価の分かれ目とは?

前作から長いインターバル期間を経て続編が製作されたケースは、古くは1980年代くらいからある。アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』(1960年)は同じアンソニー・パーキンス主演で23年後に『サイコ2』(1983年)が、戦争人間ドラマの『戦場にかける橋』(1957年)は32年後に『戦場にかける橋2/クワイ河からの生還』(1989年)が製作され、フランシス・フォード・コッポラはPARTⅡの16年後に『ゴッドファーザーPARTⅢ』(1990年)を、ジャン=リュック・ゴダールは『アルファヴィル』(1965年)の26年後に同じ主人公の続編『新ドイツ零年』(1991年)を発表している。

前作でほとんどすべての登場人物が死んでしまった『戦場にかける橋』のケースを除くと、それらはいずれも同じ役を同じ俳優が長い年月を経て再演しているから、役者自身の積み重ねてきた人生の年輪自体が観客側にある種の感慨を持って受け止められ、話題性も手伝ってそこそこの結果となることが多い。このパターンは近年とりわけ多くなってきて、シリーズ最初のトリロジーの最終作『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(1983年)から32年後にスタートした『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)で始まるトリロジーはもちろん賛否はあったものの、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、マーク・ハミルのオリジナル・キャスト三人の復活は、やはり映画史的な意味で事件だった。

前作ゆかりの、だが異なる主人公を設定したケースとしては『イージー☆ライダー』(1969年)の続編『EASY RIDER: The Ride Back(原題)』(2012年/日本未公開)や、『シャイニング』(1980年)のジャック・ニコルソンの息子が主人公となった『ドクター・スリープ』(2019年)があるが、どちらも前作とはまったくの別物。『ブレードランナー』(1982年)の35年振りの続編『ブレードランナー2049』(2017年)にはハリソン・フォードもゲスト的に再登場していたものの、主人公は前作とは別人だったから、同じ世界観を援用した別物ととらえたほうが良いのだろう。――ちなみに、『イージー☆ライダー』にまさかの続編が製作された裏話は、筆者の「イージー☆ライダー 敗け犬たちの反逆/ハリウッドをぶっ壊したピーター・フォンダとデニス・ホッパー」(径書房:2020年)に詳しく書いています!

『イージー★ライダー』敗け犬たちの反逆

前作のファンも新たな観客もうならせた作品としては『遊星からの物体X ファースト・コンタクト』(2011年)と『プロメテウス』(2012年)を挙げたい。前者は『遊星からの物体X』(1982年)の、後者は『エイリアン』(1979年)のそれぞれ前日譚だが、ラストシーンがそのまま前作の冒頭に繫がるという構成でゾクゾクさせられた!

ハリウッドを追われた男=カール・フォアマンが放った渾身のプロジェクト

さて、今回取り上げたいメインの作品は『ナバロンの要塞』(1961年)。言わずと知れたアリステア・マクリーン原作の戦争冒険ドラマで、英国出身のアクション映画の巨匠J・リー・トンプソンが監督、一度聴いたら忘れられない音楽はディミトリ・ティオムキンの手によるもの。キャストにはグレゴリー・ペッグ、アンソニー・クイン、デヴィッド・ニーヴンという主演スターを3名揃え、地中海で制海権を奪還すべくナバロン島にあるドイツの砲台二門を爆破するミッションに命を懸ける超大作だ。

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だが、なんといっても『ナバロンの要塞』は赤狩りでハリウッドを追われた男として知られる脚本家、カール・フォアマンの作品として記憶される。売れっ子脚本家だったフォアマンは、『真昼の決闘』(1952年)の脚本執筆中に米下院の非米活動調査委員会(HUAC)の召喚を受け、相談すべく何人かの気心の知れた友人を訪ねた。彼はアメリカ共産党の党員だったから、HUACに赴いて証言するということは、自身の転向を表明して嘗ての仲間たちの名前を挙げて友好的証人となるか、証言を拒否して議会侮辱罪で投獄されハリウッドのブラックリストに加えられて仕事を失うかのどちらかしかない。仮に友好的証人として映画業界でのポジションを維持できたとしても、“裏切者”としてのレッテルはエリア・カザンがそうだったように死ぬまでついて回る。

フォアマンが訪ねた友人たちは、仲間とみなされることを恐れて居留守を使って会おうとしなかったり、「迷惑だからこの町(ハリウッド)から早く出て行ってくれ!」と露骨にとばっちりを警戒する態度をとったといい、そのすべては『真昼の決闘』のシナリオの中に、ゲイリー・クーパーの主人公が体験する出来事として書き込まれている。

英国に亡命した彼はハリウッドではブラックリストのため本名で仕事ができず、フランスの作家ピエール・ブール(『猿の惑星』の原作者)の名前を借りて書いた『戦場にかける橋』で第30回アカデミー賞の自身の脚色賞(ただしブールの名前で)を含む7部門で受賞、その勢いそのままに英米合作の超大作として、自ら脚本のみならずプロデューサーを務めたのが『ナバロンの要塞』だったのだ!

「『ナバロンの要塞』の時代劇版を作れ!」という指令に見事応えた池上金男

さて、『ナバロンの要塞』は世界中で大ヒットし、一躍、アリステア・マクリーン物ブームが沸き起こった。日本でも1961年のお盆に公開されて大評判となったが、当時、昔ながらの明朗時代劇が下火となり、集団抗争時代劇に活路を見出そうとしていた東映がこれに目を付けないはずはない。――京都撮影所企画部から「『ナバロンの要塞』の時代劇版を作れ!」との指令を受けた新進気鋭の脚本家・池上金男(のちの作家・池宮彰一郎)は、時代劇へと換骨奪胎した見事なシナリオを書いた。それが、名作『十七人の忍者』(1963年)で、もちろん翻案化権をきちんと払ったりはしていない。

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荒れ狂う海に面した絶壁の上にそびえるナチスの砲台をめざし、警備の手薄な崖を昇って島に上陸する(そのためグレゴリー・ペッグ扮する主人公マロリーは登山家とされた)という『ナバロンの要塞』の設定は、『十七人の忍者』では駿府城(撮影が行われたのは彦根城)の石垣に替えられた。次期将軍・家光の実弟・忠長が西国外様大名らと謀反連判状を集め、決起しようとしている情報を掴んだ幕府が、動かぬ証拠として突きつけるため伊賀忍者に対して連判状を奪い取る指令を発し、その連判状が厳重に保管されている鉄壁の要塞駿府城に忍び込むというわけだ。

ほかにも、『ナバロンの要塞』では決死のコマンド隊の指揮官フランクリン少佐(英国映画界の名優アンソニー・クエイル)が早々に脚のケガで歩けなくなってしまい、彼を敵の許に置き去りにして代わりにマロリーが指揮を執るという設定だったが、『十七人の忍者』においても大友柳太朗演じる伊賀忍者の頭領・甚伍左は早々に捕えられ、拷問で両足の骨を砕かれて牢の中で歩けない状態に置かれ、代わりにまだ若い半四郎(若き日の里見浩太朗)が残りの者たちを率いるという設定に換骨奪胎されていた。

筆者私物

違う部分としては、『ナバロンの要塞』では敵のナチス側の責任者としてはやや頼りないウォルター・ゴテル(『007/ロシアより愛をこめて』[1963年]から『007/リビング・デイライツ』[1987年]まで出演した同シリーズのレギュラー)だったのが、『十七人の忍者』では剣豪スター・近衛十四郎が駿府に雇われた根来忍者・才賀孫九郎として孤軍奮闘し、最後には大友柳太朗と壮絶な相討ちを繰り広げる点がある。敵が強いほどミッション達成がより困難に思えるわけで、その点ではこちらの方が脚本としては分があるだろう。ちなみに筆者は現在、近衛十四郎についての本を準備中ですので、お楽しみに!

『ナバロンの要塞』リバイバル公開時の大失敗とは?

『ナバロンの要塞』は主演級の三大スターと指揮官役のアンソニー・クエイルという4名に加えて、英国のアクション・スターのスタンリー・ベイカー、アメリカからはアイドル歌手のジェームズ・ダーレンという計6名のチームが敵地へ乗り込むという設定で、そこにレジスタンスの二人の女性が絡んでドラマが厚みを増していた。

1961年の初公開時のポスターやパンフレットの表紙では三大スターの顔が大きく、他キャストおよび二人の女性の顔写真がそれぞれ小さくコラージュされていたものや、それをイラスト化したものが使われていた。その後、大ヒットの実績を引っ提げて1969年にも大々的にリバイバル公開されたのだが、その公開時に新たに作り直されたポスターやその縮小版のチラシで、ちょっとした異変が起こったことを覚えている人はあまりいないかもしれない。

筆者私物

この新デザイン版では、基本的には同じ発想で6名の男優だけに顔写真を絞り、より男性アクション路線を強調したのだが、なぜかジェームズ・ダーレンの顔が入らず、スタンリー・ベイカーの顔写真が二つ並んでいたのだ! 実は、映画の中で主人公らが無精ひげを剃るシーンがあり、その時にひげ面だったベイカーがきれいさっぱりひげを剃り落とすのだが、おそらくはそのベイカーのことをデザイナーがひげ面のベイカーとは別人=ダーレンだろうと勘違いしたと推測される。

映画を見ないでデザインするとこういうミスが起ったりするわけだが、コロンビア映画の宣伝部はのちに気がついて作り直していたから、ある意味でこのベイカー二人版のチラシは珍品として希少価値が生じているかもしれない。

ロバート・ショウ、エドワード・フォックスを得て前作を超えた続編『ナバロンの嵐』

話を“前作から長いインターバル期間を経て続編が製作されたケース”に戻そう。オリジナル版の『ナバロンの要塞』が製作されてから17年後の1978年、マクリーンによる小説版の続編を大幅にアレンジした続編映画『ナバロンの嵐』が製作された(日本公開:1979年)。カール・フォアマンは“ストーリー”としてクレジットされているだけだが、正真正銘の続編で、しかも前作のラストシーンからそのまま物語が始まることと、にもかかわらず生き残ったマロリーとミラーの役を、ペッグとニーヴンに代わってロバート・ショウとエドワード・フォックスが演じるというのがミソだった。長い時間をおいて、続きの話を別の俳優(?)が演じるパターンは『バンビ』(1942年)と『バンビ2/森のプリンス』(2006年)くらいしか思いつかないが、アニメ以外でこのパターンで成功を掴むのは至難の業だ。

筆者私物

以前、「昔の名優たちに比べるといまの俳優は大したことない」と言いがちな人のことを“団菊爺”と呼ぶ、と指摘したことがあるが、つまり、前作を大傑作だと思っていた人にとっては、演じるのが“今の俳優”に代わったことでワンランク格落ちしたような気分になるというハンディをそもそも背負っているのだ。だが、ハッキリ言って筆者は『ナバロンの嵐』のことをストーリー、俳優陣、ミニチュア・セットを用いた爆破シーンのどれをとっても前作と互角、あるいはこちらの方が上だと思っている。

今度の任務はユーゴスラヴィアに潜入して、連合軍勝利の鍵を握るネレトバ橋を爆破することなのだが、その作戦の指揮を執るのはまだ若く頼りないハリソン・フォード(この設定はあたかも『十七人の忍者』を彷彿とさせる)で、マロリーとミラーのコンビはスパイ探索のついでにフォードをサポートする役回り。だが、見終わっての印象はロバート・ショウとエドワード・フォックスが前作のマロリーとミラーの役に遙かに深く味わいのある人間味を加えたことに尽きる。

ロバート・ショウは、本作のあと『アバランチエクスプレス』(1979年)の撮影を終えた直後に51歳で急死してしまったのだが、生前のインタビューで「英国の三大名優は誰か?」と聞かれて、普通なら「ローレンス・オリヴィエ、ジョン・ギールグット、ラルフ・リチャードソン」と答えそうなところを、「ショーン・コネリー、マイケル・ケイン、そして俺だ」と答えた。自分自身と、同世代のライバルたちの実力に対する揺るぎない自信を躊躇なく示したこの答え、かっこよすぎる!

文:谷川建司

『ナバロンの要塞』『ナバロンの嵐』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年12月放送

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