いま『ノマドランド』が評価される理由は? アカデミー賞最有力! 骨太な社会派でありながら美しき人生賛歌の物語

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ライター:斉藤博昭
いま『ノマドランド』が評価される理由は? アカデミー賞最有力! 骨太な社会派でありながら美しき人生賛歌の物語
『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

第93回アカデミー賞主要6部門ノミネート!

2021年の第93回アカデミー賞では主要6部門でのノミネートを達成。しかも頂点である作品賞が本命視され、クロエ・ジャオ監督のアジア系女性として初の監督賞にも期待がかかる『ノマドランド』

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

毎年、アカデミー賞に向けた映画賞のレースは、作品そのものへの高い評価はもちろんだが、「流れ」というものが重要になっている。たとえば2020年(2019年度)の『パラサイト 半地下の家族』は、賞レースの終盤の追い上げが一気に加速し、大方の予想を覆して監督賞や作品賞に輝いた。『ラ・ラ・ランド』が優勢と言われていた2016年度も、ここ数年、ダイバーシティ(多様性)を重視するハリウッドの傾向も反映されて、『ムーンライト』が逆転で作品賞を受賞した印象だった。

アカデミー賞を占ううえで最初のポイントになるのが、前年の秋に開催されるヴェネツィアとトロントの2大国際映画祭。2017年度の第90回アカデミー賞作品賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』はヴェネツィアでグランプリ(金獅子賞)を受賞し、その後の賞レースに参戦。『ラ・ラ・ランド』はトロントで最高賞の観客賞を受賞して賞レースの中心的存在となった。2018年度の第91回アカデミー賞作品賞『グリーンブック』も、それまでノーマークだったのが、トロントの観客賞で一気に注目されたのだ。

2020年、そのヴェネツィアとトロントの両方を制したのが『ノマドランド』。新型コロナウイルスの影響で作品数が減ったとはいえ、この快挙は初めてであり、2冠の威光を放ったままアカデミー賞に最短距離の位置につけている。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

観る者の“人生を変える”可能性を秘めている

なぜ、ここまで『ノマドランド』が評価されているのか? それは「世界の今」をビビッドに映し出しつつ、そこからさらに一歩進んで「生きる素晴らしさ」が普遍的な感動を与えるから。そして、テーマとしてはシリアスな面があるものの、じつはエンタメとしてよくできているからだ。

大企業の破綻によって住居を失った主人公のファーンが、小型キャンピングカーで各地を転々としながら、行く先々で季節労働を見つけては生活を続ける。彼女を中心に、現代のノマド(=遊牧民)と呼ばれる人たちを描く『ノマドランド』は、たしかに格差社会を象徴する作品だ。いわゆる“社会派”というムードが濃厚に漂う。ところがシーンとシーンがテンポよく切り替わるうえに、物語の基本はファーンの旅なので、次から次へと風景が移り変わっていく。なんとも心地よい感覚を味わえる作品なのだ。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

大企業Amazonでの発送品の梱包や、レストランでの調理、国立公園での清掃など、ファーンの仕事はさまざま。厳寒の土地で夜を過ごし、病気や犯罪など命の危険を感じる瞬間もあったりするけれど、自分の生活を自由にコントロールするファーンや、ノマドの人たちの生き方が、作品を通して静かに伝わってくるのが本作の最大の魅力だろう。不要な物に溢れまくる現代の消費社会は、やっぱり人間としての本能とは違うのかも……と、自分の日常を見直してしまう。映画の名作によって「人生が変わった」なんて声を聞くこともあるが、『ノマドランド』はそんな可能性を秘めているかも。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

オスカー女優F・マクドーマンド&素人起用が作品のパワーを押し上げる

ファーン役のフランシス・マクドーマンドは、すでに『ファーゴ』(1996年)、『スリー・ビルボード』(2017年)で2回のアカデミー賞主演女優賞を受賞。ハリウッドの地位は揺るがないので、恐れるものもないとばかりに、今回はノーメイクで演技に挑戦。実際にノマドの人たちと生活を共にしたり、Amazonで働いたりして役作りしただけあって、ファーンとの一体感は奇跡的だ。「演技」というレベルを超えている。ノマドの友人たちを、実際のノマドの人たち、つまり俳優以外の人たちが演じていることもリアリティを高める効果に貢献。是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)や濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(2015年)のように、演技初体験の人たちの起用が作品のパワーを押し上げる好例となっている。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

テーマにしても、キャストの演技にしても、映画としてうまく機能したのは、もちろんまとめ上げた手腕によるもの。監督のクロエ・ジャオは、いまハリウッドで最も注目される才能と言ってもいい。中国生まれのジャオは幼い頃から欧米カルチャーに憧れ、ロンドンの寄宿学校を経て、ロサンゼルスの高校を卒業。ニューヨーク大学で映画を学んだという経歴の持ち主。長編2作目の『ザ・ライダー』(2017年:Netflixで2021年4月6日まで配信中/Amazon Prime Videoほかレンタル配信中)がカンヌ国際映画祭で大絶賛された。

『ザ・ライダー』はアメリカ中西部で、ロデオで活躍していた青年が落馬で重傷を負い、馬に乗れなくなってしまう物語。実話を基にした作品で、落馬事故を経験したロデオライダーの主人公をモデルとなった本人が演じた。さらに、主人公の周囲の人々も実名で登場している。まさにリアリティの極致で、それを成功に導いたのは、やはりクロエ・ジャオ監督の類まれな演出の才能のおかげ。『ノマドランド』で実際のノマドたちを起用したのは、監督にとって当然のアイデアなのだ。

『ノマドランド』© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

『ザ・ライダー』もアメリカ中西部の風景が美しく、叙情的に映像に焼きつけられていたが、その美しさは『ノマドランド』でさらに進化した。スクリーンの映像であることを忘れ、風や光を肌で感じているような、大自然と共に生きる感覚を伝えるこの映像美。いくつかの部門でアカデミー賞が期待されるなか、撮影賞が最有力といわれているのも納得だ。

クロエ・ジャオ監督のセンスが光る、人生の格言の宝庫

この『ノマドランド』、原作(「ノマド 漂流する高齢労働者たち」)はあるものの、脚色を担当したのもクロエ・ジャオ。劇中にはいくつも名セリフ、詩の引用が織り込まれていて、観る人それぞれが大切な言葉を持って帰ることができるはず。

「ホームレスではなく、“ハウスレス”」
「友達とは、心の中に生きるもの」
「どんな美しいものも、いつかは衰える」
「この瞬間に死ねたら、幸せ」
「『さよなら』がない。だからノマドがいい」

大げさにいえば、人生の格言の宝庫。あらゆる側面で、クロエ・ジャオ監督のセンスが光る『ノマドランド』だが、彼女の次回作はマーベルのアクション超大作で、アンジェリーナ・ジョリー主演の『エターナルズ』(日本は2021年10月公開予定)。あまりにも大胆かつ唐突な方向転換だが、独自のセンスが超大作でどこまで生かされるのか。期待と、多少の不安が入り混じるものの、アジアが生んだ映画作家の活躍をこれからも見守っていきたい。

文:斉藤博昭

『ノマドランド』は2021年3月26日(金)より全国公開

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『ノマドランド』

企業の破たんと共に、長年住み慣れたネバタ州の住居も失ったファーンは、キャンピングカーに亡き夫との思い出を詰め込んで、〈現代のノマド=遊牧民〉として、季節労働の現場を渡り歩く。その日、その日を懸命に乗り越えながら、往く先々で出会うノマドたちとの心の交流と共に、誇りを持った彼女の自由な旅は続いていく──。

制作年: 2020
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