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妻を殺された自暴自棄の男を香取慎吾が見事に演じる『凪待ち』 “新しい地図”で新境地

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ライター:#石津文子
妻を殺された自暴自棄の男を香取慎吾が見事に演じる『凪待ち』 “新しい地図”で新境地
『凪待ち』©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

 

“国民的スター”という冠を、長年ほしいままにしてきた香取慎吾。しかし、独立後、初めての単独主演作『凪待ち』で見せる顔は、私たちが知る「慎吾ちゃん」ではない。顔が違う。いや、間違いなく香取慎吾なのだが、違うのだ。

規格外の輝きを放つ国民的スターが挑んだ新境地

『凪待ち』©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

香取慎吾が完成披露で語っていた「新しい道を歩み始めてから、初めての自分の(主演)映画ということで最初は気負いすぎているところもあったのですが、白石さんという素晴らしい監督に出会えて、監督の『凪待ち』という作品に参加できたと思っています」。当初は非常にプレッシャーがあったようだが、そのプレッシャーを体内に取り込んで、俳優・香取慎吾として新しい顔を見せることに成功している。

実際に会った香取慎吾は、規格外の華やかさを持つ、やっぱり国民的スターそのものなのだけど。

『凪待ち』©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

『凪待ち』で香取が演じる郁男は、印刷エンジニアとして高い技術を持ってはいるが、競輪場に行っては散財し、年上でしっかり者である内縁の妻、亜弓(西田尚美)の金まで使い込んだりする、だらしのない男だ。人は良いのだが、どこか捉えどころがなく、不安定さが見え隠れする。そんな郁男の寄る辺なさが、冒頭の香取の顔から漂ってくる。生気に欠けた、流されて生きるだけの男の顔になっているのだ。

今回、はじめてノーメイクで撮影に挑んだというが、もちろん、メイクをしていないだけでそうなるわけではなく、彼の視線、表情が、郁男のうつろさを表現する。新鮮であると同時に、「よくいるよね、こういう人」という顔になっているのがいい。

『凪待ち』で描かれる暴力は、喪失感や理不尽な天災の象徴

生活を立て直すため、郁男は亜弓と彼女の娘・美波(恒松祐里)と共に、神奈川から亜弓の故郷である宮城県の石巻へと移る。しかし、亜弓が何者かに殺されてしまい、そこから物語は大きく動き出す。郁男は行き場のない怒りから、ギャンブルと、そして暴力の世界へと堕ちていってしまう。この暴力描写は、『孤狼の血』(2017年)の白石和彌監督の真骨頂ともいうべきものだが、『凪待ち』での暴力は喪失の象徴だ。2011年に石巻を襲った理不尽な津波の象徴とも言えるだろう。

『凪待ち』©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

まるで西部劇? 被災地の町を舞台にした大人のための映画

『凪待ち』の郁男は、よそ者そのものであり、小さな町では規格外だ。道を歩くだけで目立つ。その点は、“香取慎吾らしさ”が効いている。

『凪待ち』©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

石巻の人々を演じるのは、リリー・フランキー、音尾琢真、吉澤健という、いずれも白石作品の常連である曲者俳優たち。郁男と彼を迎え撃つ人々の対立は、銃は撃たないけれども、まるで西部劇のようでもある。よそ者がやって来て事件が起きる、というのは西部劇の定石だ。東北が西部劇の舞台になる、というのも面白く、大人のための映画になっている。

ダメ男を演じる、独立後の稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾

『凪待ち』©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

面白いのは、“新しい地図”の稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾が、独立後の2018年にそれぞれ初めて単独で出演した『半世界』、『まく子』、そして『凪待ち』では、いずれもダメな男を演じている点だ。3人が揃って出演した『クソ野郎と美しき世界』(2018年)では、気障なピアニスト(稲垣)、男気のあるヤクザ(草彅)、歌えなくなった“慎吾ちゃん”(香取)と、彼らのパブリックイメージや当たり役をうまく取り入れた個性的な役柄だったのに対し、単独出演の3本では生活者としてちょっとダメな部分を持つ男を演じた。

いずれも地方都市が舞台で、市井の人々が描かれている点も共通している。それは閉じた世界であり、よそ者がやってくることで波風が立つ。彼らはSMAP時代にもダメな男を演じていたが、ここで演じてみせたのは、ごく普通のダメさなのだ。普通のおじさん、つまり無名性を演じて、それぞれ魅力を出せるようになったことを、見事に証明した。

文:石津文子

『凪待ち』は2019年6月28日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー

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『凪待ち』

誰が彼女を殺したのか?なぜ殺したのか?
「愛」という名に隠された事件の真相とは…。
映画史上最も切ない暴力を描く、愚か者たちの衝撃のヒューマンサスペンス。

制作年: 2019
監督:
脚本:
出演: