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朝井リョウの同名小説を岸善幸監督が映画化した『正欲』で、新垣結衣が見せるのは、感情を表に出さずに生きる女性の姿だ。演じる桐生夏月は、広島のショッピングモールで働きながら、自分の欲望を誰にも打ち明けられずにいる。周囲に合わせて日々を過ごすその姿から、社会との間にある隔たりが静かに浮かび上がる。
新垣の演技で目を引くのは、表情と声を徹底して抑えていることだ。声の抑揚は乏しく、顔からは感情を読み取りにくい。しかし、その無表情は内面が空っぽであることを意味しない。何を感じ、何を飲み込んでいるのか。観客は、表に出てこない夏月の心を探ることになる。映画は説明的な台詞に頼らず、表情やショットの積み重ねによって、言葉にならない感情を伝えていく。
© 2021 朝井リョウ/新潮社 © 2023「正欲」製作委員会
夏月を追い詰めるのは、特別な悪意ばかりではない。恋人をつくり、結婚して、子どもを持つ。そんな人生を当然とする言葉が、職場でも家庭でも、ラジオからも聞こえてくる。本人が恋人を求めていないと話しても、その気持ちはまともに受け止められない。妊娠中の同僚は出産年齢について説教し、やがて、自分は夏月を気の毒に思って親切にしていたのだと主張する。相手を思っているつもりの言葉が、相手の生き方を否定してしまう。その息苦しさが、日常のやり取りの中に刻まれている。
「多様性」という言葉が広まっても、その枠の中に自分の居場所があるとは限らない。夏月が抱えるのは、自分の欲望を知られれば、理解されるどころか遠ざけられるかもしれないという孤独だ。新垣はそれを大きな身ぶりで訴えず、感情を押しとどめた姿のまま演じる。従来のイメージを覆すその演技には、静かでありながら凄みがある。
磯村勇斗が演じる佐々木佳道との関係も、わかりやすい恋愛の形には収まらない。新垣と磯村は、互いの内面を説明し合う台詞を重ねることなく、二人の間に生まれるつながりを見せている。誰にも共有できないと思っていたものを抱える人が、ほかにもいる。その発見が、孤独を少しずつ和らげていく。絶望の中に訪れる解放感も、映画は感情を誇張せずに描いている。
『正欲』は、誰かを理解したつもりになることの危うさを、夏月に向けられる善意や、理解の及ばない人々を「普通」という尺度で判断する人物の姿を通して描いている。
©︎ 2021 朝井リョウ/新潮社 ©︎ 2023「正欲」製作委員会