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戦後75年、塚本晋也監督作『野火』は2020年も全国でリバイバル上映中! 日本全国のミニシアターによる気概ある戦争特集上映も

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ライター:#中山治美
戦後75年、塚本晋也監督作『野火』は2020年も全国でリバイバル上映中! 日本全国のミニシアターによる気概ある戦争特集上映も
『野火』
価格:DVD ¥2,800円+税/Blu-ray 3,300円+税
発売中
発売・販売元:松竹
©2014 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

2020年は戦後75年。戦後70年に公開された塚本晋也監督『野火』(2014年)が、ふたたび東京・渋谷のユーロスペースをはじめ全国各地のミニシアターを中心にアンコール上映されている。その数34館で、多くが6年間毎年、終戦記念日の時期に合わせて上映し、中には映画史に残る戦争映画と共に特集上映を組んでいる。戦争を知らない世代が増え、歴史と記憶をいかに継承していくかが大きな課題となっている中、映画というメディアに携わる者たちの挑戦が続いている。

塚本監督が自主制作に踏み切った『野火』に共鳴した映画人たち

終戦記念日の8月15日。ユーロスペースでは2016年から、“1日限りの『野火』再上映の日”と決まっている。塚本監督の「毎年、夏に上映される作品になって欲しい」という願いと、映画館側の思惑が合致した結果だ。さらに北條誠人支配人の「若い人に見て欲しい」という期待を込めて、25歳以下は鑑賞料500円とした。この英断は戦後70年の2015年8月15日にも実施しており、当日の観客の約3割が利用し、中には中学生もいた。見込みはある。北條支配人は「私を含めて、戦争を知らない世代が増えた。『野火』で少しでも戦争のリアリティーを感じて欲しいと思っています」と言う。

『野火』は、“戦争小説の金字塔”と称される1951年に発表された大岡昇平の同名小説が原作だ。終戦間際のフィリピン・レイテ島を舞台に、田村一等兵が味わった戦場の狂気を描いた作品で、1959年には市川崑監督も制作している。しかし市川版は、恐らく予算の都合もあり撮影は国内。そこで塚本監督は、原作を読んだ時に強烈に感じた“フィリピンの大自然の中で人間だけが愚かなことをしている”というイメージを映像化したいと、かねてからフィリピン・ロケでの構想を抱いていた。だが、なかなか製作を支援してくれる会社は見つからない。そんな中、安倍政権がアメリカに歩調を合わせるかのように安全保障関連法案や憲法改正を唱え、日本が再び戦争に参加できるよう外堀を埋め始めた。このキナ臭い空気を敏感に反応した塚本監督は、『野火』の自主製作に踏み切った。

もっとも、CMを多数抱えるようなスター俳優は出演しておらず、感動を誘う戦争映画とは異なる作品に大手資本の映画館の関心は薄い。そこに手を差し伸べたのがユーロスペースをはじめとする、全国でミニシアターや上映活動を行なっている団体が加盟する<一般社団法人コミュニティシネマセンター>のメンバー。「あの世界の塚本晋也が戦争映画を自主製作した」という事実に気概を感じ、作品を鑑賞する前から、二つ返事で上映を決めた映画館もあった。

ユーロスペースの北條支配人も、その一人だ。加えて従来の戦争映画にはない傾向を感じ取り、映画館として本作の発信することの重要性を抱いているという。

「『野火』の翌年には片渕須直監督のアニメ『この世界の片隅に』が公開されたわけですが、塚本監督も片渕監督も戦後世代です。彼らの作品を見ると、歴史に対する意識が変わってきたことを実感します。これまでの戦争映画は加害の歴史、あるいは軍部への批判といった内容が多かったのですが、この2作には被害者でもあり加害者でもあるという視点があります。自主製作だから作れた作品とも言えますが、戦争には両方の側面があることを伝えていかないと、世界に“ねじれ”が生まれてしまう。こうした作品を上映し続けることは、カッコよく言えば映画館を経営する者としての使命だと思っています」。

ユーロスペースではほか、小林正樹監督『東京裁判 4K デジタリリマスター版』(1983」を上映している。

戦後75年、日本全国の気概あるミニシアターが特集上映やトークイベントを実施!

ユーロスペースだけではない。ミニシアターは劇場スタッフの意思や個性がダイレクトに上映プログラムに反映されており、それが大手シネコンにはない魅力となっている。戦後75年の特集一つとっても、気合が違う。その一例が、群馬の<シネマテークたかさき>だ。

同映画館は、市民映画祭の老舗・高崎映画祭のメンバーが2004年に開館させた常設館。現在は創業107年の高崎電気館の運営にも携わっており、そこで組まれているのが特集上映「終戦、75年の目の夏。」(2020年8月1日~23日)。

塚本監督『野火』のほか、広島市民がエキストラとして多数参加し、原爆を落とされた“あの日”を再現した関川秀雄監督『ひろしま』(1953年)のデジタルリマスター版、小林正樹監督『東京裁判 4K デジタルリマスター版』(1983年/リマスター版2019年)、ピーター・ジャクソン監督が帝国戦争博物館に保存されていた第一次世界大戦の記録映像を再構築したドキュメンタリー『彼らは生きていた』(2018年)というラインナップ。いずれも戦争のリアルを伝える4作だ。

現存する最古の映画館、新潟の<高田世界館>も「戦後75年・高田世界館 戦争映画特集」と題し、『野火』、井上淳一が監督した『戦争と一人の女』(2012年)と脚本を手掛けた『アジアの純真』(2009年)、荒井晴彦監督『この国の空』(2015年)、五藤利弘監督『おかあさんの被爆ピアノ』(2020年)、そしてヴィットリオ・デ・シーカ監督の名作『ひまわり』(1970年)の 50周年HDレストア版を上映する。2020年8月29日(土)には井上監督、荒井晴彦、『アジアの純真』のモデルとなった蓮池透さんらが登壇してのトークイベント、同30日(日)には塚本監督のリモートトークもあり、先の戦争をとらえ直すきっかけをもうけている。

また広島の<シネマ尾道>では、8月6日の広島原爆の日に『野火』の上映と塚本監督のリモート舞台挨拶を行った。

尾道といえば、大林宣彦監督の故郷。2015年には「塚本晋也×大林宣彦 2大映画作家対談 in 尾道~次代へ伝える戦争と平和~」と題して、『野火』と『野のなななのか』(2013年)の上映と、両監督の対談を企画した。現在も大林監督の遺作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』(2019年)の上映のほか、追悼上映企画を実施中だ。河本清順支配人は「8月6日は広島県民にとって大切な日です。やはりその日を意識し、毎年8月は戦争映画を上映しています。映画館の役割として戦争のリアルを伝え、世の中が間違った方向へ行かないようになれば」と語り、もはや責務として戦争映画を上映し続けている。

大林監督の言葉「映画で歴史は変えられないが、未来を変えることはできる」

戦争の記憶を継承することの難しさは広島とて、例外ではないという。戦後の広島では平和教育が推進され、8月6日の平和登校日にはアニメ『はだしのゲン』(1983年)を鑑賞するのが定番だったという。しかし近年は、平和登校日を設けていない学校・地域も増えたそうだ。実際、『野火』公開時の2015年夏に、広島・サロンシネマの企画で地元の中・高生9人と塚本監督の座談会を開催したところ、「戦争映画を見るのは今回の『野火』が初めて」という学生たちがほとんどだった。だからこそ、シネマ尾道のような映画館や上映活動を行っている団体の役割がより高まっていると言えるだろう。2020年で5度目となるシネマ尾道での『野火』の上映も、リピーターが多いという。

「人間の極限状態が描かれている『野火』と今の世の中を照らし合わせて、あの当時のマズいムードに近づいていないか? と確かめに来ているという方もいます」(河本支配人)。

一方で、初めて見にきたという高校生もいたという。河本支配人は「かなりの衝撃を受けたようで、リモートトークで塚本監督に質問をした時も、言葉がなかなか出てこず、まだちょっと心ここにあらずといった状態になっていました。でも私たちが子供の頃に『はだしのゲン』を見たときも、嫌な気持ちになりトラウマにもなりましたけど、そこから戦争への批判や叫びを感じ取っていたと思います」という。

大林監督の『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は、戦争を知らない若者たちに「映画で戦争を学べ」と言わんばかりに、彼らを映画の世界へと放り込み追体験させる展開だ。大林監督曰く「映画で歴史は変えられないが、未来を変えることはできる」と。その遺志を受け継ぐかのように、『野火』を毎年上映し続ける塚本監督とミニシアターの共闘。ユーロスペースの北條支配人は「塚本監督が“もういい”と言うまで毎夏の上映を続けていきます」と語っている。

文:中山治美

『野火』は日本全国でリバイバル上映中

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『野火』

第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。

しかし負傷兵だらけで食料も困窮している最中、少ない食料しか持ち合わせていない田村は早々に追い出され、ふたたび戻った部隊からも入隊を拒否される。そしてはてしない原野を彷徨うことになるのだった。

空腹と孤独、そして容赦なく照りつける太陽の熱さと戦いながら、田村が見たものは……。

制作年: 2014
監督:
出演: