延期か中止か!? カンヌ映画祭 “反権力”の歴史とアカデミー賞との違い

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ライター:#谷川建司
延期か中止か!? カンヌ映画祭 “反権力”の歴史とアカデミー賞との違い
第72回カンヌ映画祭の会場(2019年)

常に世界の映画界の潮流を作り出してきたカンヌ映画祭
【シネマ・タイムレス~時代を超えた名作/時代を作る新作~ 第5回】

連載第4回目は“映画祭の中の映画祭”として、常に時代を先取りし続けているカンヌ映画祭にまつわるトピックをご紹介しよう。

カンヌはアカデミー賞やヴェネチア、ベルリンとは何がどう違うのか?

世界に著名な映画賞はたくさんあるが、それぞれに賞の性格は大きく異なる。アメリカのアカデミー賞は同業者同士で投票する身内の賞なので、誰が受賞するかは業界のムードに大きく左右される。

たとえば、名作が続出した1939年の主演男優賞は『スミス都へ行く』のジェームズ・スチュワートが本命視されていたが、多くの投票者が「どうせスチュワートが獲るのだろうから私くらいは他の人に投票しよう」と行動し、結果的にダークホースだった『チップス先生さようなら』のロバート・ドーナットが受賞する事態となり、翌1940年には「去年は申し訳なかった」という評が集まった結果、『フィラデルフィア物語』で助演格の出演にすぎなかったスチュワートが主演男優賞受賞ということに相成った。

また、1964年度は『マイ・フェア・レディ』が作品賞・監督賞・主演男優賞など7部門を独占したが、主演のオードリー・ヘプバーンは主演女優賞にノミネートすらされなかった。理由は、同作品の元々の舞台でのヒロイン役だったジュリー・アンドリュースが映画版でも主役を演じるべきなのにその役を取ったことへの反発が大きかったからで、主演女優賞にはオードリーへの当てつけのごとく『メリー・ポピンズ』のアンドリュースが選ばれ、深く傷ついたオードリーはその後2年間スクリーンから遠ざかり、復帰後も一気に老け込んでいた。

※主演男優賞のプレゼンターとして壇上にあがるオードリー

一方、映画祭のコンペ部門というのはまた違う。世界三大映画祭と呼ばれるヴェネチア、ベルリン、カンヌ映画祭の性格もそれぞれだ。批判を恐れず単純化して言うならば、ヴェネチアは何よりも芸術性を重んじ、ベルリンは作家性を重視するものの、監督・俳優など個人の賞には有名無名を問わず観客の最大公約数が支持する人がバランスよく選ばれている印象だ。

……そしてカンヌ映画祭はというと、これはもう明確に政治的な志向性を持っている。“政治的”というのは、体制批判的な立ち位置を鮮明にしている作品が好まれるという側面と、この作品・映画人を持ち上げることで映画界の潮流をこういう流れに持っていきたい、という意思をカンヌ自身が示す傾向にあるという側面の両方があるということ。

“政治の季節”だった1968年と1969年にカンヌで起こった事とは?

カンヌ映画祭が政治的だという事実を如実に示す例として、1968年と翌1969年を例にとると判り易い。1968年は世界的に政治の季節だった年で、この年、中止に追い込まれたカンヌ映画祭の動向も、一般的にはゼネストを含むパリの五月革命の一環と捉えられているが、実態はやや違う。

その発端は、パリのシネマテーク(映画遺産の保存、修復、配給などを目的とした私設文化施設)を主宰していたアンリ・ラングロワが、保守的なドゴール政権下で文化大臣だったアンドレ・マルローによって解任された事態に対して、映画文化を保守的な政権にコントロールさせることに異議を唱えたフランソワ・トリュフォーら映画監督らが解任撤回を求めて立ち上がったこと。

その後、ラングロワは復権したが、カンヌ映画祭で記者会見を開いたトリュフォー、ルイ・マル、クロード・ルルーシュ、クロード・ベリ、ジャン=リュック・ゴダールらフランス映画界の名だたる監督たちが国家権力による文化への介入の危機を訴え、この年のカンヌ審査員の一人だったルイ・マルの呼びかけで多くの審査員が辞任し、コンペ部門に作品を出品していた作家たちの多くもこれに賛同して出品を取り下げた結果、映画祭自体が中止となったのだ。

翌1969年のカンヌ映画祭は無事に開幕したが、コンペ部門でグランプリ(現在のパルム・ドール)に選ばれたリンゼイ・アンダーソン監督の『if もしも….』は規則でしばられる英国のパブリック・スクールの生徒たちが反乱を起こす物語だったし、新人監督による作品賞に選ばれたデニス・ホッパー監督の『イージー・ライダー』もまた、体制に組み込まれることを拒絶して生きる若者たちの挫折を描く内容だった。つまり、カンヌが賞を与えた作品というのは、反権力というカンヌ映画祭の立ち位置と近い政治的立場の作品だったわけだ。

ちなみに、カンヌの観客たちは『イージー・ライダー』を熱狂的に受け入れたが、中でもそこで運をつかみ取ったと言えるのが、助演格で出演していたジャック・ニコルソンだった。売れない俳優の悲哀を12年間も味わい続け、脚本家への転身を考えていたニコルソンは、「俺は、あそこで起きたこと、あの大反響、拍手喝采の真の意味を理解した数少ない人間の一人だったと思う。“これだ! 演技にもう一度戻るぞ、俺は映画スターだ!”と自分に言い聞かせた」と語っている。

ニコルソンは、まさにカンヌで誕生した反体制(アンチ)ヒーローのチャンピオンだったのだ。詳細は拙著「イージー・ライダー 敗け犬たちの反逆/ハリウッドをぶっ壊したピーター・フォンダとデニス・ホッパー」(径書房、2600円+税)を読まれたし!

2010年代の傾向――エッジの利いた『ザ・スクエア 思いやりの聖域』、そして『ボーダー 二つの世界』!?

直近の10年間でのカンヌ映画祭はどうだったろうか。印象としては、ほかのどんな作品とも似ていない、エッジの利いた作品が賞に選ばれる傾向が強い。

ヴェネチアで金獅子賞を獲った監督たち――

『SOMEWHERE』(2010年)のソフィア・コッポラ、『ファウスト』(2011年)のアレクサンドル・ソクーロフ、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)のギレルモ・デル・トロ、『ROMA/ローマ』(2018年)のアルフォンソ・キュアロン、『ジョーカー』(2019年)のトッド・フィリップスらと、カンヌ

パルム・ドールを獲った監督たち――

『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)のテレンス・マリック、『愛、アムール』(2012年)のミヒャエル・ハネケ、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)のケン・ローチ、『万引き家族』(2018年)の是枝裕和、そして『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のボン・ジュノ

比較した時に、前者が芸術的、後者が政治的とは一概に言えないかもしれないが、やはりカンヌが選択する作品には社会的なメッセージ性の強い作品が多いことは間違いない。

高齢化社会と安楽死という問題を直視した『愛、アムール』、貧困問題を描いた『わたしは、ダニエル・ブレイク』、児童虐待や社会のセーフティネットからこぼれ落ちた人々を描いた『万引き家族』、格差社会の闇を描いた『パラサイト 半地下の家族』もそれぞれ社会性の強い作品群だが、筆者の一押しはスウェーデンのリューベン・オストルンド監督の大傑作で2017年のパルム・ドールに輝いた『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(2017年)だ。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
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©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

オストルンド監督の前作『フレンチアルプスで起きたこと』(2014年)も“有事の際に家族を前にして男が取ったとっさの行動”というスリリングなテーマの傑作だったが、現代美術館のキュレーターを主人公とした『ザ・スクエア』ではさらに、自分の採っている過激な行動が正しいと信じている人間の危険性、そして炎上商法で注目を集めようとするモラルハザードなど、インターネット時代の危うさをシャープに描いた必見の作品に仕上っている。

また、『フレンチアルプスで起きたこと』はカンヌの“ある視点”部門に出品されているが、同じく2018年の“ある視点”賞に輝いたイランのアリ・アッバシ監督による『ボーダー 二つの世界』もまた、まさしくほかのどんな映画にも似ていない驚愕の作品だった。

『ボーダー 二つの世界』
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©Meta_Spark&Kärnfilm_AB_2018

延期か、中止か!? 2020年カンヌ映画祭の行方

ここ数年のカンヌでは、2014年にゴダールが撮った3D映画『さらば、愛の言葉よ』が審査員賞を受賞したり、2019年もクロード・ルルーシュの『男と女 人生最良の日々』がコンペ外の正式出品作品として、また製作50周年の『イージー・ライダー』がカンヌ・クラシックスとしてそれぞれ上映され大評判になるなど、原点回帰的な傾向を示していた。

世界中の他の映画祭と同じく、新型コロナ感染拡大の影響で今年の第73回カンヌ国際映画祭が何らかの形で開催できるか、それとも1968年以来の中止とのなるのかはまだ予断を許さない状況だ。

既に、当初予定していた2020年5月12日~23日という開催期間の延期(開催時期未定)、監督週間などは中止、マーケットはオンラインで実施と発表されているが、こうした状況のなかで、カンヌ、ベルリン、ヴェネチア、トロント、BFIロンドン、サンダンス、トライベッカ、TIFF(東京国際映画祭)といった世界の主な映画祭が集結して「We Are One: A Global Film Festival」というオンライン映画祭が開催されることが発表された。

「We Are One: A Global Film Festival」は2020年5月29日から10日間、YouTube上にて開催され、視聴者から寄付を募って、その寄付金を世界保健機関(WHO)の新型コロナ連帯対応基金などへ送る予定だという。家にいながらにして(Stay Home)、作品の公開延期や興行自粛による映画館の閉鎖など、深刻な様相を呈している映画界にエールを送りつつ、事態の鎮静化へのささやかな貢献ともなるこの催しを、先ずは映画ファンのひとりとして楽しんでみてはどうだろか?

文:谷川建司

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