監督・水谷豊が語る『太陽とボレロ』地方都市ならではの“画になる”制作秘話「こんな時だからこそ映画を!」

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:松崎健夫
監督・水谷豊が語る『太陽とボレロ』地方都市ならではの“画になる”制作秘話「こんな時だからこそ映画を!」
水谷豊

映画監督・水谷豊

2017年の『TAP THE LAST SHOW』、2019年の『轢き逃げ 最高の最悪な日』に続く、水谷豊監督の3作目『太陽とボレロ』が2022年6月3日(金)から公開となる。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

オリジナル脚本を手がけた今作でも、監督・脚本・出演の三役を兼任。今回はクラシック音楽をモチーフに、とある地方都市のアマチュア交響楽団が解散の憂き目にあう顛末が描かれてゆく。

コロナ禍で延期になった撮影、吹き替えなしの演奏に挑んだキャスト、そして、映画製作に対する想いを水谷豊監督にお聞きした。

水谷豊

監督3作目として企画がスタートした経緯

以前から「60代で3本の映画をやりたい」と言っていたので、「そろそろ3本目を考えませんか?」とプロデューサーから提案があったんです。それで「そうか、今ならまだ間に合うな」と思った(笑)。それが、2018年秋のことです。

―2018年の秋頃といえば、前作『轢き逃げ 最高の最悪な日』の撮影を7月末に終え、仕上げの真っ最中。つまり、同時進行で『太陽とボレロ』の脚本に着手していたことになる。

どんな話がいいだろう? といろいろ考えていた時に「そうだ、クラシックの世界はどうだろう?」とひらめいた。特に詳しいわけではないんですけど、きっと面白い人間模様があるんじゃないかと思ったんです。

―『太陽とボレロ』はアマチュアの、しかも地方のオーケストラを描いた作品だが、当初は都会で活躍するプロのオーケストラを題材にしようと考えていたのだという。

そうすると、“楽器に何か仕掛けてある”とか、話がどうしても怖いサスペンスの方になってしまって(笑)。3本目となる今回は、ユーモアを意識した作品を作りたいと考えていた時に「地方の交響楽団だったらどうだろう?」と思いついたんです。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

―実は、脚本を書くかなり前の段階で、“太陽とボレロ”というタイトルが監督の脳裏に浮かんだのだそうだ。

僕が30代の時に、初めてモーリス・ラヴェルの「ボレロ」を生演奏で聴いたんです。すごい世界へ連れて行かれたという、その感動、その想いが、ずっとどこかにあったんでしょうね。その後、奇しくも同じ“モーリス”ですが……フランスの振付家モーリス・ベジャールが「ボレロ」を振り付けした『愛と哀しみのボレロ』(1981年)を観たんです。映画のラストでジュルジュ・ドンが「ボレロ」に合わせて踊る姿が素晴らしくて。それで、より「ボレロ」が僕の中で印象深くなった。だから、クラッシックの世界を描くなら、「ボレロ」をクライマックスにしようと考えるようになったんです。

水谷豊

―ラヴェルの「ボレロ」は、『愛と哀しみのボレロ』のクライマックスに使われただけでなく、『踊る大捜査線』のスピンオフ作品『交渉人 真下正義』(2005年)のクライマックスでも使われている。また、ブライアン・デ・パルマ監督の『ファム・ファタール』(2002年)では、坂本龍一の作曲した劇中曲が「ボレロ」風だったり、庭月野議啓監督の『仁光の受難』(2016年)では『愛と哀しみのボレロ』でジョルジュ・ドンが踊る場面にオマージュを捧げなから、こちらも「ボレロ」風、デ・パルマ風のスプリットスクリーン(分割)によって演出。ラヴェルの「ボレロ」は、映画との親和性があるように思わせる由縁だ。

「ボレロ」は、酒場でひとりの女性が踊り始めるという、バレエ音楽として作られたもの。だんだんと酒場の客が乗ってきて、最後は全員が踊る。みんながひとつになるくらい人を惹きつけてゆく、そういう音楽なんです。それから、“太陽”って当たり前のようにあるけれど、「こんなに無償の愛を感じるものは他にない」と僕は思っているんです。

月には、どこかロマンティックなイメージがありますよね。自分がネガティブな気持ちになっても、人に寄り添ってくれるような感じがある。一方で、前に向かってゆくエネルギーみたいなものを考えた時、月ではなく、“太陽”なのだと思ったんです。それで、“太陽”と“ボレロ”というタイトルだけが、僕の中で先に決まりました。

水谷豊

地方を舞台にしたコロナ禍での映画製作

―監督作の企画を練る過程で様々な選択肢があったはずなのだが、水谷豊監督は『轢き逃げ 最高の最悪な日』に続いて、東京近郊の都会ではなく、“地方都市”を舞台に選んでいる。地方の芸術振興のあり方を描くことを選んだ理由は、どのようなところにあったのだろう。

確かに、僕は地方色があまりないタイプだと思うのですが、実は親が京都から北海道へ移った時に生まれたので、7歳までは北海道で生活していたんです。映画を作る時、撮影・照明・録音・美術、どれも大変な部門なんですが、特に美術は大変で。例えば、セットで撮影をする時に、あたかも“作った”ような美術になると、芝居をする俳優さんまで“作った”みたいになる。これが本物の前で演じると、それだけでその場の空気みたいなものができあがってくるんです。

地方には、緑があったり、水があったり、いろんな条件がありますよね。都会にはない自然が残っているだけでなく、個性的な建築物もある。地方には都会よりも、“画になる”ものがたくさんあるんですよ。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

―水谷豊監督自身が役者でもあるからこそ感じる、“本物”の前で演じることが演技に及ぼす影響とは、どのようなものなのだろう。

役者は美術そのものを見ているわけではありません。だけど、何か魅力的に表現できていると感じた時には、そういう“本物”が背景にあったりすることがあるんです。撮影・照明・録音・美術に加えて、衣装や小道具といったものは、僕が地方の交響楽団で人間模様をやりたい時に、そのことを観ている側へより伝えるためのツールにもなっているんです。最終的にはキャラクターや芝居など、観客は人間そのものを見ているのだろうけど、とてもいい環境の中で芝居ができていると、観ている側もそこに何かしらの魅力的に感じるもので。そういう気持ちにさせられることというのは、映画にとって欠かせない、そして大切なものなんです。

―『太陽とボレロ』の脚本は2019年に書かれ、2020年に撮影をする予定だったが、本作も例に漏れずコロナ禍によって製作が延期されたという経緯がある。コロナ禍においては「芸術は不要不急」との心無い言葉も飛び交ったが、今作で描かれている地方での芸術振興というテーマは、「不要」とされている点で、どこか重なるものがある。

勿論のことですけど、ホンを書いているときは意識なんてしていませんでした。だから、奇しくもコロナ禍になったことで「こんな時だからこそ映画を!」と、出演者もスタッフもより強く感じたのだと思います。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

―ホールでの演奏場面では、指揮者や演奏者越しに来場者で満席となった客席が映り込んでいる。撮影が行われた街に住む地元の方々の協力による、人海戦術ともいえるエキストラの姿は圧巻だ。

本当にコンサートを観に来ているお客さんに見えたんです。撮っていた僕も、その姿には感動しました。撮影する前に、会場の皆さんにはビゼーの「ファランドール」の演奏を、実際に通しで聴いてもらいました。撮影では、どうしてもカットを割らなければならない。だから、通しで見て、聴いてもらうことで、会場のお客さんは本当にコンサートへ来ているような気持ちになる。エキストラの皆さんの表情がとても良かったです。それから、この映画を観に来たお客さんにも、コンサートへ来た気持ちになって欲しいということもありました。

水谷豊

―今回の取材とは別の機会に石丸幹二さんとお会いした際、『太陽とボレロ』の話題になり、「エキストラが凄かった」と述懐されていたのは、とても印象的だった。実際に多くのエキストラを動員したこともまた、役者の演技に何かが反映されたのではないだろうか。

そう思いますね。今回は、ある意味で贅沢にやらせてもらえた。コロナ禍での撮影であったにもかかわらず、よくあれだけの人数をスタッフが集めてくれた。準備も大変だったはずなので、監督としては本当に嬉しいです。

―とはいえコロナ禍での撮影は、いつ中断になってもおかしくない厳しい状況にあったという。

最中でしたからね。撮影現場では、いろいろと配慮をしながら、注意も払わなければならない。一方で、(石丸幹二さん演じる鶴間が経営する)中古車センターや(檀れいさんが演じる理子が経営する)ファッションプラザのために撮影場所を貸してくださった方々や安曇野市役所の皆さんは、とてもウェルカムでした。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

ファッションプラザのHANAMURAに見立てた場所は、もともと西洋の雑貨や食器を扱うおしゃれなお店だったんですが、店内の物を全部どけて、映画のために作り変えてくれたんです。例えば、店内の中央にある階段も撮影のために作ったもので。もともとはそこに無かったものなんです。お店の方が「どうぞ、どうぞ」と仰って、自由に使わせてくださいました。

中古車センターのワールドに見立てた場所でも、僕が「フロントガラスを割りたい」と無茶を言ったら、そういう車を用意してくださった。あの頃はまだ、何かあると大変だと思う人も多かったはずなんですが、そういった協力体制が素晴らしくて。コロナ禍であったにもかかわらず、撮影する環境としては本当に最高でした。

水谷豊

不思議な縁で紡がれたキャスティング

檀れいさんとは、不思議な縁があるんです。僕は脚本を書く際、誰かに囚われたり、縛られてしまうことがあるので、特定の人物ではなく、架空の人物を想定しながら進めてゆくんです。ところが、脚本のワンシーンだけ、なぜか檀れいさんの顔が浮かんだことがあって。河原のベンチで彼女が寝そべっているシーンなんですが、理由は今でもわからないんです。

この話は、スタッフのみんなにはしませんでした。先に言って、檀れいさんに断られたら虚しいじゃないですか(笑)。役者には断る権利もありますから。そのことを誰にも言わないままオファーしてみたら、檀さんからOKが出た。そんな不思議な縁があったんです。

―今作では、檀れいさんの母親役を檀ふみさんが演じている。檀ふみさんは、水谷豊監督の前作『轢き逃げ 最高の最悪な日』で、水谷さんの妻役を演じていたという縁もある。いっけんすると、“檀”つながりなキャスティングのようにも思えるのだが……“檀”が芸名である檀れいさんに対して、檀ふみさんは作家の父・檀一雄の名前をあえて“継承”したというバックグラウンドがある。奇しくも『太陽とボレロ』の劇中では、檀ふみさんの娘役を演じた檀れいさんが、家業の“継承”に対して悩む姿が描かれている。

偶然の賜物みたいなものですね。そこまで深くは考えていなかったんですが、いい母娘に見えたでしょう? 実は、檀ふみさんが「母がこんな感じでした」と仰って。よく見ると、彼女はとても細かい芝居をされているんです。あれはお母様を見て、ふみさんが実際に感じたことを芝居にしているのだと思い、流石だなあと思いました。これも、不思議な縁ですよね。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

―理子の先輩で、弥生交響楽団を創立当初から支援してきた鶴間芳文役を演じた石丸幹二さんは、水谷豊さん主演の『王妃の館』(2015年)で共演している。彼が持つパブリックイメージを巧妙に利用しながら、おっちょこちょいな感じを引き出している絶妙なキャスティングだ。

石丸さんは『相棒 ~警視庁ふたりだけの特命係』(2000年~)にも極端な性格の役で出演いただいている縁があって。彼は脚本を読んで、理子を支える二枚目な役として演じるつもりだったようなんです。僕は撮影の合間の石丸さんを見ているので、普段はただの二枚目ではなく、面白いところがあることを知っているんです。今回は、そういう役をやって欲しいと思ったんですね。二枚目でやってもらうのは、彼がサックスを吹く場面と理子をねぎらう場面、この2シーンだけでいい。あとは「どっか、こういう人いるよなあ」という面白い、それでいて愛すべきキャラにしたかったんです。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

―これまでも水谷豊監督は、『TAP THE LAST SHOW』や『轢き逃げ 最高の最悪な日』で、若手の俳優たちを主要キャストに起用してきたという経緯がある。今回は町田啓太さんと森マリアさんがその重要な役目を担っている。

町田さんはある作品を観て、感性とリズム感が素晴らしいと感じたんです。みんな、彼のことをカッコいい俳優だと思っているけれど、だからこそ崩すと面白くなる。実際、現場に入ると楽しんでやってくれるんですね。今回は、楽器の吹き替えは使わないという決めごとがありました。特に大変なのはバイオリン。あかりという役は、若いけれどコンサートマスターもやらなければならない。森マリアさんは小さい頃からバイオリンをやっていて、見た目もヒロイン顔(笑)。5年間のブランクがあったらしいんですけど、役に決まってからの準備期間は短かったこともあり、かなり練習をされたと聞きました。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

うちのバイオリン三人娘(森マリア、梅舟惟永、木越明)は、演奏場面では本当に音を出しているので、よくぞあそこまで見事にやってくれたと思っています。僕も演じるために楽器を練習したことがあるので、その大変さはすごくわかる。だけど、苦痛は快感に変わるもの。いつか「やって良かった!」という日が来るものなので、出演者のみんながそう思ってくれていたらいいですね。それからバイオリン三人娘のひとりを演じた梅舟惟永さんは、たまたまうちの娘と友達だったみたいで。これも不思議な縁ですよね。

水谷豊

スポットライトの当たらない人物へスポットライトを当てること

―まだ3作目ではあるが、水谷豊監督作品にはいくつかの共通点を指摘できる。例えば、群像劇であることによって多角的な視点を持っているという点。或いは、これから何かを継承してゆく世代と、彼らを見守る世代、そのふたつのエピソードが並走しているという構成などが挙げられる。

たぶん、自然とそうなるんでしょうね。社会を見ていると、あらゆる年代の人が暮らしている。だから、人間を表現しようと思ったら当然のことながら、いろんな世代を描くことになる。社会を描けば、意識をしなくても、「どこかの世代に偏って描いてしまった」なんてことはなくなるはずなんです。

『太陽とボレロ』©2022「太陽とボレロ」製作委員会

―もうひとつ、共通点として挙げられるのは、世の中で輝かしい活躍をしている人物の側ではなく、どちらかというとスポットライトの当たらない側の方を描いているという点。栄光を勝ち取るという類の物語ではなく、そうではない生き方もあると提示しているのだ。

今そう言われて、ふと思うことがあるんです。みんな、誰もが「幸せになりたい」と思っていますよね。自ら「不幸になりたい」などとは思わないわけで。ところが、「幸せってなんだろう?」と考えた時、「幸せはそこじゃない」という感覚が僕にはあるんですよ。つまり、嬉しいことがあったから幸せなのかというと、(それは幸せかもしれないけれど)その時だけのことですよね。幸せが未来永劫にわたって続くわけではない。そう思うと、幸せって、感じたいのに、どう感じたらいいのかわからないものだったりもするわけです。

例えば、美味しいものを食べて「幸せだ」と思っても、その幸せな感じというのは、その時だけのことで、全ては永遠などではないんです。そうすると、「幸せって虚しいな」ということになってしまう。でも僕は、何気ない時に、ふと幸せを感じるような人になれたらいいのではないかと思っているんです。例えば、ふっと風が吹いただけで幸せを感じる。そんな幸せを、たくさん感じるような人になれたらいいなと。

ただ、なかなかそうはなれないという社会の現実もある。そうすると、大きな成功をしたからといって、それが幸せに繋がるとは限らないし、もしかすると不幸に繋がるかもしれないと考え込んでしまう。何ごとにも裏と表がありますから。そうなった時、「かけがえのない幸せって何だろう?」と考えたら、意外とそういうところに辿り着く人がいるんじゃないかと思う。普段からそういった想いが、僕にはあるんですよ。

水谷豊

取材・文:松崎健夫

撮影:落合由夏

『太陽とボレロ』は2022年6月3日(金)より全国公開

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『太陽とボレロ』

ある地方都市のアマチュア交響楽団。主宰者である主人公の花村理子は18年間、個性豊かなメンバーとともに活動してきた。みんな音楽を愛する普通の人々。しかし、楽団の経営は苦しく必死に奔走する理子だったが、ついに楽団の歴史に幕を閉じる決断を迫られる。そして、最後にして最高のコンサートがはじまる!

監督・脚本:水谷豊

出演:檀れい 石丸幹二 町田啓太 森マリア
   田口浩正 永岡佑 梅舟惟永 木越明 高瀬哲朗 藤吉久美子 田中要次
   六平直政 山中崇史 河相我聞 原田龍二 檀ふみ
   水谷豊

制作年: 2022
  • BANGER!!!
  • 映画
  • 監督・水谷豊が語る『太陽とボレロ』地方都市ならではの“画になる”制作秘話「こんな時だからこそ映画を!」