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インド映画の世界が広がるキーワードは?~『バーフバリ』から『バジュランギおじさんと、小さな迷子』まで、「宗教」アイテムが映画を回す(1/2)

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ライター:#松岡環
インド映画の世界が広がるキーワードは?~『バーフバリ』から『バジュランギおじさんと、小さな迷子』まで、「宗教」アイテムが映画を回す(1/2)
『バジュランギおじさんと、小さな迷子』©Eros international all rights reserved ©SKF all rights reserved.
日本では、2018年にインド映画世界興行収入歴代1位『ダンガル きっと、つよくなる』、2位『バーフバリ 王の凱旋』が立て続けに公開され、2019年1月18日に歴代3位に輝く『バジュランギおじさんと、小さな迷子』が公開された。ここ数年でインド映画に魅了された人たちにとっては、日本とは異なるインドの文化や宗教を理解した上で作品を堪能したいと思うのではないだろうか。今回は、アジア映画研究者の松岡環さんがインド映画を紐解くキーワードとして、宗教用語について解説してくれた。

『バーフバリ 王の凱旋』 ©ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.

2018年は、前年末公開の『バーフバリ 王の凱旋』から始まって、『パッドマン 5億人の女性を救った男』に到るまで、10本ものインド映画が次々と公開され、観客を魅了し続けた。そして今年は、1月7日付けの記事「インドからパキスタンへ。”掛け算”が生み出した700キロの旅路。『バジュランギおじさんと、小さな迷子』」)で、髙橋直樹氏が紹介した『バジュランギおじさんと、小さな迷子』が2019年1月18日(金)に公開された。評判も高い本作は、インドで迷子になっていた6歳のパキスタン人少女シャヒーダー(ハルシャーリー・マルホートラ)を、「バジュランギ」というあだ名の主人公パワン(サルマン・カーン)が、何とか故郷パキスタンの山村に帰そうと奮闘するお話である。

「バジュランギ」って何?

『バジュランギおじさんと、小さな迷子』©Eros international all rights reserved ©SKF all rights reserved.

邦題に入っている聞き慣れない言葉「バジュランギ」とは、インドのヒンドゥー教で神様に等しい尊敬を集めている猿のハヌマーンのこと。ハヌマーンはインドの古代叙事詩「ラーマーヤナ(ラーマ王子の旅)」に出てくる猿の武将だ。この古代叙事詩「ラーマーヤナ(ラーマ王子の旅)」は、母違いの弟に王位継承権を譲り、森で隠棲生活を送っていたラーマ王子が、ランカー島の魔王ラーヴァナに妻シーター姫を誘拐されたため、彼女を取り戻そうとする物語である。ラーマ王子が妻シーター姫の行方を捜している時に出会ったのが、サルの王に仕える武将ハヌマーンで、風の神とアプサラ(天女)の子とされるハヌマーンは怪力の持ち主である上、空も飛べる、スーパーマンならぬスーパーお猿なのだ。

猿の武将であるハヌマーンは別名をバジュラング(屈強な者)、あるいはバジュラングバリー(屈強で力のある者)と言い、「バジュランギ」は”バジュラングの=ハヌマーンの”という意味になる。主人公パワンがハヌマーンを深く信仰していることからついたあだ名で、周囲の人々はパワンを「バジュランギ・バーイージャーン(バジュランギ兄貴)」と呼ぶ。これが本作の原題でもあるのだが、邦題が「バジュランギおじさん」となっているのにはこれまた別の理由がある。ラスト近くに「マーマー(おじさん)」という言葉が印象的に使われているので、そのあたりをぜひお聞き逃しなく。

なお、本作の主人公、パワンと迷子のシャヒーダーが初めて出会うシーンは、「ハヌマーン・ジャヤンティー(ハヌマーン生誕祭)」と呼ばれるお祭りの場となっている。2018年は3月31日がこの日に当たったが、実際にはもう少し地味にお祝いをするお祭りだ。ハヌマーンの扮装をした大人や子供がこんなに大勢繰り出すのは、インド映画ならではの”盛ってる”サービスである。

宗教で裏読みできる『バーフバリ』と『パッドマン』

『バーフバリ 王の凱旋』(C)ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.

インドの宗教別人口は、ヒンドゥー教徒79.8%、イスラーム教徒14.23%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.72%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.37%、そしてその他が0.88%となっている(2011年の国勢調査)。インド映画では、マジョリティのヒンドゥー教徒が登場する率が一番高いが、多神教であるヒンドゥー教は三大神のシヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマーを中心に様々な神様がいて、それぞれの神様が持つイメージやエピソードが映画の中でうまく使われることが多い。特にシヴァ派とヴィシュヌ派は二大勢力で、『バーフバリ』では両者に配慮がなされている。

『バーフバリ 伝説誕生』(2015)では、冒頭、川から助け上げられた赤ん坊がシヴドゥと名付けられることから、彼が引き取られる村はシヴァ派の人々が住んでいる村だとわかる。極めつけは、シヴドゥ(プラバース)の育ての母が願掛けをするシヴァ・リンガで、それを掘り起こし、肩にかつぐシヴドゥは、まさにシヴァ神の化身と化す。やがて彼が辿り着くマヒシュマティ王国もシヴァ派の信仰を持つ人々の国なのだが、一方『バーフバリ 王の凱旋』で登場するクンタラ王国は、ヴィシュヌ派の人々の国だ。それがはっきりとわかるのが、王女デーヴァセーナを初めとする女性たちがクリシュナ神を祭っているシーンで、クリシュナ神はヴィシュヌ神の化身の一つなのである。

ヴィシュヌ神の化身は10あり、その中にはクリシュナだけでなく、先に挙げたラーマも含まれる。化身は「アヴァターラ」(またはアヴァタール)と言い、ネット用語「アバター」の語源となった。南インドではどちらかというとシヴァ派の方が多いのだが、それだけに偏るといけないという配慮から、S・S・ラージャマウリ監督はクンタラ王国をヴィシュヌ派の国にしたようだ。

『パッドマン 5億人の女性を救った男』

また、『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018)も、このシヴァ派/ヴィシュヌ派で見てみると、面白いことがわかる。主人公夫婦が、面白いからくり人形を使った移動寺院を拝みに行くシーンがあるが、1回目はハヌマーン、2回目はクリシュナ神が登場する。ハヌマーンはラーマのしもべなので、どちらもヴィシュヌ派の象徴である。それもそのはず、主人公ラクシュミ(アクシャイ・クマール)の名前は、フルネームで呼ぶと「ラクシュミカント」、つまり「ラクシュミ女神の夫」という意味で、ヴィシュヌ神のことなのである。

こんな風に宗教に関する雑知識があると、いろいろ映画の裏が楽しめる。

文:松岡環

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『バジュランギおじさんと、小さな迷子』

パキスタンの小さな村に住む女の子シャヒーダー。幼い頃から声が出せない彼女はお母さんと一緒にインドのイスラム寺院に願掛けに行った帰り道、一人インドに取り残されてしまう。そんなシャヒーダーが出会ったのは、ヒンドゥー教のハヌマーン神の熱烈な信者のパワン。母親とはぐれたシャヒーダーを預かることにしたパワンだが、ある日、彼女がパキスタンのイスラム教徒と知り驚愕する。歴史、宗教、経済など様々な面で激しく対立するインドとパキスタン。それでもパスポートもビザもなしに、国境を越えてシャヒーダーを家に送り届けることを決意したパワン。波乱万丈の二人旅が始まった。果たしてパワンは無事にシャヒーダーを母親の元へ送り届けることができるのか?

制作年: 2015
監督:
脚本:
音楽:
出演: