『ミッドナイトスワン』草彅剛という役者はブラックホールだ! 凪沙としてそこにいる

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ライター:石津文子
『ミッドナイトスワン』草彅剛という役者はブラックホールだ! 凪沙としてそこにいる
『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

バレエ「白鳥の湖」の世界が通底した物語

『ミッドナイトスワン』はヒロインの凪沙(草彅剛)が働く、夜の新宿のショーパブの楽屋から幕を開ける。彼女と仲間たちは衣装を着けメイクを施し、チャイコフスキーの「白鳥の湖」の“4羽の白鳥”をバレエ風に踊る。同じ頃、東広島では、凪沙の従妹である早織(水川あさみ)がスナックで泥酔し、迎えに来た娘の一果(服部樹咲=はっとりみさき)をなじる。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

夜の片隅でもがく凪沙と一果が出会ったことから、美しく残酷な物語が始まるのだが、題名が示している通り、『ミッドナイトスワン』にはバレエ「白鳥の湖」の世界が通底している。この名作バレエも美しく、残酷な物語だ。「白鳥の湖」にはいくつかバージョンがあるのだが、大枠はこうだ。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

美しい姫オデットが、悪魔の呪いで白鳥に侍女たち共々変えられてしまう。彼女が元の姿に戻れるのは真夜中だけ。もしオデットに永遠の愛を誓ってくれる人が現れたなら、人間の世界に帰ることが出来る。そこへジークフリート王子が現れ、一目でオデットと恋に落ちる。だが、翌日の花嫁選びの舞踏会にはオデットとそっくりだが、黒いドレスのオディール(黒鳥)が現れ、勘違いした王子はオディールに永遠の愛を誓ってしまう。実はオディールは悪魔の娘であり、絶望したオデットは湖に身を投げ、王子もあとを追う――

という悲劇的な物語だ。王子が悪魔と戦い、呪いを解くハッピーエンド版もあるが、いずれもオデットとオディールは同じダンサーが踊る。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

黒鳥オディールだった一果は、凪沙によってオデットの姿になる

『ミッドナイトスワン』の凪沙は、いわばオデットだ。ただし昼の彼女は生きづらそうにしており、白鳥としてステージに立つ夜の方が自分らしくいられるように見える。凪沙の体は男性の形をしているが、心は女性だ。生まれた時に割り当てられた肉体と性自認が違う、トランスジェンダー女性である凪沙。この後は映画の結末に触れているので、観賞後にお読みいただきたい。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

※注意:映画の結末に触れています。

一方、凪沙と共に暮らすことになる中学生の一果は、例えれば無自覚な黒鳥だ。もちろん彼女は悪魔の娘ではないのだが。上京した一果もまた、なかなか昼の世界に馴染めない。一果の昼の世界、それは学校だ。だがバレエの天賦の才がある一果は、バレエ教室という別世界を見つけると、めきめきと光りだす。これに対し、一果をバレエの世界に引き込んだ友人のりんは、影になっていく。無自覚な黒鳥である一果は、りんを、そして凪沙を犠牲にして、どんどん輝きをまとい、ついには世界へと羽ばたいていく。残酷さを秘めた存在だ。もちろん一果も傷ついているのだが、彼女は早織や社会からかけられた呪いを解くことができる。それは凪沙からの絶対の、永遠の愛だ。凪沙は決して裏切ることはない。黒鳥オディールだった一果は、凪沙によってオデットの姿になる。階段での戴冠シーンが象徴的だ。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

トランス女性であることを悲劇の象徴にしてはならない。だがこの映画がバレエの変奏であるとすると、一果と出会った時から凪沙の行末は悲しみを帯びるものになる。また、監督の内田英治はかなり取材をした上で、この結末にしたそうだ。今の日本の社会では凪沙や、その同僚の瑞貴(田中俊介が好演)らのように、マイノリティであることで苦しい状況におかれることがまだ多い。凪沙や瑞貴が呪いにかけられているのではもちろんなく、彼らを取り巻く社会が呪いにかけられているのだ。なりたい自分になる、ということを拒む社会。いわば多様性を許さない社会で、それはまた、シスジェンダー(生まれた時に割り当てられた性別と性自認が同じ)である一果も、そして早織も、りんも苦しめる。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

女性は母になるべく生まれるわけではないし、子供を産んだから即座に母になるわけでもない。母になっていくのだ。ならない女性もいる。早織は母になりきれない女性であり、それを受け入れる世の中であれば、彼女もあそこまで苦しまないだろう。そして凪沙は、段階を経て母になっていく。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

草彅をはじめ“演技”から抜け出したキャスト陣がトランスジェンダーへの理解を促す

映画は夜のシーンが多いが、昼間もどこかほの暗い冷たいトーンになっている。だが、最後の海のシーンだけは、明るい光を感じる。撮影の設計も秀逸だ。凪沙は一果の母になることで生きる実感を得て、旅立っていく。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

凪沙を演じる草彅剛の演技は、凪沙としてそこにいる、としか言いようがない。草彅剛という役者はブラックホールだ。昼の仕事を得るため一時的に男性の姿をするのだが、女性である凪沙を内包しており、一果の母であり、草彅剛は単なる器にしか見えない。一つだけ不安になったのは、もし一果にバレエの才能がなかったら、凪沙は彼女をどこまで受け入れたのだろうか。そこに思いを馳せてしまうほど、凪沙として生きている。名演だ。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

そして、一果役の新人でバレリーナでもある服部樹咲(はっとりみさき)はもちろんのこと、水川あさみ、田中俊介、バレエ教師役の真飛聖ら演者がいずれも、スクリーンの中で俳優の顔をしていない。これは凄いことだ。また凪沙の仲間で、お店の売れっ子であるアキナを演じている真田怜臣(さなだれお)は、トランス女性であることをオープンにしている役者である。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

ハリウッドでは、トランスジェンダー役はトランスジェンダー俳優にという動きが強まっており、実際にラヴァーン・コックス(『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』[2013年~])などトランス女性が活躍している。しかし、そこに至るまでは様々な過程、そして困難があった。また、トランス男性の活躍の場がまだ少なかったり、サンドラ・コールドウェルのようにトランス女性であることを隠して活動していた時期のある役者もいる。日本はまだまだこれからだろう。ぜひ『ミッドナイトスワン』を観たら、『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』(Netflixで独占配信中)を観ることをお勧めしたい。

『ミッドナイトスワン』 ©2020 Midnight Swan Film Partners

文:石津文子

『ミッドナイトスワン』は2020年9月25日(金)より公開

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『ミッドナイトスワン』

トランスジェンダー女性の凪沙は、ある日、養育費を目当てに育児放棄にあっていた少女・一果を預かることに。常に片隅に追いやられてきた凪沙と、孤独の中で生きてきた一果。理解しあえるはずもない二人が出会ったとき、かつてなかった感情が芽生え始める。次第に二人は互いにとって唯一無二の存在へとなっていく。

制作年: 2020
監督:
出演:
  • BANGER!!!
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