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冷戦後のスパイ映画のキモは?“ボンド役者”の変遷から紐解く!! ジェンダー、人種も変化した『007』キャスト

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ライター:#谷川建司
冷戦後のスパイ映画のキモは?“ボンド役者”の変遷から紐解く!! ジェンダー、人種も変化した『007』キャスト
UNITED ARTISTS / Allstar Picture Library / Zeta Image

シリーズ第25作目となる5年ぶりの新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年11月へと延期された。――だが、それはある意味でラッキーなこと。長年にわたる『007』シリーズのファンも、初めてシリーズを見てみようという人も、これから半年余りの時間を使ってたっぷりと過去24作品を見直せるから!? 今回は製作時期の状況から007シリーズのツボを押さえてみたい。

米市場への適合と英連邦へのこだわりの中で揺れ動く“ボンド役者”決定を巡るプロセス

粗野な感じがするとして原作者イアン・フレミングが難色を示しながらも、結果的にボンドのイメージの原型を作り上げた初代のショーン・コネリー、フレミングが一番自分の書いたボンドのイメージに近いと語ったとされる三代目のロジャー・ムーア――二代目ジョージ・レーゼンビーについては稿を改めたい――の後を受けて、映画製作会社<イオン・プロ>ではその後3人のボンド役者が誕生している。

基本的に、ボンド役者にはすべて英連邦出身の俳優が選ばれてきた。コネリーはスコットランド、レーゼンビーはオーストラリア、ムーアはイングランド、四代目ティモシー・ダルトンはウェールズ、五代目ピアース・ブロスナンはアイルランド、六代目ダニエル・クレイグはイングランド。

英連邦へのこだわりは、ボンドが女王陛下のために働く英国の秘密諜報員(MI6所属)とされているからで、アメリカの俳優に演じさせればたちまち英本国でボイコット運動が起こるだろう。だがイオン・プロでは、五代目ブロスナン、六代目クレイグを決定するプロセスで、英連邦の呪縛からボンドを解き放ち、もっと自由に、現代に合ったボンドに作り替えようと模索したことが知られている。

具体的には、ハリウッドスターのメル・ギブソン(彼は生まれこそニューヨークだが、育ったのはオーストラリアなので起用の可能性は高かった)、そして女ったらしのキャラでは男女同権の現代の観客の志向性に合わないからとの理由でボンド自身を女性に置き換えてジェーン・ボンドとし、シャロン・ストーンに演じさせるという案まであったという。こうした案が検討された背景には、アメリカの興行マーケットを最優先したいというイオン・プロの経営戦略上の要請があったということに他ならない。

ポスト冷戦時代のスパイを演じた3役者を比較
T・ダルトン、P・ブロスナン、D・クレイグ

真面目で女を口説かない 四代目ティモシー・ダルトン

四代目ボンドに選ばれたティモシー・ダルトンは、実はジョージ・レーゼンビーが二代目に選ばれた際にもボンド役の候補となり、実際に打診されていた。しかし、1946年生まれのダルトンはシリーズ第6作『女王陛下の007』(1969年)時点で23歳。ボンド役を演じるにはまだ若すぎるという理由で辞退していた。その17年後、41歳で四代目を襲名、『007/リビング・デイライツ』(1987年)と『007/消されたライセンス』(1989年)の2作品で、“自分からは女を口説かない生真面目なジェームズ・ボンド”を演じた。

ダルトン=ボンドで特筆すべき点は、第一に『リビング・デイライツ』までは(大幅にアレンジされてはいたものの)すべてフレミングの原作に基づいていたのに対して、『消されたライセンス』からはボンドやその周辺人物のキャラクターのみ借りた形での、映画オリジナルのストーリーへと転換したこと。そして、第二に『消されたライセンス』の製作された1989年に東西冷戦構造が終結し、ボンドの戦う潜在的な敵が、それまでのソ連ではなくなったということだ。

ソ連崩壊後のスパイ 五代目ピアース・ブロスナン

ポスト冷戦期のボンド像を示して見せたのは五代目ピアース・ブロスナンで、前作から過去最長の6年の空白を経てのお目見えとなった『007/ゴールデンアイ』(1995年)を皮切りに、『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)、そして『007/ダイ・アナザー・デイ』(2002年)の4作品で新時代のボンドの方向性を示して見せた。ブロスナン=ボンドが戦った相手は、国際犯罪組織、自らの利益のために国際紛争を引き起こそうと企むメディア王、国際テロ集団、狂信的な北朝鮮の軍人といった極めて現実的な敵で、『消されたライセンス』での敵が麻薬カルテルだったのと合わせて、ソ連崩壊後のスパイの生きる道を明確化した。

ブロスナンの個性は、野性味があって女ったらしのイメージが強かったショーン・コネリーと、おしゃれな紳士然としていてウィットに富んだセリフでユーモアを醸し出していたロジャー・ムーアの良いところを掛け合わせたようなもので、万人受けする最も安全なボンド役者だった。しかし、最後の『ダイ・アナザー・デイ』では、プレ・タイトル・シークエンスで北朝鮮の捕虜となったボンドが14か月間もの過酷な拷問を受ける様子がメイン・タイトルの背景で流されるという、ハードボイルドでリアリズムを志向した形に軌道修正するのかと思いきや、Qの提供するガジェットのほうは“見えなくなる車”のような荒唐無稽なテクノロジーに頼るなど、どっちの方向性で行きたいの? と突っ込みを入れたくなるような、イオン・プロの“迷い”を感じさせた。

洗練された男へ成長 六代目ダニエル・クレイグ

そして4年の空白を経て登場したのが六代目ダニエル・クレイグ。――フレミングの原作のうち唯一映画化権を持っていなかった「カジノ・ロワイヤル」の権利をイオン・プロがようやく入手したことをきっかけに、過去40年、20作品全体をリ・ブートさせる趣の新生『007』シリーズがスタートした。クレイグ=ボンドは、これまでに『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)、『007/慰めの報酬』(2008年)、『007/スカイフォール』(2012年)、『007/スペクター』(2015年)の4作品で、抜身の刀のように危険で粗削りな男から、次第に洗練された、かつ非情さを身に着けた我々のよく知るボンド・イメージへと成長する過程を見せてくれた。

NICOLA DOVE / DANJAQ / EON / UNIVERSAL PICTURES / MGM / Allstar Picture Library / Zeta Image

これら4本は、フレミングの原作にあった様々な要素――悪の組織としてのスペクターとその首領エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドなど――を忠実に甦らせていると同時に、21世紀を生きる現代のボンドとして非常にリアリティのある描写で、クレイグによる人間味のあるボンドの役作りともども高い支持を得ているのはご承知の通り!

MやQ、同僚たち、そしてフェリックス! 周辺人物のキャスティングに見る進化

さて、ダルトン=ボンドが“自分からは女を口説かない生真面目なボンド”とされたり、クレイグ=ボンドが“惚れた女の裏切りや死で苦しむ人間的なボンド”として描かれた背景として、コネリー時代(1960年代)やムーア時代(1970年代~1980年代前半)のような、男としての魅力に溢れるジェームズ・ボンドのような存在にはどんな女性もメロメロになり、口説かれれば誰もが彼に身体を許してしまう、といった男性至上主義的な世界観がもはや通用しない時代に入ってきたことを示している。シャロン・ストーン主演でジェーン・ボンドにするというアイディアも根っこは同じだ。

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#FBF to May 1993 and Sliver. (Dir. Phillip Noyce)

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昨今の“#MeToo”運動を引き合いに出すまでもなく、いまやスクリーンの内側の世界においてもヒーローが女性差別主義者であることは許されないし、映画の中で煙草を吸うことが許されるのはRAV(ロシア人、アラブ人、悪党=Villain)やテロリスト、サイコパスなどに限られる。人種バランスを考慮したキャスティングが求められるようになったのもポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)が求められる現代の風潮だ。007シリーズにおいても、ボンド自身のキャラクター性以外にもこうした配慮は近年、顕著に表れている。

ジェンダー・人種・年齢の変化 上司Mとその秘書マネーペニー

まず、何といってもボンドの上司Mの存在がある。コネリー時代からムーア=ボンドの『007/ムーンレイカー』(1979年)までMを演じたバーナード・リー、その後を受けてムーアの『007/オクトパシー』(1983年)からダルトン=ボンドの2作品まででMを務めたロバート・ブラウンを経て、新たにブロスナン=ボンドでシリーズを再開する際に、女ったらし的なボンド・イメージを温存させることへのバランスを取るべく登場したのが、ジュディ・デンチ演じる女性のMだった。彼女はダルトン時代を経て、クレイグ=ボンドの『007/スカイフォール』で壮絶な死を遂げるが、その次の『007/スペクター』にも生前にボンドあてに残したビデオ・メッセージとして登場している。

ジュディ・デンチの後は、再び男性上司に戻ってレイフ・ファインズがMに就任して今日に至るが、その代わりに大きくイメージを変えたのがMの秘書であるミス・マネーペニーの存在。コネリー時代からムーア=ボンドの『007/美しき獲物たち』(1985年)まで14作連続でマネーペニーを演じたロイス・マクスウェルの後を受けて、ダルトン=ボンドの2作品にはキャロライン・ブリスが、ブロスナン=ボンドの4作品ではサマンサ・ボンドがそれぞれマネーペニーを演じてきたが、いずれの場合もMの有能な秘書でありつつ、心密かにボンドに想いを寄せ、いつかボンドがデートに誘ってくれる日を夢想しているという、“男性にとって都合の良い女性”の描かれ方だった。

しかし、クレイグ=ボンドの『スカイフォール』から、新たなM=レイフ・ファインズと共に登場した新マネーペニーは黒人女性のナオミ・ハリスが演じることになり、諜報員としての現場経験も豊富でプライベートではちゃんと恋人もいる自立した女性に様変わりした。

秘密兵器担当のQと、CIAのフェリックス

一方、シリーズ最多17作品で秘密兵器担当のQを演じたデズモンド・リュウェリン(『ワールド・イズ・ノット・イナッフ』で引退)の後、『ダイ・アナザー・デイ』でQに昇格したジョン・クリーズはその一本でお役御免となり、やはり『スカイフォール』からは一気に若返って30代のベン・ウィショーがQに就任、年齢的なバランスの面でも軌道修正を行った。

ほかにも、準レギュラーとして『トゥモロー・ネバー・ダイ』以降のブロスナン時代の3作品にMの参謀長チャールズ・ロビンソン役として黒人男優のコリン・サーモンが参加。またボンドの親友でCIAのフェリックス・ライター役が、ダルトン=ボンドの『消されたライセンス』で麻薬取締局に転じたのちに脚をサメにかみ切られる瀕死の重傷を負ったのを無かったことにされ、クレイグ=ボンド時代になってやはり黒人男優のジェフリー・ライトがキャスティングされたのが目を引く。

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007. April 2020. A brother...

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21世紀の『007』シリーズではボンドの周辺人物の設定としてジェンダー、人種、年齢への配慮が様々な形で実践されているが、それもまたこのシリーズが常に時代に合わせて進化していることの証と言ってよいだろう。

文:谷川建司

『007』シリーズはCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2020年6月ほか放送

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