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ブラピとA24が推すアカデミー有力候補!『ミナリ』が韓国語で描かれた「アメリカ映画」であることの意義

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ライター:#松崎健夫
ブラピとA24が推すアカデミー有力候補!『ミナリ』が韓国語で描かれた「アメリカ映画」であることの意義
『ミナリ』©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

「外国語映画賞」から「国際長編映画賞」へ

かつて、映画は「アメリカ映画」「フランス映画」「イタリア映画」のように、製作国によって分類されていた。勿論、現在でも作品の特徴を製作国によって示すことはあるのだが、あえて“かつて”と記したことには理由がある。例えば、資金調達や製作、配給、配信など、映画製作の環境が多様化したことで<国際共同製作>による作品が増加しているという実情。映画冒頭に映し出される映画会社のロゴマークを注視すれば、参入している製作会社が多国籍化していることをお気付きになるだろう。複数の国による出資で映画が製作される<国際共同製作>は、1990年代以降になって急速に増加。そのため、ある映画がどの国で作られたのかを国籍によって明確にすることが、困難になってきたという経緯がある。

また、これらの傾向を受けて2020年から刷新されたのが、アメリカの映画芸術科学アカデミー主催の<アカデミー賞>における部門の一つだった外国語映画賞。映画の都・ハリウッド(つまりアメリカ)からの視点で、彼らにとって“外国語”である英語以外の言語が使われている映画を、これまでアカデミー賞では外国映画賞の対象と規定していたのだ。例えば、クリント・イーストウッド監督が、第二次世界大戦における硫黄島の戦いをアメリカ側の視点で描いた『父親たちの星条旗』と、日本側からの視点で描いた『硫黄島からの手紙』を同時期に発表した2006年。渡辺謙や二宮和也などの出演俳優が、全編にわたって日本語の台詞を使用していた『硫黄島からの手紙』は、アカデミー賞で作品賞の候補となった。日本語はハリウッドの映画人たちにとって“外国語”に当たるはずなのだが、この映画は出資国がアメリカなので「外国語の映画」ではなく「アメリカ映画」とされたという“捻れ”があったのだ。

『硫黄島からの手紙』の例以外にも、英語が公用語であるオーストラリアの映画が<国際共同製作>による作品ではないにも関わらず、外国語映画賞の候補となったという特殊な例もある。第89回アカデミー賞で候補となったオーストラリア映画『タンナ』(2015年)は、劇中の主たる言語が英語ではなく先住民族の言語であったため、外国語映画賞の候補になったという経緯があった。このように、<国際共同製作>が増加し、製作国や言語だけをポイントに作品を分類することが困難となってゆく過程で、“Foreign Language Film=外国語映画”という名称が時代の変化に即していないのではないかと懸念されたことに疑いはなく、「アカデミー外国語映画賞」という名称は、第92回アカデミー賞から「アカデミー国際長編映画賞」へ変更されている。

移民大国における「外国語映画」が“アメリカ人の物語”として受け入れられるまで

韓国系移民である自身の少年時代の体験を基にしたリー・アイザック・チョン監督の『ミナリ』は、荒れた大地を開墾して農業で成功することを夢見る家族の姿を描いた作品。この映画には、劇中の主たる言語が韓国語だという特徴がある。つまり、英語以外の“外国語”なのだ。

『ミナリ』©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

物語の舞台となるのは、米アーカンソー州の人里離れた高原。主人公であるジェイコブ(スティーヴン・ユァン)の家族は、外界と隔絶されたトレーラーハウスに住んでいる設定になっているため、この映画の主な登場人物は彼の家族だけ。劇中で英語を使うのは、農作業の人員として雇われたポール(ウィル・パットン)や工場や取引先の人々などと限られているため、自ずとジェイコブたちにとっての母国語である韓国語による会話が中心となっているのだ。

『ミナリ』©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

『ミナリ』が<国際共同製作>による映画ではなく、いわゆる「アメリカ映画」である点において、劇中の言語が韓国語中心となっていることには隔世の感がある。何故ならば、これまでの「アメリカ映画」であれば、異なる演出を施していたであろうことが想像されるからだ。例えば、フランスやイタリア、ドイツや日本など、アメリカにとって“外国”にあたる国が舞台となっている映画で、こんな場面を観たことはないだろうか。それまで、舞台となる国の言語で会話をしていたはずの登場人物たちが突然英語を話しはじめる、といった場面。或いは、マイケル・ダグラスとアンディ・ガルシアから英語が通じないと思われていた高倉健や神山繁が、突然英語で話しはじめて状況が気まずくなるという『ブラック・レイン』(1989年)のワンシーン。1980年代頃までの映画には、コミュニケーションの要である会話を成立させるため、「ここからは英語で話そうか」という不自然な台詞を俳優に語らせるような作品さえ散見された。それだけに、英語原理主義ではない、韓国語という“外国語”中心の「アメリカ映画」が成立するようになったという変化を、個人的には歓迎したい。

“移民の国”だと言われるアメリカは多種多様な民族が集まり、文化や風習、言語や宗教の異なる人々によって国家が形成されている。多くの困難や危険を伴いながらも、東海岸から西海岸へと西部開拓してきた歴史がアメリカ人の“フロンティアスピリット=開拓者精神”の源であるという由縁だ。その姿は『駅馬車』(1939年)や『シェーン』(1953年)などの西部劇で度々描かれ、西部劇というジャンル自体が廃ってからも、『天国の日々』(1978年)や『プレイス・イン・ザ・ハート』(1984年)、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990年)など、アップデートした形で“開拓者精神”を描き続けてきたという経緯がある。『ミナリ』は1980年代のアメリカを舞台にしているが、農地を開拓しようと苦心するジェイコブの姿には、どこか“開拓者精神”のようなものを感じさせる。彼が白人ではなく韓国系の移民であることは、映画の中で描かれる“開拓者精神”を更にアップデートさせた感を抱かせるのである。

『ミナリ』©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

また、途上国からの移民が多かったという影響もあり、アメリカでは1980年代まで英語に対する非識字者が、総人口の15%を占めていたという歴史がある。さらに、アメリカ人は「アメリカ映画」しか観ないとされてきた偏見のため、長らくアメリカの映画興行界では「(英語)字幕の作品は当たらない」と言われていたのだ。例えば、劇中でネイティブアメリカンの言語が多用された先述の『ダンス・ウィズ・ウルブズ』も、(アメリカの観客のために)英語字幕を施したことが難点であると指摘され、公開前から「興行的に失敗する」と揶揄されていたという経緯がある。そういう意味で『ダンス・ウィズ・ウルブズ』が第63回アカデミー賞で作品賞を受賞するなど高い評価を得ながら、興行面でも世界的なヒットを記録したことの意義は大きい。

ブラッド・ピットのお墨付き!『ミナリ』が証明する「アメリカ映画」の変化

「外国語映画賞」から名称が変わった2020年の第92回アカデミー賞で「国際長編映画賞」に輝いたのは、ポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)だった。言うまでもなく、この映画はアカデミー賞で作品賞も受賞している。つまり、ハリウッドの映画人たちが“外国語”の映画を自国の映画=「アメリカ映画」と同等に評価し、全編英語字幕の映画をアメリカの観客が違和感なく観ているということなのだ。前述の例を考慮すれば、この受賞に歴史的な意義があることを推し量れるだろう。

このことと、劇中の言語が中国語中心だった『フェアウェル』(2019年)や、アジア系キャストを中心にした『クレイジー・リッチ!』(2018年)が興行的にも成功しているという近年の傾向、或いは、民族や人種を理由にした排斥や不寛容さを食い止め、多様性を認めてゆこうという国際的な社会の潮流とは決して無縁ではない。それゆえ、韓国系移民の家族を描いた『ミナリ』が、移民の国であるアメリカで「我々の物語だ」と、我が事に置き換えながら共感を得ているという普遍性にも意義があるのだ。ちなみに、現在アメリカの識字率は、日本と同じ比率の99%にまで向上。勿論このこととも無縁ではない。

もうひとつ、『ミナリ』にとって重要なことは、製作にブラッド・ピットが参加しているという点にある。『ミナリ』は、『ムーンライト』(2016年)や『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2019年)に続いて、新進気鋭の映画会社A24とブラッド・ピットの創業したプランBエンターテインメントが組んだ作品。ブラッド・ピットのプロデューサーとしての審美眼は、製作総指揮として参加した『ムーンライト』がアカデミー作品賞に輝いたことに裏付けられる。

さらに彼は、製作と出演を兼任した『それでも夜は明ける』(2013年)でもアカデミー作品賞の受賞に導いている。そもそもこれらの作品は、映画ビジネスとして成立するかどうかが危うい企画だったという共通点がある。黒人に対する人種差別や格差社会の問題、はたまたLGBTQ+やドラッグに対する問題を「今、社会の中で必要とされるはずの映画」であるという信念に基づいて、ハリウッドのトップスターであるブラッド・ピットが製作側として取り上げているという点が重要なのだ。

タイトルになっている「ミナリ」とは、韓国語で小川の川岸などの湿地に自生する多年草「芹(セリ)」のことを指す。人間社会の都合とは関係なく、自然の中で地に根を張り、成長する芹は、次世代のために懸命に生きる親世代の姿がメタファーとなっている。この「次世代のため」という考え方が、映画製作に対するブラッド・ピットの姿勢と奇しくも重なるのだ。つまり『ミナリ』という作品がアメリカで高く評価されていることは、同時に「アメリカ映画」の在り方が変わりつつあるということの証なのである

『ミナリ』©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

【出典】
「非識字社会アメリカ」ジョナサン・コゾル著(明石書店)
世界識字率ランキング(国際統計格付センター)

文:松崎健夫

『ミナリ』は2021年3月19日(金)より東宝シネマズシャンテほか全国公開

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『ミナリ』

1980年代、農業で成功することを夢みる韓国系移民のジェイコブは、アメリカはアーカンソー州の高原に、家族と共に引っ越してきた。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見た妻のモニカは、いつまでも心は少年の夫の冒険に危険な匂いを感じるが、しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟のデビッドは、新しい土地に希望を見つけていく。

まもなく毒舌で破天荒な祖母も加わり、デビッドと一風変わった絆を結ぶ。だが、水が干上がり、作物は売れず、追い詰められた一家に、思いもしない事態が立ち上がる──。

制作年: 2020
監督:
出演: