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シモキタを舞台に紡がれる、ほろ苦い等身大の物語『街の上で』 退屈に見えるルーティンにも誰かの生活がある

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シモキタを舞台に紡がれる、ほろ苦い等身大の物語『街の上で』 退屈に見えるルーティンにも誰かの生活がある
『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

“どちらでもない人たち”を肯定する今泉作品

今泉力哉監督の映画は、聞いたことがあるようで聞いたことのない言葉を紡いでいる。

それは過去作から本作『街の上で』まで一貫して表現されていて、そんな会話のやりとりは社会からはみだす豪快さや自信もなく、閉ざしきる勇気もない若者の営みを丁寧に掬っている。今泉監督は、そんな“どちらでもない人たち”に対して作品の中に居場所を作り、肯定しているのかもしれない。

そんな今泉監督の、2020年公開予定だった最新作『街の上で』が新型コロナウイルスによる影響で約1年の延期を経て、ついに公開される。

 

人と人との関わりが著しく断絶され、インターネットを通じた二次元的なコミュニケーションの発達がより加速した2020年。それらを経験した僕らが観る本作は、人と人が実際に表情を確認しながら関わることによって起こる化学反応が、いかに尊いものかを改めて感じさせてくれるはずだ。

『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

いつでも“街”は僕らに居場所を与えてくれる

本作の舞台は会話や服装、背景から2010年代以降と想定されるが、不思議なことにSNSを利用する描写はない。劇中、主人公・荒川青(若葉竜也)は行きつけのバーやバイト先の古着屋、馴染みの本屋など下北沢から出ることがなく、自分の半径数メートルの世界が生活圏であることを示している。つまり、下北沢という街自体をSNSの隠喩と捉えることもできるだろう。このクローズドな空間は、見知った人たちに限定した関わりが生む安心と怠惰=メリット/デメリットがあることも表している。

『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

細かなディティールは物語の内容に触れるため割愛するが、ルーティンのような毎日を過ごしていた荒川は、周囲の人々に絆されたこともあり、意識を外側に向けようと自主映画への出演オファーを受ける。けれども、やっとの思いで外へ向けた意識はいとも簡単に折られてしまい、やがてまた同じ環境に戻っていく。

『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

ただ、新しく出会った人たちとのコミュニケーションや自ら意識を外に向けた経験が彼の心にしっかりと刻まれ、自分自身と向き合うことや元恋人と向き合うきっかけとなり、表情や行動など自身にまつわる事柄が少しずつ変化していく。

『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

そんなきっかけから、最終的にもたらされる結果までのシーンの連なりは、当初はどこにいっても所在なさげだった荒川というキャラクターに、徐々に色がついていくようで美しい。しかし、変化する前の彼が美しくなかったわけではない。モラトリアムの中で生きる彼の良さもきっとあったはずだし、物語の中で変化した人もいれば変わらない/変えない人だっている。

『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

無理をして対話したり行動範囲を拡げる必要はないけれど、そうしたことで得られる感覚がある。あなたの気分でどちらを選んでも良いし、選択肢は“する/しない”の2つだけでもない。どんな選択をしようとも、“街”というものは人々に等しく居場所を与えてくれるのだということを、この映画は教えてくれる。僕らは、いつでもどこかの街の上で生かされているのだ。

『街の上で』©「街の上で」フィルムパートナーズ

文:巽啓伍(never young beach)

『街の上で』は2021年4月9日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

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『街の上で』

下北沢の古着屋で働いている荒川青(あお)。青は基本的にひとりで行動している。たまにライブを見たり、行きつけの古本屋や飲み屋に行ったり。口数が多くもなく、少なくもなく。ただ生活圏は異常に狭いし、行動範囲も下北沢を出ない。事足りてしまうから。そんな青の日常生活に、ふと訪れる「自主映画への出演依頼」という非日常、また、いざ出演することにするまでの流れと、出てみたものの、それで何か変わったのかわからない数日間、またその過程で青が出会う女性たちを描いた物語。

制作年: 2019
監督:
出演: