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『アマンディエ』1980年代の演劇学校を舞台とした群像劇!俳優の卵たちのリアルな姿を描く【カンヌ映画祭レポート】

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ライター:#まつかわゆま
『アマンディエ』1980年代の演劇学校を舞台とした群像劇!俳優の卵たちのリアルな姿を描く【カンヌ映画祭レポート】
『アマンディエ』(左から)ルイ・ガレル、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ監督、ナディア・テレスツィエンキーヴィッツ(撮影:筆者)

2013年になくなった演出家で監督・俳優でもあるパトリス・シェロー。ナントで劇場とアマンディエ劇団を主宰し、付属の演劇学校からは何人もの演劇人・映画人を輩出している名伯楽でもあった。そんなパトリス・シェロー学校出身の女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキが、自らの体験をもとに、アマンディエで演劇人を目指す若者たちの群像劇を映画化したのが『アマンディエ』(英題:FOREVER YOUNG)である。

1986年、エイズが恐れられていた頃。アマンディエの演劇学校のオーディションが行われる。一人で、またはカップルで思い思いのワンシーンを演じていく熱情あふれる受験生たちに教授たちは問いかける「なぜ、演劇を?」と。映画でもテレビでもなく、なぜ演劇、舞台でなければいけないのか、と。答えに詰まり「鏡の中に空っぽな自分がいたから」と答えるブルジョワの娘ステラがヒロイン。テデスキの自画像である。彼女を含め、合格した若者たちは憧れのパトリス・シェローの指導の下、最初の公演「プラトノフ」に向かっていく。

『アマンディエ』ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ監督(撮影:筆者)

「私もこの学校に通い、演劇を演じたり書くことを学びました。チェーホフの「かもめ」のニーナ役から私の演劇人生は始まったのです。セットに立っているとパトリスのことを思い出し、美しい思い出とパトリスの不在の悲しみを感じました。映画で新人公演として「プラトノフ」を稽古していきますが、映画自体がリアルなリハーサルのようなもので、ワークショップをリアルに見ているような気がしました」
と懐かしむテデスキ。3ヶ月間リハーサルを重ねて撮影に挑んだ若い俳優たちはオーディションで選ばれた。
「キャスティングが映画そのものになる作品です。アマンディエらしい役者をと選びました。グループでリハーサルを重ねるうち、カップルもできるし、いろいろな葛藤も起きる。本当に映画そのものでした。この作品はトラジコメディ(悲喜劇)だと思います。意識して笑いのシーンを作ることはしませんが、人生のファニーな部分をとらえようとしています。観客にも人生にも笑いは必要です。酸素のような物だと思います」

『アマンディエ』ルイ・ガレル(撮影:筆者)

パトリス・シェローを演ずるのはルイ・ガレル。そっくり、かどうかはおいておいて、カリスマ的な演出家の雰囲気を漂わせている。撮影延期もできる映画と違い、演劇は公演が始まってしまえば何があろうとショー・マスト・ゴー・オン。そんな舞台ならではの厳しさも引き受けるのが演出家であり、舞台俳優なのだと見せていく。

「演技者を目指す人は多いが、舞台俳優を目指す人は少ない。今は映画・テレビ・配信・ウェブ・CMなどなど演技者の仕事の場はたくさんあるが、演劇以外の“演技”と呼ばれるものは趣味のようなものに過ぎないのではないかと僕は考えている。演劇は一本に何十日も稽古をし、技術的にも身体的にも思考的にも鍛え続けることが要求される仕事だ。年齢も関係ない。これこそが演技を仕事にするということだと思う。はっきり言うと映画はリアルな仕事ではないと思うね。
このストーリーはヴァレリアのものだけれど、俳優にはここに登場する人物たちが本当に生きて存在していると観客に思わせる、という責任がある。俳優は、監督のやりたいことはなにかを知り、ストーリーの流れを理解し、その人物に乗り移る。そのために僕はアマンディエ演劇学校のアーカイブを見てパトリスの演出の方法やその表現を学んだ。登場人物たちはクレイジーなこともしているが、それが1980年代の若い俳優の卵たちのリアルな姿だったんだ。これは彼らのポートレイトなんだよ」

 

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