タリバンから死刑宣告された監督がスマホで撮影『ミッドナイト・トラベラー』はアフガン難民一家による決死のドキュメンタリー

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
ライター:まつかわゆま
タリバンから死刑宣告された監督がスマホで撮影『ミッドナイト・トラベラー』はアフガン難民一家による決死のドキュメンタリー
『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

おそらく私は、この作品を日本で最初に見たうちの一人だと思う。2019年の1月から3月にかけて、川口のスキップシティ国際Dシネマ映画祭の一次審査員として海外長編ドキュメンタリーを担当し、100本以上のドキュメンタリーを見たうちの1本だった。その中から3本を選び、劇映画の候補作と合わせて最終上映のための審査に臨むのである。

もともと劇映画の映画祭なのでドキュメンタリーに定席はない。そこを突破して、2019年、最終上映作の1本として選ばれたのが『ミッドナイト・トラベラー』だった。思わずガッツポーズしたのは、内緒である。……でもないか。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

※以下、作品の内容に一部触れています。

タリバンのドキュメンタリーを制作し“死刑”宣告

『ミッドナイト・トラベラー』は、ある家族のロード・ムービーである。アフガニスタンから5600km。直線だと東京からアンカレッジくらいの距離だ。目指したのはドイツ。空路であれば数時間の距離だが、この一家は4年近くかけて陸路で移動することになった。なぜか。父親である映像作家ハッサン・ファジリが2015年3月、タリバンからの死刑宣告を受けたからだ。ハッサンの作ったテレビ用ドキュメンタリーがタリバンの逆鱗に触れ、出演した男性が殺され、次は監督のハッサンだという。

危険を感じたハッサンは妻のファティマ・フサイニと二人の娘、ナルギスとザフラを連れて隣国タジキスタンに向かい、そこで庇護申請をする。しかし、申請は14カ月間先送りされたまま、一家はアフガニスタンに戻らなければならなくなる。もちろん実質的な内戦下にあり、タリバンと戦闘中のアフガニスタン政府に一家の安全を保障することなど期待できない。ハッサンはヨーロッパ、ドイツを目指して国を出ることを決意したのである。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

2015年当時、アフガニスタン政府は各地で戦闘を続けるタリバンに手を焼き、和解協議を始めるが中断。やがてタリバンはアフガニスタン第五の都市・北部の街クンドゥーズを一時占拠するなど勢いを増し始めた。同時にシリアで生まれたISISもアフガニスタンで活動を始め、オバマ大統領は在留アメリカ軍の完全撤退をあきらめる。

一家がタジキスタンから戻ったのが2016年の5月くらい。ファティマは国境でブルカをかぶる。ハッサンの実家はマザリシャリフにあり、タリバンが2015年から実効支配していたクンドゥースの隣の隣の州だ。実家に戻るためにはクンドゥーズ州を通らねばならない。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

監督はアフガニスタン民主化の申し子

アフガニスタン北部マザリシャリフの宗教指導者の家に生まれたハッサンは、他の兄弟全員が宗教指導者になるなか映画監督になった。2001年12月まで政権を握っていたタリバンは娯楽を禁止していたのだから、映画監督になれるなんてアフガニスタン「民主化」の申し子、と言ってもよかろう。

2011年にはイギリスのシェフィールド国際ドキュメンタリー映画祭主催トレーニングプログラムに招待されてもいる。舞台・ドキュメンタリー・短編映画やテレビ番組の制作を手掛け、作品は映画祭で受賞するなど評価の高い監督である。若きアーティストとして仲間たちの拠点にすべくカフェをオープンさせ、女優であり映画監督でもある妻ファティマとともに運営していた矢先、その活動がタリバンの標的となり、カフェを閉店させられることになってしまう。そしてタリバンの指導者でありながら武器を捨て、平和主義者になったムラ―・トゥール・ヤンを描くドキュメンタリーを国営放送のために制作したことで、タリバンの標的になってしまったのだ。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

社会的政治的、宗教や人種など様々な理由で祖国にいると命の危険があると思われる人が、祖国を出て他の国に保護を求めると“難民”と言われる。が、この国に行って保護してほしいと難民申請するためには、その国もしくは地域に行ってから難民申請をしなくてはいけない。祖国から隣の国に出ただけでは難民にはなれないのだ。まず庇護申請をして、それから難民申請のために、たとえ不法入国だろうと申請のできる国か地域まで行かなくてはならないのである。だから隣国タジキスタンに逃れたファジリ監督一家はオーストリア政府にあてて庇護申請の書類を作り、それをタジキスタン政府に提出するがらちがあかず、自力でヨーロッパまで行く旅に出たわけだ。まだ幼い娘二人を連れて……。

死刑宣告を受けたのが父親だけならば、まずは彼だけが逃れれば、と思うかもしれない。しかし、タリバンがいつ政権を奪取するかもしれない、もしくはISISが……というようなアフガニスタンには妻と娘をおいてはいけないと、タリバン時代も知る父は考える。かつてタリバンは女性に教育を受けることも働くことも禁止し、男性の付き添いがなければ外に出てはいけないというきまりを押し付けた。父親がいない、しかも反タリバン的な行いで国を出た、となれば残された妻と娘はどうなることか。だから大変なことはわかっていても、一家で国を出る、のである。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

今、再びタリバンが政権を取ったアフガニスタンから逃れようとする人々が、家族と共に行動しているのも同じ理由だろうし、各国がその協力者だけではなく彼らの家族も一緒に逃さなければいけない責任があるのも、同じ理由だ。

今回カブールを押さえたタリバンは、「我々は20年前のタリバンとは違う」とタリバン報道官に言わせている。たしかに交渉の重要さを学び、世界に政府として認定されることを試みようとしてはいる。けれど彼らに従わない者たちに対して、例えば自分の意見をはっきりと言う監督の妻ファティマ・フサイニのような女性に対して耳を傾け、意見を取り入れることはあるのだろうか。髪を隠さないと決めた監督の長女ナルギス・ファジリの希望を聞き入れるだろうか。父であり、夫であるハッサンはもちろん、妻であり母であるファティマも大いに疑問に思っている。自分たちが、娘たちが、人間として自由と尊厳を持って生きていけるところへ行って暮らしたい。それが2人の望みであり旅の目的である。

これは「どこかの誰かの可哀想な記録映像」ではない

映画の冒頭近く、おそらく恋人時代のハッサンをファティマが撮影したカットから始まり、二人が結婚し子どもが生まれ、もう一人産まれ育っていくという一家の歴史をフラッシュバックで見せるシーンがある。二人とも映像作家なので、日常的に暮らしを撮影してきたのだろう。そんな「日常風景」が時々「難民生活という日常」にフラッシュバックで挟まれる。ある時は違いを対比させ、ある時はいつもと同じと同期させる。その振れ幅の大きさが見るものを揺さぶる。

3台のスマートフォンを駆使して撮影される「難民生活という日常」は、つねに家族の視線で切り取られている。ジャーナリストや活動家ではなく、時にはアーティストですらなく父として母として娘として、家族と、家族に起こっていること、家族が今感じていることを記録していく。それは、「見ているあなたと同じ、ひとりのひと」として「わたしと家族」を記録するためである。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

日本でセルフ・ドキュメンタリーというと、作家自身が自分を映像の主体として、自分の経験や問題を自分自身がとらえ直し、また見る人に提示することによって問題を共有してもらい、自らの問題を癒し、ときには解消するためのツールになっていると、私は思う。自分自身を撮影し、自分自身に降りかかる問題の共有を観客に求める、という点ではたしかにセルフ・ドキュメンタリーなのだが、その「問題」は、とてつもなく、大きい。けれど、それは確かに一人の父親、母親、二人の娘に今ふりかかっているものなのだ。

例えば、清潔で柔らかいベッドに寝ていた娘たちが、森の中で着の身着のまま寒さに震えながら毛布一枚にくるまって、または南京虫だらけのキャンプのベッドに虫刺されの跡も痛々しく力なく横たわっている。娘たちもつらいが、見ている親もつらい。これはどちらも、現実、なのだ。ある少女の可哀そうな経験、ではなく、「私の娘」が「今」体験していること、だと見てほしいからこその、視点なのである。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

ドキュメンタリー作家としての自分/子を愛する親としての自分

起こることを記録していくドキュメンタリーにはシナリオはない。撮影が終わった素材をどうまとめ、編集していくか、どう音をつけていくかが、「ドキュメンタリー作品」を作るということである。おそらくファジリ監督は、家族の視点で家族に起こることだけを撮影したわけではないと思う。ジャーナリスト的に、そこで起こったことの成り行きや証言なども撮影したはずだ。その片鱗は一家がブルガリアのソフィアでキャンプに入り、移民排斥を叫ぶブルガリア人や彼らに加担する警察と対峙することになるシーンにうかがうことができる。

この出来事は、ヨーロッパに入ったからといって安心して難民になることができるわけではないことや、近年各地で難民や移民を排斥しようという動きが激しくなっていることを、実感してもらうために残さなければならなかったのだ。ジャーナリスト的に「難民問題」を描くなら、この辺りを中心にまとめることもできたはずだ。けれどファジリ監督はその方法をとらず、あくまでも家族のPOV、ポイント・オブ・ビューにこだわってまとめる方法を選択する。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

その決意のきっかけになったであろう出来事を監督は独白する。セルビアのキャンプからハンガリーのドランジッションセンターへ移るころ、荷物整理に集中していた両親は次女のザハラがいないことに気づく。いつものようにスマホで撮影しながら娘を探し始めたファジリ監督は、自分が最近起きた少女のレイプ殺人を思い起こしていることに気づくのだ。今、自分は映画監督として、カメラを片手に、殺されているかもしれない少女の遺体を撮影するビジョンを描いているのではないか、と。それは決して「心配しながら娘を探す父親の行為」とは違う。ある「映画的ビジョン」を作りあげることは、それが劇映画的でもドキュメンタリー的でも、自分がすべきことではない。おそらくこの時、『ミッドナイト・トラベラー』が目指す方向が確定したのだと、私は思う。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

女性プロデューサーがもたらした“ジェンダー”視点

タジキスタンを出て、マザリシャリフからイランへ、イランからトルコへ。ギリシャへ向かう海のルートを避けブルガリアを経て、セルビアのキャンプへ。そこからやっとハンガリーの難民申請受け入れを待つトランジット・ゾーンへ。2018年になっていた。

ファジリ監督は2018年4月ドイツに到着したものの、難民認定を待っている状態で州外には出られない。その状態で、協力者である女性プロデューサーのエムリー・マフダヴィアンと共にドイツでポストプロダクション作業を行い、87分のドキュメンタリーを完成させた。ここでエムリーというもう一つの眼が加わることで、『ミッドナイト・トラベラー』は、なぜ一家がタリバンから離れなくてはいけなかったかについて、おそらくファジリ監督にも見えていなかった大事な問題を見つめることになる。“ジェンダー”の問題だ。

『ミッドナイト・トラベラー』©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.

妻のファティマは女優であり映画監督である。彼女の短編映画がトルコの映画祭で上映されることになったと祝杯を挙げるシーンもある。タリバン政権下では絶対に考えられないことを、ファティマはやっているわけだ。それを夫であるハッサンは喜んでいる。と、自分は思っているのだが、ファティマはそんな夫の心の奥底に染みつき、夫自身は気づかないジェンダーバイアスを感じている。

それが噴き出すシーンがある。ブルガリアのキャンプで隣室の娘が何か借りにやってくる。その子に対してハッサンがかけた言葉が不適切だと、ファティマが怒りだすのだ。嫉妬しているのかといぶかるハッサンに、ファティマはそうではないと怒るのだが、うまく説明ができずイラついてしまい、ついには笑い出す。このシーンを使わないで、見る人が誤解するから、つまり、ただ嫉妬しているのだと思われたくないからとファティマは言う。けれど、その怒りを見逃さなかったのは女性プロデューサーであるエムリーではなかったか。

男性が、それはイスラム教でもキリスト教でも仏教でも関係なく、女性の若さと外見を「美しい」という言葉で褒めれば女性は喜ぶだろう、という考え自体がバイアスであり、「女性はか弱く保護されるべき存在であるべし、ゆえに家から出すな」というタリバンの教えにつながることなのだと、それに反対しているはずのハッサンが無自覚であることへの怒り、なのだと。ここで怒ることができるファティマは、タリバンの支配する世界では生きていけまい。だから彼女はこの旅に出たのだし、娘たちも連れてきたのだ。撮影時にはハッサンもファティマもうまく表せなかった訴えを、このシーンを残すことで『ミッドナイト・トラベラー』は獲得したのだ。

日本を含む世界各国で23もの映画賞を獲得!

“難民になる”ということはどういうことか。どんなことが起こり、どんな思いをするのか。それを、私たち一家の経験を共有することで感じてほしい。それが大きな目的であった『ミッドナイト・トラベラー』は、それ以上の問題提起を観客に与えることになる。映画とは、ドキュメンタリーとは、映画を、ドキュメンタリーを作るということはどういうことなのか、という問い。家族とは、人間とは、宗教とは、ジェンダーとは、尊厳とは、何か、という問い。87分の中に、様々なきっかけが詰まっている。見事な作品になった。

そして、その結果として、まず2019年1月、サンダンス映画祭のワールドシネマドキュメンタリー審査員特別賞を受賞、2月にベルリン映画祭でパノラマ部門エキュメニカル審査員賞受賞、7月にスキップシティ映画祭でも審査員賞を受賞、そして10月には山形国際ドキュメンタリー映画祭で優秀賞を受賞するなど、23もの受賞に輝いたのである。

2021年春、バイデン大統領は20年にわたるアフガン派兵を終了し、8月末には完全に撤退させると宣言した。その8月初め、タリバンは首都カブールをあっという間に奪還し、政権樹立を目指している。アメリカのアフガン攻撃のきっかけになった2001年9月11日のニューヨーク・ワールドトレードセンター攻撃事件から20年のその年、その日に『ミッドナイト・トラベラー』は日本公開を迎える。あの事件が世界に引き起こしたことは何だったのか。もう一度、この作品を見ながら、自分のこととして考え始めてほしいと思う。

文:まつかわゆま

『ミッドナイト・トラベラー』は2021年9月11日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

Share On
  • Facebook
  • Twitter
  • LINE

『ミッドナイト・トラベラー』

2015年、映像作家のハッサン・ファジリはタリバンから死刑宣告を受ける。制作したドキュメンタリーが放送されると、タリバンはその内容に憤慨し、出演した男性を殺害。監督したハッサンにも危険が迫っていた。彼は、家族を守るため、アフガニスタンからヨーロッパまで5600kmの旅に、妻と2人の娘たちと出発することを決意する。そしてその旅を夫婦と娘の3台のスマートフォンで記録した。砂漠や平野、山を越え、荒野をさまよい辿りついた先で、難民保護を受けられずに苦労することも。ヨーロッパへの脱出は、想像以上に困難を極めていた。人としての尊厳を傷つけられるような境遇を経験しながらも、一家は旅の記録を続けていく。撮影することが、まだ生きているということを確認することであるかのように……。本作は、故郷を追われて難民となるとはどういうことか、その現実が観る者に容赦なく迫ってくるドキュメンタリーだ。

制作年: 2019
監督:
  • BANGER!!!
  • 映画
  • タリバンから死刑宣告された監督がスマホで撮影『ミッドナイト・トラベラー』はアフガン難民一家による決死のドキュメンタリー