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てらさわホークが選ぶ旬の“悪役”は『ミスト』のババア! 不安に満ちた2020年の世界を蝕む“邪悪さ”とシンクロする狂信者

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ライター:#てらさわホーク
てらさわホークが選ぶ旬の“悪役”は『ミスト』のババア! 不安に満ちた2020年の世界を蝕む“邪悪さ”とシンクロする狂信者
『ミスト』©2007 The Weinstein Company,LLC.All rights reserved.

ミセス・カーモディ、人呼んで「『ミスト』のババア」

今回は映画の悪役を誰かひとりピックアップして書くようにとのこと。さて誰にしたものかと思い悩む。つい最近こちらで紹介したスタローンの『コブラ』(1986年)の敵役、ナイト・スラッシャーについて書いてもいいかもしれない。『ターミネーター』(1984年)の冒頭で惨殺されたチンピラ役でも知られるブライアン・トンプソンが熱演した狂人、ナイト・スラッシャー。久しぶりに見ると汗だくのヨダレまみれで何だか実に頑張っており、たいへん好感が持てた。

実はあまり語られることのないこの男について掘り下げてみようと思いきや、しかし2回連続で『コブラ』の話というのも何だなあ。どうしたものか……と困っていたところ、ある映画で出会った女性のことがふと頭に浮かんだ。ミセス・カーモディ、人呼んで「『ミスト』のババア」である。

ふと頭に浮かんだ、と書いてはみたが、実はここのところ『ミスト』(2007年)のババアのことをしばしば考えていたのだった。スティーヴン・キング原作、フランク・ダラボン監督。もう13年も前の映画だけれども、なぜかこの作品に出てきた悪役のオババのことをしきりに思い出す。おそらくその非常に嫌な造形が、今になって妙なリアルさを帯びてきているせいだろう、と思う。

『ミスト』
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発売元:ブロードメディア・スタジオ
販売元:ポニーキャニオン
©2007 The Weinstein Company,LLC.All rights reserved.

「とうとう人類に罰が下ったのだ!」危機的状況で求心力を高めていく『ミスト』のババア

『ミスト』の舞台はアメリカ、メイン州。人口5,000人ほどの小さな街ブリッジトンが、ある朝突然濃霧に覆われる。霧の向こうにはどうやら凶悪な化け物の群れがひしめいており、街から一歩出ればもう命はない。身動きの取れなくなった街の住人たちは、これまた小さなスーパーマーケットに立て籠もるしかなくなってしまう……。そんな物語である。

『ミスト』©2007 The Weinstein Company,LLC.All rights reserved.

主人公の画家デイヴィッド(実写版2代目パニッシャーことトーマス・ジェーン)もまた、幼い息子を抱えてスーパーに閉じ込められる。ドアを開けた数メートル先には死が待っているという状況を、たまたま居合わせた近所の住人ミセス・カーモディ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)が、さらに最悪なものへと変えてしまうのであった。

この人は敬虔なキリスト教徒……といえば聞こえはいいが、実際のところはだいぶ狂信的なキリスト教原理主義者だ。「ウォッチメン」におけるロールシャッハよろしく、日々「この世の終わりは近い!」「人々よ、悔い改めよ!」といったことを往来で吠え立てており、街の住人たちからはまるで相手にされていなかった。ところが濃霧の向こうにとんでもない化け物が跋扈する異常事態が起こるに至り、このカーモディ夫人が急に凄いドヤ顔をし始める。それ見たことか、これまで自分がさんざん言ってきた通り、とうとう人類に罰が下ったのだと。街を覆った霧は神の怒りによるもので、我々は自らの運命を受け入れるしかないのだと。

そのうち生き延びるためには生け贄を捧げるしかない! とか何とか、どうにも物騒なことをものすごいテンションでまくし立てはじめる。何とかこの地獄から脱出したい主人公としてみれば、奥さんちょっと黙っててもらえませんか、という話である。しかし、スーパーに幽閉された人々のなかには急に「あの人の言うことも、もしかしたら一理あるかも……」と思う勢力が現れ始める。「『ミスト』のババア」の主張は全然理屈に合わないものなのだが、危機的状況にあってマトモな判断力を失った人々は思わずババアについて行ってしまう。フィクションとはいえ女性を無闇にババアと呼ぶのも憚られるが、しかしこのミセス・カーモディに関しては「『ミスト』のババア」と言わざるをえない畜生外道ぶりを見せることだ。

人々の心の奥底に眠る卑しい悪意を煽り加速させ、それを弱い者たちに向けさせる『ミスト』のババア

ババアのロジックを信じた先にはどう考えても破滅しかないのだが、また人々がそういうおかしな理屈を頭から呑み込む。むしろそれを信じない者こそが異常なのだという圧力を、この勢力がグイグイかけてくる。たとえば新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、同じような行為に精を出す人間が引きも切らない今の状況を、ふと思い出す。すると、理屈に合わないことを言い立てて大衆を煽動する「『ミスト』のババア」ことミセス・カーモディの手に負えない邪悪さが、やけに実感を帯びてくる。

『ミスト』©2007 The Weinstein Company,LLC.All rights reserved.

社会に不安が満ちたタイミングを鋭敏に捉え、人の心の奥底に眠る卑しい悪意を煽りに煽って加速させ、それを弱い者たちに向けさせるミセス・カーモディ。考えてみれば今の現実社会ではそういう邪悪が大手を振っているわけで、これを嫌というほど生き生きと描いてみせた『ミスト』は13年早かったなあと思うのである。

映画史に残る、死ぬほど後味の悪いエンディングで知られる『ミスト』。しかしその終局の手前で、大悪役たる「『ミスト』のババア」は見事な最期を迎える。映画がここで終わっていればぐうの音も出ないハッピーエンドなのだが、なかなかそうもいかないのが世の中の難しさではある。初見のときを除いては、この悪いオバハンが絶命するところで再生を止めて、超スッキリして眠りにつくようにしている。

文:てらさわホーク

『ミスト』はNetflixほか配信中

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『ミスト』

のどかな町を突如襲った正体不明の“霧"。それが街を包んでいく中、身動きが取れずスーパーマーケットに取り残された人々。その中にはデヴィッドと息子ビリーもいた。霧の中には“何か"がいる。次第に明らかになっていく戦慄の事実。生き残るためには、人々が団結する他に術はない。しかしデヴィッドと彼の賛同者たちは、霧の中に潜むこの世のものとは思えない恐ろしい生物の群れと戦うと同時に、狂言的なミセス・カーモディ率いる店内の人々とも対峙しなければならなかった。そんな中、かすかな希望を抱いて最終決断をするデヴィッドたちに待っていた驚愕の結末とは?

制作年: 2007
監督:
出演: