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家族のために奴隷になった ― 日越共作『海辺の彼女たち』が描く外国人労働者の辛酸、見たいものしか見えない日本人へのメッセージ

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ライター:#大倉眞一郎
家族のために奴隷になった ― 日越共作『海辺の彼女たち』が描く外国人労働者の辛酸、見たいものしか見えない日本人へのメッセージ
『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

家族のために奴隷になった

初めから奴隷になるつもりなどさらさらなかった。日本は夢の国で、家族を養えるお金を毎月ベトナムに送金できる。5年も働けばたいそうな貯金もできて、ベトナムのブローカーに借金して払った大金も返せるし、帰国したら家だって建てられるはずだった。言葉に不安はある。というより、まともには通じないが、一緒に技能実習生として同じ職場に勤める仲間がいるからどうにかなるはず。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

でも、1日15時間、土日もなく働かされられた。約束した給料には遠く及ばない。残業代なぞ聞いたこともない。まともに寝ることもできないし、疲れが溜まる一方で、このままでは毎月の家族への送金もできない。確か技能を学べてお金がもらえるはずだったのに、なんの技能なのかわからない。毎日、誰にでもできる単純作業を延々繰り返すだけで、特別な技術が身についているわけがない。これでは奴隷と同じだ。いや、奴隷そのものだ。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

逃げよう。でも、パスポートも在留許可証も雇い主が一方的に保管すると言って返してくれていない。私たちは仕事を選ぶこと、転職することは許されていない。逃げれば「犯罪者」だ。捕まれば入管の収容所に送られ強制送還されてしまう。どうしていいのかわからないが、とにかく逃げなくては。あとのことは考えないようにするしかない。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

幸いなことに、日本で仕事をしているベトナム人が次の仕事先を紹介してくれた。約束の場所は全く行ったこともないが、「今度の仕事場は安心だ」と応援してくれたのだから間違いないだろう。不安に震えてしまうが、仲のいい同僚三人、女同士だから我慢できる。地下鉄、フェリーと乗り換えながら着いたのは凍える寒さの漁港だった。それでも一安心だと思ったら、案内された部屋はトタン張りの小屋。土間にベッドと電気ストーブが置いてあるだけだった。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

ここまではまだ、日本・ベトナム共作映画『海辺の彼女たち』の入り口である。病気になっても医者にかかれない彼女たちは、どうやって冬を過ごすのだろう。本当に家族への仕送りはできるのだろうか。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

見えない移民、見えないふりの日本人

日本政府は技能実習生、特定技能外国人制度について中身が空っぽのまま、2018年に法律を改正した。一つだけはっきりさせていたのが、この法律改正は移民政策を進めるものではない、ということだった。

ばかを言ってはいけない。国際的な定義ははっきりしていないが、一般的に移民とは「出生国や育った国といった居住国を離れて、12か月以上、当該国へ移住して居住している人々」を指すのである。長期間日本に居住して働く外国人を移民ではないと強弁するから、実際にそこにいる人間を“いない人”だというごまかしが起きてしまうのである。

法律の中身を決めなかったので、実際に何がどう変わったのかわからないまま、出す側も受け入れる側もどうしていいのかわからない状態で、新型コロナ禍に突入してしまった。仕事はなくなった。だが職を変えてはいけない。故国へ帰ろうにもお金はないし、いま帰ってしまっては日本に来るために作ってしまった借金の山をどうするのか。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

コンビニエンス・ストア、外食チェーン店で外国人労働者を見ないことはない。いま、私たちは当たり前のようにそれを受け入れているが、20年前は「ああ、そういうことになってきているのか」と新鮮な驚きがあった。こうして日本に移民として来てくれる人が増えてきて、日本もようやく多様な価値観により、強くしなやかな国に変わっていけるだろう、と希望を持ったこともあった。全く違っていた。

私たちは“見える”外国人を見てはいるが、「安い労働力」としてしか認識していない。しかし、“見えない”外国人が日本中にいて、まともな居住空間も与えられず、約束していた収入も得られないまま、不安を抱えて生きていることを知らない。特集報道番組も放送され、気にしていればこれに類するニュースはいたるところで読むことができるのだが、見たいものしか見えない日本人は知らないし、知りたくない、見たくない。

政治家も行政も問題だらけの状態を知らないわけがないが、自分たちが作り出した現実に向き合うことはない。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

日本は“豊かな国”なのか

OECD(経済協力開発機構)は世界の賃金に関する統計を毎年発表している。最新版は2019年の数字をまとめたものだが、日本の順位は以下の通りである。日本の数字は2018年のデータが使われているが、大きくは変化していないはずである。

最低賃金ランキング 13位
最低時給ランキング 13位
平均年収ランキング 14位

ちなみに最低賃金ランキングでは韓国が8位にランクされており、日本を抜いている。バブルで日本が沸き返っていたときに私はアメリカにいて、スーパーで買い物をすると20ドルでこれだけのものが買えるのかと、アメリカの物価の安さに驚き、ある意味日本経済の強さに戸惑ったのだが、現在20ドルをポケットに入れて買い物に行っても当時の半分程度しか購入できない。

40年前にアジアをうろついていたときにも、いくら飲んでも食べてもこんなもの、と豪華な気分になれたのだが、状況は変わってしまった。アジアの国々の底辺の人々は貧困にあえいでいるが、富裕層、中間層が大きく膨らみ、彼らは日本の物価は安いと驚く。

『海辺の彼女たち』©2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

人口ピラミッドが綺麗に形成されており、遠からぬ将来、日本を軽々と越えていくことは間違いない。そのとき日本にいて暮らしていけなくなった人々は、アジア諸国へと出稼ぎに出なければならなくなるかもしれない。おそらくそうなる。日本で奴隷生活を強いられた人々の子供、孫が日本人を迎えてくれる。どう処遇してくれるのだろう。

私はみぞおち深く黒く濁った塊を抱え、進行していく作品を凝視しながら、作品中の三人の女性たちの未来、日本の未来に絶望するのであった。

文:大倉眞一郎

『海辺の彼女たち』は2021年5月1日(土)よりポレポレ東中野、青森松竹アムゼほか全国順次公開

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『海辺の彼女たち』

技能実習生として来日した若きベトナム人女性のアンとニューとフォンはある夜、搾取されていた職場から力を合わして脱走を図る。新たな職を斡旋するブローカーを頼りに、辿り着いた場所は雪深い港町。やがては不法滞在となる身に不安が募るも、故郷にいる家族のためにも懸命に働き始める。しかし、安定した稼ぎ口を手に入れた矢先にフォンが体調を壊し倒れてしまう。アンとニューは満足に仕事ができないフォンを心配して、身分証が無いままに病院に連れて行くが―。

制作年: 2020
監督:
出演: