喜劇王と独裁者が生まれた1889年4月
4月16日は、世界的な喜劇王チャールズ・チャップリンの誕生日だ。世界を笑いに包んだ彼の足跡を辿る際、避けて通れない奇妙な符合がある。それは、20世紀最大の暴君アドルフ・ヒトラーと、「1889年4月」という全く同じ年月に生まれていることだ。
チャップリンが4月16日、ヒトラーがそのわずか4日後の4月20日。同い年の二人は、一方は「笑い」で人々を救い、一方は「恐怖」で世界を支配しようとした。チャップリンがその生涯をかけて映画に込めた、強烈な<反戦・反差別>のメッセージを振り返る。
『独裁者』(1940年)
笑いを武器にした最大の抵抗
チャップリン初の完全トーキー(発声映画)である『独裁者』は、ヒトラーとそのナチズムを真っ向から風刺した金字塔的傑作だ。当時、アメリカはまだ第二次世界大戦に参戦しておらず、ハリウッドでもナチス批判はタブー視されていた。しかし、チャップリンは自費を投じて制作を強行する。彼は、自分と似た口髭を持つ独裁者アデノイド・ヒンケルと、記憶喪失のユダヤ人の床屋という二役を演じた。
物語のクライマックス、床屋が独裁者と間違えられて演台に立つ場面で、チャップリンは「役」を脱ぎ捨て、一人の人間として約6分間に及ぶ伝説的なスピーチを行う。ネタバレ全開で甚だ恐縮だが、以下に感涙必至のセリフの数々を一部抜粋させてほしい。
「貪欲が人類を毒し、憎悪をもたらし、悲劇と流血を招いた。(中略)思想だけがあって感情がなく、人間性が失われた。知識より思いやりが必要である。思いやりがないと暴力だけが残る」
「人々よ、失望してはならない。貪欲はやがて姿を消し、恐怖もやがて消え去り、独裁者は死に絶える。大衆は再び権力を取り戻し、自由は決して失われぬ!」
「諸君は幸福を生み出す力を持っている。人生は美しく自由であり、素晴らしいものだ。諸君の力を民主主義のために集結しよう! よき世界のために戦おう!」
「若者に希望を与え、老人に保証を与えよう。――独裁者も同じ約束をした。だが彼らは約束を守らない。彼らの野心を満たし、大衆を奴隷にした。戦おう、約束を果たすために! 世界に自由をもたらし、国境を取り除き、貪欲と憎悪を追放しよう!」
この言葉は80年以上を経た現代においても、侵略・虐殺行為や戦争・紛争、人種差別や社会格差、深刻な分断が止まない世界への警鐘として驚くほど新鮮に響く。その事実が問題の根深さを改めて突きつけ、絶望する同時に勇気づけられもする、映画史、人類史に残るメッセージだ。
『殺人狂時代』(1947年)
戦争という名の「大量殺人」への告発
戦後の冷戦期に公開された『殺人狂時代』で、チャップリンは長年親しまれた「放浪者(チャーリー)」のイメージを捨て、冷酷な連続殺人鬼アンリ・ヴェルドゥを演じた。
この作品は、銀行員を解雇された男が、家族を養うために金持ちの女性を殺害して回るというブラックコメディだが、その本質は「国家による暴力」への痛烈な批判にある。ついに逮捕されたヴェルドゥが放つ言葉は、当時の社会に大きな衝撃を与えた。
「大量殺人は世界が奨励してるんです。そのための破壊兵器を製造している。(中略)大量殺人では私はアマチュアです」
「1人殺せば悪党で、100万人だと英雄です。数が殺人を神聖にする」
チャップリンは、個人の犯罪は厳しく裁く一方で、戦争という名のもとに組織的な大量殺りくを肯定する国家や軍需産業の欺瞞を暴き出した。この急進的なメッセージは、当時のアメリカで「赤狩り(マッカーシズム)」の標的とされる一因となり、彼は事実上の国外追放に追い込まれることとなる。
時代を超えて響くヒューマニズムの系譜
チャップリンの思想は、他の代表作にも色濃く反映されている。
産業社会における人間疎外を描いた『モダン・タイムス』(1936年)では、機械の一部として扱われる労働者の悲哀を表現した。コンベアの歯車に巻き込まれる象徴的なシーンは、効率至上主義が人間性を奪うことへの静かな抵抗である。
国外追放前、最後のアメリカ作品となったのが『ライムライト』(1952年)。老芸人の悲哀を描きつつも、「人生に必要なのは、勇気と想像力、そして少しのお金だ」と説く。差別や戦争に抗い続けた彼が、最終的に辿り着いた「生きることへの全肯定」が詰まっている。
チャップリンは後年、自伝の中で「もしナチスの強制収容所での虐殺の実態を知っていたら、『独裁者』は作れなかっただろう」と語っている。しかし、実態が見えぬうちから独裁の本質を見抜き、その「髭」と「笑い」でもって命の尊厳を訴え続けた彼の姿勢は、時代を超えて我々の良心に問いかけ続けている。
4月16日、彼が映画に込めた「人間への信頼」をチャップリン・デーに改めて受け取ろう。