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激動の香港史を映画で振り返る!<①中国返還 前後>『浮城』『ラヴソング』『恋する惑星』ほか

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ライター:#斉藤博昭
激動の香港史を映画で振り返る!<①中国返還 前後>『浮城』『ラヴソング』『恋する惑星』ほか
『ラヴソング』
価格:DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
COMRADES, ALMOST A LOVE STORY © 1996 Golden Movies International Limited. Package Design © 2007 Warner Bros. Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All Rights Reserved.

ドニー・イェン、チョウ・ユンファ、ブルース・リー……返還前の香港を感じられる映画

このところ香港のニュースといえば、中国による国家安全維持法の施行によって、「自由」が奪われていく……という暗いトピックばかり。こんなことなら、イギリス統治下のままの方が良かったと思っている市民も少なくなさそうだ。

アヘン戦争後の南京条約で香港島がイギリスへ割譲されたのが1842年(九龍半島南部も1860年に割譲)。そこから150年以上続いたイギリスの植民地支配が終わり、香港が中華人民共和国に返還されたのが1997年。その後も「一国二制度」が続いたので、香港市民の生活が返還を境に劇的に変わったわけではない。それでもイギリス統治時代は、今や記憶の彼方になりつつある。ドニー・イェンとアンディ・ラウの初共演作『追龍』(2020年7月24日より公開中)は1960年代がメインの舞台だったので、そんな記憶の彼方の時代の空気感を追体験させてくれた。香港の黒社会と警察、イギリス警司の複雑な関係性が物語のポイントになっていたからだ。

150年のイギリス統治時代には、第二次世界大戦で日本に占領された時代もあり、そのあたりが描かれている映画といえば、チョウ・ユンファ主演の2作、『風の輝く朝に』『傾城之恋』が思い出される。ともに1984年の作品で、当時の香港映画界ではこうした時代を再現する作品が流行していた。ただ、当然と言えば当然だが、特に『風の輝く朝に』では日本が徹底的に「悪」の存在として登場。

『傾城之恋』はイギリス、日本側の両方をわりと冷静に見つめているので、当時の、特に香港の上流階級の人々と戦争の関係がよくわかる。この第二次大戦終了後、再びイギリスの植民地に戻った香港の状況は、たとえば1955年のハリウッド映画『慕情』でも描かれた。かつてイギリス人専用のビーチだったレパルスベイと、その海を見下ろすレパルスベイ・ホテルが印象的に出てくる。

ホテルは現在、高層マンションに変わってしまったので、コロニアル様式の建築などからイギリス統治時代のムードを感じ取ることができる、貴重な映画のひとつである。

第二次世界大戦後から中国への返還まで、香港の風景は大きく変化していく。超高層ビルが次々と建設され、とくに1970年代からは急速に経済が発展。世界でも有数の観光都市となった。そんな1970年代の香港を観せてくれるのが、ブルース・リー主演の『燃えよドラゴン』(1973年)。

飛行機がビルの隙間に分け入るように降りていく啓徳(カイタック)空港や、人力車が行き交うストリート、そして水上居民が暮らし、彼らの船がびっしり並ぶアバディーン(香港仔)といった象徴的な風景の数々は、いま改めて観ると「これぞ香港」という感じで、ノスタルジーがくすぐられる。

返還前の風景を映画の中に残したい……香港現代史を伝える『浮城』『ラヴソング』

そしてアバディーンの水上居民生活から始まり、イギリス統治下の香港の歴史を振り返る作品がある。『浮城』(2012年)だ。1940年、イギリスの船員の子供を宿した、水上居民の少女。生まれた男の子は、別の水上居民の女性に引き取られ、その一家を支える青年へと成長する。やがて信じがたい苦労の末に、彼はイギリス系企業への就職を果たす。

『浮城』では主人公がたどる人生のバックに、香港の重要な歴史がポイント的につづられる。文化大革命の影響による1967年の香港暴動、1982年の中英交渉、そして1997年の中国返還……。まさに香港の現代史と言っていい。香港暴動のシーンは、返還後、今も続いている香港市民の抗議デモを重ねずにはいられない。また、1981年のイギリス国籍法の改正によって、香港市民はイギリスでの居住権が失われるが、出張でイギリスに入国しようとした『浮城』の主人公が外国人の列に並ばされ、悲しい表情をする。こうしたシーンや、イギリスとアジアの血を受け継いだ主人公が示すように、作品全体で、イギリスと中国、その双方の狭間で生きていく香港の人々を代弁しているのだ。『浮城』は中国返還後の2012年の作品。そのせいでやや中国寄りの視点が目立つものの、登場するイギリス人キャラクラーも誠実に描かれている。

『浮城』の主人公のドラマが香港の中国返還へ向かっていったように、返還の1997年を前に、その街の歴史と風景を映画の中にとどめておきたいとばかりに傑作が相次いで出現した。その代表格といえば、ウォン・カーウァイ監督作だろう。中でも『恋する惑星』で印象的に使われる、長いヒルサイドエスカレーターや、うさんくささ満点の重慶マンションは、現在も残っているとはいえ、いま観ると、どこか失われた光景であるかのように錯覚をおぼえる。これらは他の映画やドラマにも登場するが、1994年の『恋する惑星』が、返還前の「名残り」をまとわせているからだろうか?

そして返還前の最後の10年を描いたのが、『ラヴソング』(1996年)。1986年、中国本土から香港へやって来た男女のすれ違う愛の物語。主人公2人が、大陸出身者であることをコンプレックスに感じていることが要所で語られるが、こうした大陸の住人と香港市民の関係性は、返還後にゆっくりと変化していく。その意味で、『ラヴソング』もひとつの「失われた世界」かもしれない。ピーター・チャン監督が「これは僕にとっての1997年の香港」と断言するように、どこか過去の香港へ別れを告げるかのような作品だ。主人公二人がニューヨークへ向かうのも、その後の香港の人たちの気持ちを暗示しているようでもある。

さらに1997年は返還を前に、どこか人々の間のくすぶるような不安が込められた映画も誕生するのであった……。

文:斉藤博昭

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