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「チェンソーマン」にも影響大!? 腐敗ゼラチンまみれで撮影『遊星からの物体X』が後世のSF/ホラーに与えたインパクト【5/5】

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ライター:#ギンティ小林
「チェンソーマン」にも影響大!? 腐敗ゼラチンまみれで撮影『遊星からの物体X』が後世のSF/ホラーに与えたインパクト【5/5】
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『遊星からの物体X』超解説・最終章!

今回は『遊星からの物体X』(1982年)クリーチャー記事最終章ということで、メインキャラクターの生物学者ブレア(A・ウィルフォード・ブリムリー)が変態する“シング”を解説する前に、まず本作を観た人たちの多くが疑問に思うであろう点について説明しておきたい。

途中で消えた“あのキャラクター”の謎

映画のクライマックス、自らの死を覚悟してシングを死滅させることを誓った4人の生存者――マクレディ(カート・ラッセル)、機械技師チャイルズ(キース・デヴィッド)、観測隊隊長ギャリー(ドナルド・モファット)、料理番ノウルス(T・K・カーター)は、基地内にダイナマイトを仕掛ける。その最中、ギャリーはブレア・シングに同化されるが、ノウルスは暗がりに消えると以降の場面には登場せず、彼の生死が映画で描かれることはない。

ノウルスはどうなったのか? 本作の特殊効果を担当したロブ・ボッティンがストーリーボード担当のマイケル・プルーグと作成したストーリーボードでは、彼がブレア・シングに襲われて同化する、という凄まじい展開が描かれていた。しかし、予算の都合で映像化を断念。またノベライズでは、ノウルスはブレア・シングに襲われた際に怪物になりたくない一心で、近くにあった木片で首を刺して自殺している。

クリーチャー⑥:ブレア・シング

いよいよ、映画のボスキャラとなる巨大クリーチャー、ブレア・シングの登場だ。マイケル・プルーグは『スーパーマンIII/電子の要塞』(1983年)のためデザイン決定前に戦線離脱したが、彼が描いたブレア・シングは、ブレア、ギャリー、ノウルスの3人がぐちゃぐちゃに同化しかけた、フリークス度が高いものだった。

彼の離脱後、ボッティンは画家メンター・ヒューブナーと共にデザインを作成。ヒューブナーは『ベン・ハー』(1959年)、『キングコング』(1976年)、『ブレードランナー』(1982年)のイラストボードを手掛けたベテラン・アーティストだが、彼もドッグ・シングのデザインを担当したスタン・ウィンストンのように、すでにデザインの方向性が決まったシングたちと同じテイストの新たなクリーチャーを生み出すのに苦労したという。

ボッティンは、本作に登場するクリーチャーの中で最もデカいブレア・シングの特殊効果は、原寸大のアニマトロニクスでクローズアップを撮影し、全身が見える場面ではストップモーション・アニメも使おうと考えた。そして『SFレーザーブラスト』(1978年)のトカゲ型エイリアンや、『おかしなおかしな石器人』(1981年)の愛嬌のある姿をした恐竜たち、『空の大怪獣Q』(1982年)の巨大怪鳥のモデルアニメを手がけたランディ・クックに依頼した。

ブレア・シングのデザインは、クック、ボッティン、ヒューブナーの3人が、アイデアを出し合いながらストーリーボードを作成した時に生まれた。その段階では、巨大な触手と同化した状態のブレアの上半身はほぼ人間の状態だった。

しかし、ストーリーボードを見たカーペンターが「ブレアの身体の半分をモンスターにするのはどうだろう?」と提案したことにより、頭部の左側が巨大な口になり、左腕の代わりに2本の昆虫の手のようなものが生えている姿になった。

ランディ・クック率いるストップモーション・アニメ班は2ヵ月かけて、1/5スケールのブレア・シングのモデルとセットを制作。ブレア・シングの触手の1本1本が滑らかに動くように、モデルの骨組みに細かい関節を作らなければいけないため、制作に苦労したという。

劇中、ブレア・シングが初めて登場するカットはストップモーション・アニメによるものだ。床板をぶち破り、地下から巨大な触手が這い出てくる。

当初の予定では、床下から登場するのは触手ではなく、ブレア・シングと同化したノウルスだった。ストーリーボードには、全身から細長いミミズのような触手が生えたノウルス・シングの上半身が床板を突き破って登場! と思いきや、さらに床板が割れて巨大なブレア・シングが姿を現し、ノウルスの上半身はその一部にすぎなかった……という素晴らしい展開が描かれている。

ランディ・クックは、ブレア・シングのシーンのために5カットのストップモーション・アニメを撮影した。その中にはブレア・シングの全身がわかるカットもあったが、カーペンターが「ストップモーション・アニメ独特の動きが、それまでに登場したアニマトロニクス製のシングたちの動きと異質で、観客に違和感を与えてしまう」と判断し、全5カットのうち「床下から這い出る触手」の2カットしか使用されなかった……。

使われなかったカットの中には、ブレア・シングの胸から出現したドッグ・シングの身体が伸びて、地面を這う場面もあった。

腐った粘液まみれになりながら過酷な撮影を完遂

クックたちがストップモーション・アニメを撮影している間、ボッティンたち特殊メイク班は、実寸大のブレア・シングのクリーチャー・エフェクト撮影を行っていた。全6種類のシングの中で最も大きいブレア・シングの外皮を作るために、約136キロのフォームラテックスが用意された。そしてケーブル、ワイヤー、ラジコンなどあらゆるギミックを導入した実寸大のクリーチャーを動かすには、最大63人のオペレーターが必要だったという。

ボッティン自身もブレア・シングの内部に入り、胸を突き破って出てくるドッグ・シングを操っている。この時のドッグ・シングの造型はスタン・ウィンストンのスタジオではなく、ボッティンの特殊メイク班が作ったもの。スタン版ドッグ・シングは黒目だが、ボッティン版には瞳があり、苦し気な表情を浮かべていて、他のシングたちと同じフィーリングを感じさせるデザインになっている。

このシーンを観るたびに、「ボッティンがドッグ・シングのシーンを担当できていたら、こんな感じのクリーチャーが登場したのかな?」と夢想してしまう。が、実際の撮影現場はそんな呑気な感傷にひたるヒマが1ミリもないほど大変だった。

ドッグ・シングはブレアの胸を裂き、おびただしい量の体液を垂れ流しながら登場する。その効果のために大量のジェルだけでなく、ゼラチンも使用していた。その際、クリーチャー内部にいるクルーは粘液まみれになってしまうことを承知で操作しなければならない。

しかし、用意したゼラチンが腐っていた。セット内に、腐った卵のような臭いが漂いはじめる。当然、クリーチャーの中はさらに酷い状態になっていた……。それでもブレアの内部で操作するボッティンは、本番をやり遂げた。カットがかかると、スタッフたちが急いでボッティンをクリーチャーの中から引きずり出したが、彼は全身腐った粘液まみれであった。

こうして1年5週間にわたる『遊星からの物体X』製作期間のうち5ヵ月かけた、クリーチャー・エフェクトの撮影が終了した。すべての作業を終えたボッティンは過労と肺炎、そして潰瘍になってしまい再び入院した。

主人公マクレディの“その後”を描く公式サイドストーリー

本作のファンたちの間で、よく議論されていることがある。ラストシーンで生き残っていたマクレディとチャイルズは、どうなったのか?

カーペンターと脚本家のビル・ランカスターは、「シングに寄生された2人が、春になって救助隊に助けられる」「他の観測隊に救出されたマクレディが、自分の血液を検査してシングになっていないことを知り、ホッとして終わる」など様々なラストを考えたが、どれもべストな案だとは思えず、あのような締めくくり方になった。

2002年にリリースされたPS2用ゲーム「遊星からの物体X episodeII」は映画の続編的な内容で、2人のその後が描かれている。カーペンターが公認し、彼も声優として参加しているこのゲームでは、チャイルズは凍死していたことが判明。マクレディはゲームのラストに登場し、元気な姿でヘリコプターを操縦している。

映画の続編は他にもある。ダークホース・コミックスが1991年に出版したコミック「The Thing From Another World」は、映画の直後から物語がはじまる。

ブレア・シングを破壊した後、2人は日本の捕鯨船に救助される。しかし、捕鯨船の乗組員たちが破壊された南極基地跡に足を踏み入れたため寄生されてしまう……。かくしてマクレディVSシングの第2ラウンドが幕を開ける。

最後は、潜水艦の中で大暴れするブレア・シング級の巨大クリーチャーを、チャイルズが自らの命と引き換えに倒す。そして潜水艦から脱出したマクレディが、大海原に浮かぶ海氷の上で力尽きてていく姿でコミックは終わる。

今度こそマクレディも最期か……と思ったら、ダークホースはさらなる続編「The Thing from Another World:Climate of Fear」(1992年)をリリース。海氷の上で意識を失っていたマクレディはアルゼンチンの観測隊に救助されるが、その時シングに寄生されたアザラシが観測隊を襲う。が、シングの存在を知らない観測隊は昏睡状態のマクレディを連れてアルゼンチン本土に帰ってしまう……。

どう考えてもマクレディだけでなく地球が終了してしまう事態だが、彼はシングをすべて返り討ちにする。

続いてリリースされた続編シリーズ第3弾「The Thing from Another World:Eternal Vows」(1993年)では、ニュージーランドに辿り着いたマクレデイが4度目の戦いを繰り広げる。その姿は“シング・ハンター”としての風格を漂わせていた。

「チェンソーマン」にも影響を与えた?“シング”のインパクト

本作は1982年6月25日に全米で公開された。この2週間前には『E.T.』(1982年)が公開され驚異的なヒットを記録しており、巷は心優しいエイリアンに夢中だった。ちなみに、当時12歳だったロック様になる前のドウェイン・ジョンソン少年は、プロレスラーだった父の友人で身長223センチ/体重236キロの巨漢だった、「世界8番目の不思議」という異名を持つアンドレ・ザ・ジャイアントと2人で本作を観に行き、猛烈に感動したという。

そんなタイミングで、映画史上最大級にグロテスクで残酷なエイリアンが登場するダークな映画は公開された。当然、ヒットには至らなかった……。

当時、オリジナル版である『遊星よりの物体X』(1951年)の監督クリスチャン・ネイビーは本作を観て、「そんなに血が欲しいなら、食肉処理場に行けばいい。映画自体は、(劇中でマクレディが飲んでいる)J&Bウィスキーのコマーシャルとしては素晴らしかったんじゃないか」と痛烈な批判をしている。

しかし、80年代中盤にレンタルビデオが普及しだすと『遊星からの物体X』の評価は上がりはじめ、SFホラーの傑作として認知されるようになった。本作に登場した醜悪かつ独創的なデザインのクリーチャーは、現在もモンスター映画だけでなく漫画やゲームなど様々なカルチャーに多大な影響を与え続けている。『遊星からの物体X』は、メタモルフォーゼ(変態)の特殊効果を飛躍的に進化させただけでなく、クリーチャーのデザインも新たなフェイズに導いたのだ。

人気漫画「チェンソーマン」に登場する永遠の悪魔やゾンビの悪魔、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016年~)のデモゴルゴンも、ボッティンが創り出したシングがいなければ違ったものになっていたかもしれない。

文:ギンティ小林

『遊星からの物体X』はBlu-ray/DVD発売中、U-NEXTほか配信中

CS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:24時間 モンスターバトル!」は2023年8月放送

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『遊星からの物体X』

その恐怖は一匹の犬から始まった。見渡す限り氷に囲まれた白銀の大雪原をヘリコプターに追われて逃げる犬は、アメリカの南極観測基地へと辿りつく。ヘリコプターを操縦するノルウエー隊員が銃を乱射したため、アメリカ隊員はやむおえず彼を撃ち殺すが、やがて、ノルウエー隊員が異状に錯乱していた理由が明らかになる。なんと犬の正体は10万年前に地球に飛来したエイリアンだったのだ!接触するものを体内に取り込むエイリアンは、巧みに人間の姿に変身、吹雪に閉ざされた基地内で、隊員たちは互いに疑心暗鬼になっていく。そんな中、彼らは挙動不審なマクレディ(カート・ラッセル)をエイリアンではないかと疑うが……。

監督:ジョン・カーペンター
製作:デヴィッド・フォスター ローレンス・ターマン ラリー・フランコ
原作:ジョン・W・キャンベル・Jr
脚本:ビル・ランカスター
撮影:ディーン・カンディ
特撮:アルバート・ホイットロック
特殊効果:ロブ・ボッティン
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:カート・ラッセル
   A・ウィルフォード・ブリムリー リチャード・ダイサート
   ドナルド・モファット T・K・カーター デヴィッド・クレノン
   キース・デヴィッド チャールズ・ハラハン ピーター・マローニー
   リチャード・メイサー ジョエル・ポリス トーマス・G・ウェイツ
   ノーバート・ウェイサー ラリー・フランコ

制作年: 1982