アカデミー賞に“歴史的”大改革
映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の理事会は5月1日、第99回アカデミー賞に向けた選考ルールおよびキャンペーン規制の刷新を発表した。今回の改正は、演技部門における重複ノミネートの解禁や、生成AI(人工知能)に対する厳格な拒絶など、約100年の歴史の中でも極めて重要な転換点と位置づけられている。
俳優部門のルール刷新:「ダブル候補」が可能に
最も大きな衝撃を与えているのが、演技部門(主演・助演)におけるノミネート資格の緩和だ。これまでは、一人の俳優が複数の作品で上位5位以内に入る得票を得たとしても、最も票を集めた1作品のみが候補となる規定があった。しかし今後は、得票数さえ満たせば、同一カテゴリーで2つ、あるいは3つの異なる役柄で同時にノミネートされることが可能となる。
この変更により、演技部門も監督賞などの他部門と公平な基準に並ぶことになる。具体的なメリットや背景は以下の通りだ。
他部門との整合性:2001年の第73回アカデミー賞で、スティーヴン・ソダーバーグ監督が同年公開の『エリン・ブロコビッチ』と『トラフィック』の2作品で監督賞に同時ノミネートされ、後者で受賞した先例がある。同様の快挙が、俳優でも実現可能となる。
過去の「惜しい事例」:旧ルール下では、ケイト・ウィンスレットが2008年に『愛を読むひと』と『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』の双方で高い評価を得ながらアカデミー賞では1作品のみが候補となった例や、レオナルド・ディカプリオが2006年に『ブラッド・ダイヤモンド』と『ディパーテッド』で同時に評価を集めながら主演男優賞ノミネートは前者のみだった例などが知られている。
「カテゴリー詐称」抑制の可能性:一部の論者は、副次的効果として、戦略的に行われてきた“カテゴリー詐称”(主演級の演技をあえて助演部門にエントリーする手法)の抑制につながる可能性を指摘している。ただし、これはアカデミーが新ルールの主眼として明示したものではない。
ノミネート資格の限定:対象となるのは、映画の法的クレジットに記載され、かつ本人の同意を得て人間が実演した役割に限られる。
AI技術への断固たる拒絶:名優の“復元”やAI俳優の登場を念頭に
近年急速に普及するAI利用について、アカデミーは極めて厳しい姿勢を打ち出した。新ルールでは、演技部門の対象は「人間によって実演されたことが証明できる」役割に限定され、AIによるアバターは一切排除される。これは、2025年に死去した俳優ヴァル・キルマーをAIで復元した映像が映画関係者向けに公開され議論を呼んだ件や、AI生成俳優「ティリー・ノーウッド」のような存在が現実味を帯びてきたことを受けた措置とされる。
脚本部門においても同様に、「人間が執筆した脚本」であることが資格要件として明文化された。アカデミーは、作品におけるAIの使用状況について詳細な情報の提供を求める権利を留保しており、不正なAI利用を厳格に監視する方針だ。
国際長編映画部門:映画祭受賞作への「直接エントリー」を解禁
国際長編映画部門(旧・外国語映画賞)でも、利便性と透明性を高めるための抜本的な改革が行われる。これまでは各国・地域が選出した代表1作品のみに提出資格があったが、今後は指定の国際映画祭で最高賞を受賞した非英語映画も、国の選出とは無関係にエントリーが可能となる。対象となる映画祭と賞は以下の通り。
- ベルリン国際映画祭:金熊賞
- 釜山国際映画祭:最優秀作品賞
- カンヌ国際映画祭:パルム・ドール
- サンダンス映画祭:ワールド・シネマ・グランプリ
- トロント国際映画祭:プラットフォーム賞
- ヴェネツィア国際映画祭:金獅子賞
この映画祭ルートの新設により、これまで「1か国1作品」に厳格に制限されてきた候補構成が変わり、同一国から複数作品が同時にノミネートされる可能性も生じる。具体例として、フランスがアカデミー賞代表に選ばなかったジュスティーヌ・トリエ監督『落下の解剖学』(2023年カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞)のような作品も、新制度の下では二つのルートから候補入りが可能となる。また、近年フランス代表として出品されたジャファル・パナヒ監督の『シンプル・アクシデント/偶然』(※5月8日より日本公開)のように、母国を離れて活動するイラン人監督などの作品にも門戸が広がることが期待される。
また、同部門の候補主体は「国・地域」から「映画そのもの」へと変更。オスカー像のプレートには、映画タイトルに続いて監督名(および該当する場合は国・地域名)が刻印されることになる。これまで国際長編映画部門の受賞は監督個人のオスカー獲得歴に算入されてこなかったが、今回の刻印変更はその長年の慣行への一石となるかもしれない。
各部門の技術的アップデート
各専門部門においても、公平な審査と透明性の向上のためのルール整備が行われた。
キャスティング賞:授与されるスタチュエットの数が、最大2個から3個に増枠される。
撮影賞:予備投票で選出されるショートリストの数が、これまでの「10〜20作品」から「20作品固定」に変更される。
メイクアップ&ヘアスタイリング賞:予備投票への参加資格として、メイクアップ&ヘアスタイリスト部門員は、最終2回のブランチ会議(ラウンドテーブル)のうち少なくとも1回への出席が必須化される。
視覚効果賞:最終投票を行う全会員に対し、視覚効果ベイクオフから提示される**3分間の「ビフォー&アフター」映像(ベイクオフ・リール)**を視聴することが義務付けられる。
主題歌賞:エンドクレジットの最初に流れる楽曲については、本編終了前の最後の15秒間を含む映像の提出が必要となる。
ガバナーズ賞:同一年度の受賞者には、最低3つの分野(ディシプリン)が代表されることが要件として加わる。
キャンペーン規則の改訂
授賞レースを取り巻く「FYC(For Your Consideration)」キャンペーンに関する規則にも、実務的な変更が加えられた。ノミネート前のQ&Aやパネルディスカッション付き上映会では、モデレーターを従来の1名から最大2名まで認める。
アカデミー会員に向けたメール配信やFYCカレンダー告知には、アクセシビリティや会場のバリアフリー対応について問い合わせるための連絡先(メールアドレスまたは電話番号)の記載が義務化される。
2029年からの放映媒体と会場の劇的変化
第99回アカデミー賞授賞式は、2027年3月14日(日/現地時間)にロサンゼルスのドルビー・シアターで開催される。しかし、その先の未来にはさらなる大きな変化が待ち受けている。アカデミーは、2029年からの10年間は会場をピーコック・シアターに移転し、放送媒体をこれまでのABCからYouTubeへと完全移行させるという劇的な計画も明らかにしている。